第127話 ジョニーと失敗と
部屋に入ると、ティータの眠っているベッドへ仮面を被った暗殺者がナイフを突き立てていた。
「――!」
瞬間に、眠っていたティータだった人形は爆発した。
その爆発に直撃しないように飛び退いた暗殺者へ、俺は仕掛けていた魔具を起動。それは、網となって暗殺者を捉えようとする。
「掛かった!」
これは、フタミの戦略だ。
数日前から世話をするときにティータの居る部屋を変更していた。ティータ自身の体の負担も考えて、毎日変更するようなことは出来ないが、代わりの精巧な人形を囮として作って騙しきったフタミの手腕は見事というしかない。そして、この魔具で捕まえれば――
「あっ……ダメみたいです!」
「そう上手くはいかないか……」
仮面の体を取り巻いた網の魔具は一瞬でバラバラにされて壊れる。
ゆらゆらと仮面の暗殺者は体を動かしながら、こちらの出方を伺っているようだ。相手を観察しようとして頭痛で一瞬視界がぶれる。
(……クソ、万全じゃないから明確に俺の調子が落ちてるな)
普段であれば、もう少し集中出来るが疲労が溜まりすぎた。
フタミが言っていたヤバそうな薬を頼るべきだったか……しかし、あの薬を取ると疲れが取れるまで何をしても起きなくなるらしいからな……問題があると言えば問題があるので悩ましい所だったが。
(って、ダメだ。集中出来てない)
明確な敵を前にして、この調子ではマズい。自分の頬を叩く。
ちょっとだけ意識が切り替わった……敵は俺をじっと見ている。いきなり頬を叩いたのを見て驚いたのかもしれない。なにせ、バンシーも心配そうな顔で俺を見て居るからな。
「しょ、召喚術士さん……大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。それで、敵は……」
「――お前の目的はなんだ?」
性別の分からない、まるで合成音声のような声で暗殺者から質問が飛んでくる。
……自分の正体を分からないようにするためか。そして、その質問に俺は答える
「目的……? 妹を守るのに、理由が居るか? 家族を守るのは兄の勤めだ」
「アレは妖精種だ。所詮幻想でしかない」
「だからなんだ。血の繋がりだの種族は些細な問題だろうが」
「……そうか」
……俺を動揺させようとしてるのだろうが、今更その問答をされた所で俺が揺れることはない。
それを理解したのか、暗殺者は問答を辞めて一歩踏み出す。
「バンシー!」
「はい! 【
バンシーの超音波が、暗殺者へと襲いかかる。
しかし、その攻撃に対して暗殺者は飛び退いて回避する。
「うそ、躱された!?」
「来るか!」
一直線にこちらに突っ込んでくる。バンシーに音による壁を指示。俺は魔具を――
しかし、暗殺者は強く地面を踏み……飛び上がって天井に張り付いてそのまま走った。
(忍者かよ!?)
上空からの攻撃に備え構える俺達だが……何も来ない。そして、バンシーが驚いたように叫ぶ。
「――えっ? 逃げましたよ?」
「……そうか! マズい!」
俺達を無視して、暗殺者は部屋を飛び出していった。
何を勘違いしていたんだ俺は!
