第118話 ジョニーは頼んでいく

 ――思ったよりも長くなった相談を終えた俺は、ストスの店を出る。

 その内容は、魔具の取引など細かい物だった。とはいえ、今回は貴重な魔具を見れて幾つか譲ったのでご機嫌なストスは快く頷いてくれた。


「ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとう。良い品を鑑定出来たし、それを売って貰えて助かったよ。それじゃあ、陰ながらだけど君のことを応援しているよ。だから、次も良い魔具を持ってきてくれると嬉しいな」

「まあ、色々と終わったらダンジョンに行くんでまた持ってきますよ」


 そう言ってから、ストスに見送られて魔具店を離れて俺は貧民窟を歩いて行く。

 魔具の取引は順調に終わった。さて、次は子供たちに合うためにいつも通りの道を通っていく。すっかり暗くなり道の先が見えないほどだが何度も通ったので慣れた物だ。そして、子供たちのアジトに辿り着くとそこに見覚えのある顔が見張りをしていた。そして、こちらに気付く。


「ん? お、アレイにーちゃん!」

「よう、元気だったか?」

「ああ、他のチビたちは……」

「もう遅いから呼ばなくて良いぞ。どっちにせよ、また呼びに来る」


 ルークは、子供達の中では年長だ。だからこそ、自分から見張りをしているのだろう。

 中を覗いてみると、半分以上の子供は眠っているようだ。一見すると油断していて起きないように見えるがルークが一声かければ全員跳ね起きてすぐさま行動出来るだろう。

 ……それだけ、貧民街が厳しい環境でもあるといえるが。


(……そういえば、フェレスが子供たちに探させていたのは……ティータに繋がる情報か?)


 貧民窟に散らばった情報を集めさせるなら、詳しいことを知らず文字を読むことも難しい子供たちに総当たりで集めさせるのが一番良いという判断だろう。

 つまり、あの時の子供たちを浚った奴らがティータを売った人身売買組織の一味だったのだろう。


(……まあ、今は考えることじゃないな。先にやる事がある)

「それで、にーちゃん。今日はどうしたの? 結構遅いから、なんか用事があるんだよね?」


 ルークがやってきて俺に聞いてくる。

 すっかり日も暮れて道は真っ暗になっている。この時間に俺が来ることが珍しいから聞いたのだろう。


「ああ。ちょっと頼みがあるんだ」

「頼み?」

「しばらくの間、ちょっと俺が動けなくなる時期があってな……ちゃんと代金は払うから、俺の代わりに荷物を運んできて欲しいんだ」

「うん、いいけど……どこに運べば良いの?」


 そう聞かれて、ちょっと悩む。

 流石に屋敷まで連れて行くわけには行かない。なぜなら、関係者を消すという可能性が高い以上、屋敷に出入りする人間は全て該当すると判断される危険性は高いからだ。


「そうだな。街の外れまで頼む。場所はまた後で教える」

「分かったよ。なんか他に困った事があるなら言ってくれよな。アレイにーちゃんの頼みならちょっとヤバイ奴でも頑張るからさ」

「それは断ってくれよ」


 思わず苦笑いしながらも、それだけの関係を築けたのだと思うことにする。

 ……そういえば。


「ルイはまだ帰ってきてないのか?」

「ルイねーちゃんは帰ってきてないよ。早く帰ってきて欲しいけど、忙しいんだろうな」


 ルイがまだ帰ってきてないと言う事は、少々面倒だ。

 ……もしかすれば、最悪のタイミングで帰ってきて俺に会いに来る可能性だってある。


(そっちの対策も考えておかないと行けないな……)


 ルイ達は、事情を知らずとも俺が困っていると分かったら助けに来てくれるだろう。

 ……だが、今回の件を関わらせたくないのだ。なぜなら、失敗すれば俺は最悪、国から追われる犯罪者となるだろう。失敗するつもりはない。だが、それでも成功するとは限らない以上は今関わっている人間だけで終わらせる話なのだ。


