第122話 ジョニーと代理と

 何故か帰り道に、変な噂をされているような嫌な予感を感じたが……特に何も無く屋敷に戻る。

 中に入ると、作業を終えたらしいバンシーが満足そうな顔で俺を出迎えてくれた。


「召喚術士さん! 見てください! ちゃんと完成しましたよ!」

「……おお、全部終わったのか。ありがとうな」

「ええ、頑張りました!」


 バンシーに感謝を伝えつつ、やってくれたという場所を確認していく。

 俺が指示した場所は全部終わっていた。それだけ張り切ってくれていたのだろう。どれも準備段階では問題はなさそうだ。


「これで前準備は完了だな」

「えっ、前準備?」

「ああ、そりゃそうだろ? 正直、時間はあるからな。ここから屋敷を色々見て回ったり話を付けて巻き込まないための準備期間だ。すぐに終わるって話じゃないぞ」


 その言葉に驚いているバンシー。

 もしかして、自分が作ったというのにと、がっかりさせてしまったのだろうか?


「……召喚術士さん、いつも生き急いでるから勘違いしました。まさか、そんな先を見据えた行動だったなんて……偉いです!」

「……俺は子供か」


 バンシーのあんまりにも失礼な反応にそう突っ込む。


「そう言いますけど、何時だって召喚術士さんって生き急いでるしその場で対応するばっかりじゃないですか。今回もてっきり同じかと……」

「お前、話横で聞いてたろ……それに、俺は生き急いでるなんてことは――」


 思い返してみる。

 借金の返済。それに加えて、あまり間を置かず常に行動し続けていた。まあ、貧乏暇なしに近いのだが。

 それだとしても、俺自身がわりと楽しんでいるので行動し続けていたというのは大きい。そして、客観的に見てみると……


「いや、確かに生き急いでるようには見えたな」

「ええ!?」

「……なんだ?」


 何故か俺を見て驚いたような顔をしているバンシー。

 別に俺がおかしいことを言った訳はないと思うが……


「しょ、召喚術士さんが……自分を省みてます!? そんな、今まで自分は普通だって顔をして変な事ばっかりしてたのに!? 反省なんて無縁なんだと思ってました!」

「……」

「あっ、まって」


 無言で送還。人をなんだと思っているんだアイツ。まあ、それはそれとしてこういうやり取りは嬉しいが。

 ただでさえ暗くなりがちな状況でも普段通りにしてくれるというのはありがたい物だ。


「賑やかだな」

「ん、ジャバウォック。どうしたんだ?」

「客だ」


 と、外で何かしていたジャバウォックがそう言って屋敷の中へ戻ってくる。そして指さした先には……イチノさんと雰囲気が似ている女性が立っていた。

 見た目もどこか似ていて、姉妹なのだろう。ただ、イチノさんに比べると幼さを感じる。


「初めまして。イチノ姉様から頼まれてきました。フタミと申します」

「ああ、どうも。すいません、妹のことを頼みます」

「かしこまりました。アレイ様にご心配をお掛けしないように、誠心誠意お世話をさせて頂きます」


 そう言って礼をするフタミさん。

 ……なんだろう。イチノさんとちょっと雰囲気が違うというか。


「イチノさんの妹さんなんですよね?」

「私に敬語は不要です。フタミとお呼びください。そして、質問の返答ですがイチノ姉様の妹です。若輩者ですが実力はちゃんと持っております」

「分かった……気になったんだが、緊張してないか?」


 そう、なんというか……イチノさんを見ていたせいか分かるのだが、動揺というか緊張感が伝わってくるのだ。

 あくまでも、イチノさんと似ているからこそ気付いたというか……イチノさんが感情を完璧に隠すせいで顔立ちの似ているフタミは比べると分かりやすいのだ。そして、指摘をされて……驚きの表情を浮かべる。


「……お恥ずかしい……流石アレイ様、見破られてしまいましたのですね。正直に言えば……イチノ姉様の不在時だけとはいえ後任を頼まれていますので緊張してしまいます。それに、噂のアレイ様ということで……」

「待ってくれ。噂って……どういう噂だ?」


 俺の名前が伝わっていたりするのはあるだろうが……噂の?

 そこまで話題になることはしてないと思うんだが。


「イチノ姉様から一目置かれ、その実力は成長していき今では底知れない強さに。さらに、的確に戦力を使い裏の事情にも臆せず関わり事をなす。さらには冒険者として前人未踏だった偉業も達成したと聞いております」

「いや、まあ事実はあるけど流石に評価は盛りすぎだろ」


 毎回死にかけているし幸運だっただけだ。

 とはいえ、確かに内部事情を関係なく羅列してみるととんでもない事をしているな。


「謙遜なされずとも……イチノ姉様が一目置いている時点で私からすれば震えるような思いです。粗相があれば、どう償うかと……」

「そこまで畏まらなくてもいいからな?」


 なんというか……ちょっとだけイチノさんよりも親しみやすいかも知れない。

 そこで、俺は彼女に手伝って貰いたいことがあるのを思いだした。


「ああ、そうだ。フタミに手伝って貰いたいことがあるんだが……」

「手伝い……ですか?」

「ああ、報酬が必要なら払う。屋敷を守るために準備をするのにアドバイスが欲しい」


 その言葉に、首を振るフタミ。


「私は、この屋敷をイチノ姉様が帰ってくるまで守り抜く事を頼まれました。なので、アレイ様の頼みも屋敷を守る内容に含まれています。ですので、報酬は必要ありません。ただ、今回の仕事で私の実力を認めていただけれるのであれば……」

「あれば?」

「また、私に個人的に連絡をください。このフタミ、イチノ姉様に及びませんがそれでも働けると自負しております」


 ……頼み事をしたら、逆に売り込みされてしまった。

 まだそこまで金に余裕はないが……いずれ、俺が借金の返済を終えたらフタミを雇う事を考えても良いかもしれない。


「分かった。その時はよろしく頼む」

「かしこまりました。その時を楽しみにしています」


 さて、そろそろ本題だ。

 俺は屋敷の地図を取り出してフタミに見せる。


「それで、罠を仕掛けたいんだが……今、簡単に仕掛けだけ作ったんだ。とはいえ、これが有効かどうかが判断出来なくてな……」

「なるほど……これだと、恐らく殆どは罠に掛かりませんね」


 バッサリと切り捨てられる。


「そうか……まあ、予想はしてた。俺はこういったことの経験がないからな。だから、フタミ。頼りにさせてくれ」

「分かりました。私に出来る範囲で完璧にしてみましょう」


 そういうフタミは表情は変わらないが……どこか、自慢げというか頼られて嬉しそうな顔をしている。

 なんというか、新人冒険者を見ているような気分になって微笑ましくなる。


「……どうして笑っているのですか?」

「い、いや。頼りになると思ってな」

「そうですか。では、ご期待に添えるように頑張ります」


 張り切っているフタミに、念を入れて伝える。


「ただ、ティータの世話が最優先だからな? 忘れてたら、イチノにちゃんとありのままを伝えるぞ」

「……分かっております」


 そう言って視線をそらすフタミ。多分張り切りすぎて抜けかけていたな……まあ、俺が注意すれば良いか。

 そう考えながら、俺はフタミと屋敷を守るための準備を進める事になるのだった。

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