第119話 ジョニーは見送る

 朝、馬車に乗っていくラトゥとイチノさんを見送るために馬車乗り場へとやってきた。

 二人は外出用の装いに身を包んでいる。まるで、お嬢様とお付きのメイドにしか見えない。


(いやまあ、ラトゥは普通にお嬢様だしイチノさんもメイドをやってたから間違ってはないんだが……)


 ただ、なんというか……二人の戦闘力を考えると詐欺のような物だなと思う。

 俺のせいでラトゥの吸血種としての能力は確かに封じられているが……別にそれで人間程度になったわけではない。更に、ダンジョン探索の間に魔力が体に馴染んだらしく下手な冒険者よりも実力はあるのだとか。

 なら、護衛はいらないのではないかと思われるかもしれないがどこまで体が保つか分からず、吸血種の本能も力が戻ると強く出るので日中は実力が落ちるのだ。なので、仕方ないだろう


「それでは、ティータ様のお世話ですが……代わりの者に頼んでおります。実力は私には劣りますが、仕事は真面目にするので安心してください」


 既にいっぱいいっぱいの俺が、ティータの世話までするのは無理だ。

 色々としてやりたいが、それでも自分の領分を超えてまでやろうとするのはただの自己満足でしかない。だから、この気遣いは助かる。


「ああ、それは助かります……イチノさん、喧嘩はしないでくださいよ?」

「護衛は頼まれた仕事ですので、当然です」


 そういうイチノさん。

 ……仕事じゃなければ普通に喧嘩する可能性はあるのかと思ったが、俺も口に出さない程度の理性はあった。そんな俺を見て、イチノさんは続ける。


「――アドバイスではありますが……恐らく、刺客自体は実力はそこまででは無いでしょう。王都の暗部が総意で潰すと言う結論を出さなければ、実力もあり仕事の多い最上位の暗殺者や始末屋達を動かすことは出来ませんので」

「そこまでではないって……どのくらいの実力なんですか?」

「そうですね。少なくとも、アレイさんが貧民窟の屋敷で最初に出会って戦った斥候の男よりも少し強いくらいでしょう。まあ、アレよりは油断せずやってくるでしょうが」


 ……なんで、俺が貧民街で戦った男について知ってるんだ?

 掘り下げると、ちょっと怖い事実にぶち当たりそうなのであえて聞かないでおく。


「ですが、それでも実力だけで言うならそこそこ程度です……ただ、それをカバーするために数だけは動員されるでしょう。どれだけ強くても、人数の差というのは脅威なのでお気を付けください。そして……最も気をつけるべきは、刺客を殺さないことです」

「それは元々そのつもりだけど……殺さないことが重要っていうのは?」

「仲間意識とは違いますが、相手方も戦力を投入して損失を被る場合は、取り返すために多少の損をしてでも取り返そうとしてきます。殺さない程度に手加減をして、完膚なきまでに叩き潰せば最善でしょう。彼らも別に命を賭ける程の依頼としては頼まれていないでしょうから」


 ……なんとも無茶を言うなぁ。

 しかし、そのくらいのことをするのだ。相手方に犠牲が出てしまえば、その犠牲は禍根を生むのだ。だから、その禍根を生み出さないために必要なことだろう。


「まあ、完膚なきまで叩き潰せるかは分かりませんが努力します」

「ええ。それではティータ様にもよろしくお伝えください。すぐに戻ってきて、またお世話をすると……これ以上は、色々と言いたくなりますのでここで失礼します」


 そういって、イチノさんは馬車へと乗り込む。イチノさんも、ティータを気にかけているのだろう。

 そしてラトゥも馬車へ乗り込む前に、こちらに駆け寄る。


「頑張ってくださいまし、アレイさん。私は応援していますわ」

「ああ。ラトゥも何から何までありがとうな」

「これを機会に、私も実家との遺恨を片付けてきますわ……なるべく早く戻りますので、決して無理をなさらず……と言っても仕方ありませんわね」


 苦笑するラトゥに同意する。

 冒険者に無理をするなというのは、魚に泳ぐなと同じだ。無理をして生きているどうしようもない生き様を続けるのが冒険者なのだから。


「では、ご武運を」

「ラトゥも、怪我の無いようにな」

「ええ。それでは」


 そして、ラトゥも馬車に乗り込んで出発していく。

 馬車が見えなくなるまで、俺は見送ってから屋敷へと戻るのだった。



「……何してるんだ?」

「む、召喚術士か。暇なのでな。どこまで出来るかを試していた」


 見送りが終わって帰ってくると、屋敷の庭で一人で魔力を使って何かをしていたジャバウォックに声をかける。

 庭の草木が微妙に荒れているが、破壊はされている様子はない。どうやら魔力のコントロールをしていたらしい。


「俺の魔力供給無しで何が出来るかって事か」

「このあまりにもせせこましい魔力でよく頑張っている物だと関心する。アレイ、お前は凄いのだな。竜の我が息を吐くよりも少ない魔力で立ち向かったのは驚愕に値する」


 ……褒めてるんだろうな。どう聞いても煽りだが。


「まあ、褒められたってことで……それで、ジャバウォックはどうするんだ? 今回、敵を殺さずに制圧するのが目標なんだが」

「ふむ、殺してはダメか。なら大丈夫だろう」


 そう言って、近くに映えていた庭の木を思いっきり殴りつけるジャバウォック。

 轟音と共に、木に亀裂が入る。危うく、倒れるかと思ったがなんとか嫌な音をさせながらもなんとか堪えて崩れ落ちなかった。


「この通り、我が全力で殴って破壊することも出来ぬ。死ぬことはあるまい」

「……いや、それはどうなんだ?」


 竜人種自体を見たことがないので、この腕力がどの程度なのか分からないが……普通に人間が喰らえばお陀仏になりそうな気がする。

 とはいえ、それでも肉弾戦でこのレベルなら十分に戦力になるだろう。


「なら、頼りにさせて貰う」

「任せておけ」


 そして、バンシーを召喚。

 呼び出されたバンシーは何かを言おうとしてジャバウォックの存在に気付いて、一瞬で顔を青くして声を失う。


「バンシー、そういえばちゃんと挨拶はさせてなかったな。こいつがジャバウォックだ」

「は、初めまして……あのドラゴンなんですよね……?」

「ふむ、あの時の幽鬼か。竜の咆哮に耐えたのは見事だったぞ」


 萎縮しているバンシーに、変わらない様子で褒めながらじっとバンシーを観察するジャバウォック。


「うう、あの時は本当に消滅するかと思いました……グレムリンさんもシェイプシフターさんも、この人のせいで未だに復活出来ませんし……」

「まあ、色々思う所はあるかも知れないが仲良くしてくれ」


 バンシーにはそういうしかない。


「うぅ……よ、よろしくお願いします」

「ああ」


 そして、またしても魔力を扱いながら色々と試し始めたジャバウォック。

 ……自由気ままだな。


「……本当に大丈夫ですかね?」

「大丈夫にするのが、俺の役目だからな」


 戦力としてはモンスター以下。他の職業に比べて、自分で出来る範囲は出来て人並み程度。

 そんな俺に出来ることは、使える戦力を十全以上に使いこなす事だろう。


(……マズいな)


 こんな状況だというのに楽しくなってきた。

 なんだかんだ言っても、逆境というのはワクワクしてしまう。今更ながら、自分は思ったよりもヤバイ奴じゃないかと思ってしまうのだった。

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