第123話 ジョニーと騒動の始まり

 ――さて、一ヶ月と半月が経過した。

 ティータの体調はあまり安定せず、時々のように意識を取り戻して会話をする程度。それ以外は、たまに街へ買い物に行く程度。そして、いずれ来るであろう日に備えて屋敷を準備していた。


「……ダメか」


 外に出て、俺は召喚符に魔力を込める。

 シェイプシフター、グレムリン、アガシオン、ザントマン。魔力が召喚符を通して召喚獣の形を形成していき……それは、そのまま形にならずに霧散して消える。


(どこで、戻るのかは分からない……まず、俺自体にこの状態になった経験がないから、いつ復活するのかも未知数ではあるんだよな)


 数ヶ月かけて復活するというのも、あくまでも受付嬢さんから聞いた昔の召喚術士の話だ。

 せめて、一人だけでも復活してくれれば安心出来るが……


(まだ、一ヶ月だから焦る必要は無いんだが……)


 ……仕方ないと考えて、屋敷へと戻る。

 そして、俺が屋敷の外から帰ってくるとフタミが出迎えてくれた。


「アレイ様、お帰りなさいませ」

「ああ、ただいま……それで、ティータの様子は?」

「本日は体調がよろしいようで、アレイ様とお話をしたいとの事です」

「分かった。すぐに行く」


 荷物を降ろしてからティータの部屋に向かう。

 部屋に入ると、顔色は悪いがそれでもはっきりとこっちを見ているティータが待っていた。


「……おにい、さま」

「ティータ。大丈夫か?」

「はい……昔は、よく……このくらい、苦しい時が……おおかったですから……けほっ」

「無理はしたらダメだからな?」


 そう言って、頭を撫でる。

 ……熱があるというわけではない。ただ、生気というか生きる力そのものが抜け落ちている……そのような印象を受ける。


「……元気になって……おにいさまと、そとに……行きたいです……」

「ああ、その時には俺の友達とか知り合いを紹介するさ。だから、元気になろうな」

「は、い……たのしみです……だから、げんきに……なりますね……」


 そう言って、意識が落ちるように眠るティータ。

 一日でティータが起きている時間は、一時間にも満たない。世話をしているイチノさんやフタミが食事を食べさせ、薬を飲ませる事でなんとか命を繋いでいる状態だ。


(……この騒動が終わってから、ティータを元気にする方法を探さないとな)


 そんな事を考えながら部屋を出ると、フタミが待っていた。


「アレイ様。フェレス様がお見えになっております」

「……来たか」


 それは、この静かな時間が終わった事を伝えるのだった。



「いやあ、アレイさん。お久々です」

「どうも……大丈夫ですか?」


 借金取りは、いつも通りの笑顔だが……どこか疲れは隠し切れていない。


「いやあ、流石に私もこの一ヶ月はひたすらになんとか出来ないか奔走したので非常に疲れましてね。多少は時間を延ばせましたがこれが限界で……いやあ、申し訳ない。こんな顔をお客様の前に出すなんて恥ずかしいのですが」

「……お疲れ様です」


 借金取りとはいえ、ティータのために手を尽くしてくれたのは事実だ。

 それは本当にありがたい。とはいえ、お客様と言われることには抵抗があるが。


「いえいえ、こちらも仕事なので気にせず大丈夫ですよ。さて、それでは本題になりますが……王都で、ティータさんの処遇が決定しました」

「決定したってことは……」


「ええ。ティータさんは事が公になる前に秘密裏に処刑をされる事になりましたね。流石にこれを覆すのは不可能でした」


(……分かってたとはいえ、それでも言われるとキツいな)


 覚悟をしていても、その事実を宣言されることにショックはある。

 だが、俺よりも一番辛いのはティータなのだ。だから、俺に出来るのは今後の対応だけだ


「私がこちらに向かう前に、既に暗殺者ギルドへ依頼が入っている段階ですね。日数を考えれば、もう既にこちらに向かってきている事でしょうねぇ」

「暗殺者ギルドから、どのくらい来るんだ?」

「生憎ですがそれは分かりません。当然ですが、暗殺者だの始末屋が自分たちの動向を明かすなんていうのは自分たちから逃げてくれと言っているような物ですからねぇ」


 それもそうだ。相手は素人というわけではないのだ。


「とはいえ、派遣させるメンバー自体は最初は少数かつ戦力も少ない状態ですね。向こうも抵抗自体は警戒をしているでしょうが、ティータさん以外の情報を持っていないので対処できる程度でしょう」

「……そうなのか?」

「ええ。私が色々と情報を操作……というよりも、伝える情報を選んでいましたので。アレイさんの存在こそ伝わっていますが、別に今は屋敷に居るという情報は流れていませんのでアレイさん対策はされていないでしょう」


 にこやかに言う借金取りだが、地味にとんでもない事をしているな。

 これが敵だとしたら厄介だが、今回に関しては借金取りは味方なので安心は出来るだろうが。


「そうですね。そろそろ詳しい話が必要でしょうから……」


 そういう借金取りが懐からベルを取り出して鳴らすとフタミが部屋に入ってくる。


「お呼びでしょうか?」

「そうだね。今回の襲撃で予想できる範囲での説明を頼むよ」

「かしこまりました」


 そして、俺の方を見てフタミが口を開いて説明を始める。


「暗殺者ギルドの慣習から考えるならば、最初に屋敷を襲撃するのは二人と思われます。ティータ様は既に体が弱っていて逃げる心配も無いので仕事に慣れていない新人が育成枠として一人。その新人のお目付役として、またトラブルに対処するための人材が一人と言う所でしょう」

「……二人か。それならまだなんとかなるか」

「そこまで直接的な戦闘を得意とはしていませんので、真正面から戦う場合には相手方は相当不利でしょう。それに、今回のフェレス様から聞いた向こうの知る情報の範囲であればそこまで戦闘力の高い人間は送り込まれてきません……ただ、そこからが大変だと思われます」


 そう言って、息を整えてフタミは更に解説を続ける。


「失敗をした場合に、すぐさまそれを伝えて追加の人員が派遣されます。そうですね……一度、撤退してから遅くても二日程でしょうか。最初の襲撃から新人を外して戦力を整え、そこで失敗すれば次という形でドンドンと人数が増えます。依頼主が依頼主なので、依頼の達成まで……ティータ様の処刑ですね。これが終わるまでは襲撃続きになると思われます」


 そう言って、息を吐くフタミ。どうやら、説明が終わったようだ。


「ありがとう、分かりやすかった」

「それなら良かったです」


 ホッとしているフタミ。

 ……ちょっと緊張していたらしい。微笑ましい反応に気が緩みそうだ。


「というわけで、ラトゥ様とイチノが帰ってくるタイミングまでティータさんを守り抜く事を頑張って頂くことになりますね。襲撃も5回目などになれば、赤字覚悟の戦力を投入してくるでしょう」

「……向こうに諦めるって選択肢はないのか?」

「ありませんね。まあ、信用の問題にもなりますので彼らはどうしようもない要因でもなければ、諦める事はありませんよ。ということで、こんなものですか」


 そういって、借金取りは立ち上がる。


「さて、それでは私はそろそろ失礼致します。いい話、期待していますよ」

「ああ、分かった。ありがとうな」


 そう言って去って行く借金取りを見守る。


「そういえば、フタミはどうするんだ?」

「……職務中に何かあれば対処する程度なので、申し訳ありません」

「ああ、分かった」


 そう言って一礼をして部屋を出るフタミ。

 ……さて、ついにティータを守るための戦いが始まるのだった。

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