「じゃあ、また詳しい話は頼みに来る。その時はよろしくな」

「うん、じゃあね!」


 そして、ルークに挨拶をして貧民窟を離れていく。

 ――さて、一旦は帰ってから色々と準備をしなければな。



 屋敷に帰ってきて、今回はストスから交渉して貰った道具達を並べてどうするかを考えていると、部屋がノックされる。


「ん? どうぞ」

「失礼しますわ」


 そして入ってきたのはラトゥだ。


「ラトゥ、どうしたんだ? 明日出発するから、眠って準備してた方が良いんじゃないか?」

「いえ、大丈夫ですわ。元々、吸血種ですので夜にはあまり眠気は来ませんの」


 そう言って、椅子に腰掛けるラトゥ。

 ……どうやら、腰を据える話をするようだ。俺も真面目にラトゥと話をするつもりで椅子に腰掛けると、ラトゥが口火を切った。


「……アレイさん。本当に大丈夫ですの?」

「ん? 大丈夫って言うのは……」

「妹さんを助けるためとはいえ、無茶な約束をしたことですわ……あの場で、拒否をするなんて言う選択肢はありませんでしたもの。アレイさんにあの答えを出すためにフェレスという方は話を誘導していましたわ。アレイさんが危険の中に飛び込むと分かっていてですのよ」

「そうだろうな」


 結局の所、もっと色々な手段はあったのだろう。

 だが、フェレスとしては危険だとしても自分が一番得をする上で、最善の結果を求めた。それが、ラトゥを巻き込んだ方法だったというわけだ。

 そして、それに気付く前に俺に話を持ちかけて逃げ道を潰したというわけだ。


「まず、妹さんの容態運び出して耐えれないと言う可能性も分かりませんわ。だから、今から別の手段を探すと言うのであれば私は構わないと思っていますの。だから、アレイさんの答え次第では私は……」


 その言葉を、俺は遮る。


「……大丈夫だ。それに、どうせどこかで向き合うべき話だとは思う。借金取りは、自分が得するために色々と誤魔化したり誘導はしたが……話自体に嘘は吐いてないだろうからな」

「そうですわね……不躾な質問をしましたわ。ただ、ここからこの屋敷を守るアレイさんは仲間も減って、戦力はどこまで使えるか分からないジャックとバンシーさんだけですもの」


 酷い言いようだが、俺の魔力の問題などもあってジャックがどこまで力を使えるか分からない。

 そういう点でも確かに今までに比べて戦力は不安だろう。


「ここまで一緒に行動をしてきて、情が湧かないわけがありませんわ。だから、アレイさん。命の危機があったら……その時は、生きるために逃げて欲しいんですの」


 そういって、俺の手を取るラトゥ。

 その目は真剣で、俺のことを本気で案じている。


「……それは約束できない」


 だが、俺は首を縦に振らなかった。


「なっ、なんで――」

「血の繋がりがなくても、種族が違うとしても……俺は、ティータの兄だ。妹のために命を賭けるくらい、兄として出来なくてどうする」


 ――最初に抱いた熱。冒険者として成り上がってやるという気持ちは未だに燃えている。

 そして、その気持ちの根幹は一つだった。


(そうだ。俺は後悔したくないんだ)


 失う後悔も、挑まなかった後悔も何もしたくない。

 もしも、そんな後悔をしてしまうくらいなら……死んだ方がマシだろう。


「それに、俺は強欲なんだ。手に入るなら、全部が手に入る選択肢を選ぶさ」


 呆れるような俺の言葉に、ラトゥはなんと答えるだろうか?


「……ふふ。本当に、アレイさんも……冒険者どうしようもない人ですのね。なら、アレイさんに送る言葉は一つだけですわ」


 そういって、柔らかく微笑んでラトゥは告げた。


「アレイさん、良き冒険を」

「……ラトゥも、良き冒険を」

「ええ。それでは、失礼しますわ。お互いに頑張りましょう」


 そして部屋を出て行くラトゥ。

 ラトゥから認められたような、呆れられたような……なんとも言えない感覚だった。

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