「追うぞ! アイツはティータを殺すのが目的だ! 俺達の相手なんてする必要がないんだ!」
「は、はい! 分かりました!」
そう、暗殺者の目的は俺達を殺す事ではないのだ。
無理に戦うくらいなら、俺達を煙に巻いてティータを探す方が手っ取り早いと考えるのは当然だろう。そして、何故ジャバウォックに暗殺者の一人を相手させたのかも理解した。一番強いジャバウォックによって無理矢理に倒される可能性を警戒したのだろう。
「クソ、早いな! バンシー、今、あいつはどこに居る!?」
「えっと、部屋をドンドン見て回っています! ただ、見つけるには時間がかかりそうですし……今から回れば正面から衝突出来るかと……」
「分かった! 先回りをするぞ!」
先回りが出来れば……手はある。
そして、バンシーの誘導に従いながら俺は暗殺者を先回りするために急ぐのだった。
――アレイ達が暗殺者を追いかけている間、ジャバウォックは目の前の暗殺者と戦っていた。
竜人種としての力を遺憾なく発揮しながら全力で殴ろうとするジャバウォックの攻撃を、暗殺者は体術によって、攻撃を逸らしながら体勢を崩させる。そして、崩れた急所に向けて己の拳で反撃を加える。
その一撃を食らいながらも、そのまま攻撃をいなされた自分の勢いを活かして竜の尻尾を振るう。その攻撃に気付いて飛び退いた暗殺者は、自分が先程まで立っていた地面が割れるのを見て驚いたように呟く。
「うひー! 怖っ! そんなの喰らったら死ぬよ!」
「ふむ。相方や前の襲撃者と違ってお前は口数が多いのだな」
「ああ、よく怒られるけどね。でも、僕が強いから許されてるんだよ」
顔を隠した仮面の下から楽しそうな声でそう話す暗殺者。
それは、戦いを楽しんでいるといった様子だった。
「武術というものか? 先程から攻撃が当たらん」
「そうそう。暗殺拳って奴だよ。結構便利だよ。暗器も必要ないしとはいえ、竜人種相手にどこまで出来るかは分からないけどね」
そう言いながらも、ジャバウォックは自身に喰らった攻撃によって出来た傷のダメージは決して侮れないことを自覚していた。飄々として会話も楽しむようなどこか気の抜けた相手だが、間違いなく実力がある暗殺者であった。
そして、仕切り直してまた攻撃を加えるジャバウォックといなしながら反撃をする暗殺者に別れて戦う。戦闘を続けながらも二人は会話をしていた。
「お前は屋敷の中を狙わぬのか?」
「まあ、危ない竜人種がいるって聞いたから僕は来ただけなんでね。狙いは子供でしょ? そりゃ暗殺者ギルドでもやりたがる奴は少ないよー。最初の二人で失敗しただけでも結構危険な依頼だからね。ただ、国からの依頼ってわけで断れないからあの人が派遣されたんだよね」
「中の暗殺者の事か?」
「そうそう。まあ実力は僕に比べれば大した事は無いけど暗殺者としてはとんでもなく優秀だよ」
会話をしながらも、お互いの動きはドンドンと加速していく。
ジャバウォックの攻撃を受けながら、暗殺者は額に冷や汗を浮かべ余裕の表情が崩れてくる。それは、徐々に暗殺者が反撃を出来ずに攻撃を受けるだけの時間が増えていったことによるものだった。
「ちょっと、予想外だね! どんどん、強くなってるんだけど、どうなってるのかな!?」
「ようやく馴染んできたな。やはり、調整は戦いの中が一番良い」
笑みを浮かべるジャバウォック。
これまで、魔力を扱いながらアレイから離れて行っていたのは自分の新たな肉体と能力のギャップを埋める作業だった。いくら竜といえども、肉体そのものが大きく変化し実力も制限されたという大きく外れた歯車を戻す作業は困難を極めていた。
しかし、暗殺者との戦闘によって、急速に噛み合い始める。
「感謝するぞ、暗殺者」
「あはは、命を狙った戦いで感謝されたのは初めてかも知れないね。でも、ちょっと許せないかな!」
暗殺者は、ジャバウォックの言葉に苛立つように乱暴な一撃を加える。
「僕はね、負けず嫌いでさ……まるで、君の調整相手みたいに思われるのは癪なんだよね!」
「なるほど。確かに無礼だったな」
認め、ジャバウォックは口上を名乗り上げる。
「さあ、挑んでくるが良い。暗殺者よ、我を倒せるか?」
「嘗めないで欲しいな! 殺してやるよ、竜人種!」
――ジャバウォックと暗殺者は激突する。
そして、その行く末を二人から離れた場所に潜んでいる何者かの視線が見守っていた。
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