第117話 ジョニーと大準備

 立ち上がり、まずはやることを考えた俺が最初にやってきたのは貧民窟だ。

 いつも通りの道を通りながら最初にやってきたのは……子供たちの元ではなく、ストスの魔具店だ。

 店の中では、魔具を丁寧に磨いていたストスがこちらを見る。俺を見た瞬間、目が子供のように輝いた。


「――おお! やあ、いらっしゃいアレイくん! 魔具はどうかな!?」

「あ、ああ。持ってきましたけど」

「ははは! いやあ、ついにかい! 僕はこの時を心待ちにしていたんだよ!」

(……もしかして、別人に入れ替わった?)


 ストスは磨いてた魔具を置いてから、わざわざ歩いてやってきてとんでもない勢いで聞いてくる。普段の営業スマイルではなく、ちょっと怖いくらいの満面の笑顔だった。

 どうやら、相当に期待していたらしい。以前はそこまで気にしてない風だったというのに。


「……なんか、機嫌良さそうですね」

「それはもう! 何せ、未到達ダンジョンに眠っている魔具っていうのはね! 表に出てない貴重な魔具が多いんだ! 今まで侵入者不在で育ってきた誰も持っていない一点物! 場合によっては、その後同じダンジョンでも手に入る事のない可能性だってあるんだ! 興奮しない方が間違いだろう!?」

「そ、そうか」

「はぁ、能力だって貴重だろうけども、やはり他にない魔具っていう要素だけでも高ぶるねぇ! ただの魔具だとしても、僕がこの世界で初めて鑑定したともなれば気分が良い物だよ! さあ、早く魔具を見せてくれ! さあ、さあ、さあ!」


 ストスの圧というか、熱量に押されながら、持ってきた魔具を取り出す。


「今回のダンジョンで手に入れた魔具っていうのは、これとこれと……あと、こっちもだな。」


 まず、並べたのはボスから手に入った魔具……一つは、リビングアーマーの頭部の飾り。そして、二層目のサーペントが落とした葉っぱだ。

 それ以外に、バーサーカーが持っていた武器やサラマンダーの落とした宝石などラトゥが回収していた魔具も受け取っていた。それを、ストスの前に並べていく。


「おお、これが……ふふふ、それじゃあこちらの方から鑑定をしようかな」


 そういって、バーサーカーの武器とサラマンダーの宝石を手に取る。

 魔法陣を起動してから、数分程経過すると置いて満足げな表情で紙を取り出して書き込み始める


「ふむ、とりあえず……こっちはモンスターの武器だね。ふうむ……シンプルすぎて魔具としての価値はあまり高くないが、肉を切るほど切れ味と強度が上がるようだな。とはいえ、使う程に思考能力が奪われていく呪いがあるようだけども、面白い魔具だ。こっちはサラマンダーの宝玉か。これだけの純度なら価値が高いね。まあ、珍しいと言うわけではないが、それでも需要は高いよ。魔力を注ぐだけで無限に炎を吐き出すからね」


 バーサーカーとサラマンダーの落とした魔具の鑑定をあっさりと終える。

 魔具の鑑定というのは、技術と能力だ。魔具を鑑定する魔法が存在し、それを高精度で扱いながら性質を読み取り、それを自身の知識と経験で当てはめて解読する。しかし、普通の魔具鑑定師ですら一個の魔具を鑑定するのに1時間はかかるのだ。それをこの短時間で解読するのは人間離れしている。

 ここまで優秀なら、魔具を扱う職業ならむしろ自分から選ぶ立場だっただろう。


「うんうん、なんとも良い魔具だねぇ。この二つだけでもコレクションにしても良いかと思うくらいだ……ふふふ……おっと、思わずよだれが。まだメインの魔具の鑑定をしないというのに……ダメだな。楽しみで体が震えてきたよ」


 ……まあ、これなら選ぶ立場だとしても一緒に働きたいと言う人間は奇特だろう。自分の趣味のために立場も常識も投げ捨てるような狂人だからこそ、至った境地というわけか。

 そんな、よだれを垂らしそうな程に興奮しながら、魔具に触れるストスをなんとも言えない目で見守る。


「……ほお、凄いね! こっちの葉は世界樹の葉じゃないか!」

「世界樹の葉?」

「まるで川から水を吸い上げるように、大量の魔力を吸い上げて育つ世界樹から抜け落ちた葉っぱさ。普通であれば抜け落ちた葉には魔力は残らない。でも、極稀に行き渡った魔力を保持したまま抜け落ちる葉がある。それがこれだ。保持している魔力の濃さによって等級が変わるんだけども……この葉は、金等級だね。最高級品だ」

「……どういう効果があるんだ?」


 世界樹というのは知っているが、その葉がどういう効果を及ぼすのかは知らない。

 魔具というのは、知識として幅広く種類が多すぎるのだ。俺がモンスターの知識を覚えているのと同じかそれ以上に必要になる。その質問に、ウキウキとしているストスは世界樹の葉を見せながら答える。


「この一枚で使用用途は様々だ。魔法を行使する際に魔力の代用として使う事も出来るし、これ自体を加工して魔力の補助装置にもできる。世界樹という木が溜め込む魔力量は膨大だ。ダンジョンの内部だけで見るならそこまでの容量ではないかもしれない。けども、地上であればこの世界樹の葉がもたらす恩恵は下手な魔具や魔石以上に大きいよ」

「そうなのか……もしかして、それを魔石代わりに使って人間の魔力を増やしたりは出来ないのか?」


 ティータの現状改善に使えるかも知れないと思い、そう聞いてみる。


「……それは無理かな。魔石と違って、世界樹の葉が貯めた魔力というのは純度が高すぎて生物には毒になるからね。魔石を使った魔力の増幅ですらあまりデータが無く効果も大きくない方法だからオススメはしないよ。あくまでも行使する外付けの魔力としての価値で考えた方が良いね」

(……肉体も魔力で作り上げているモンスターだからこそ、ダンジョンでは世界樹の魔力を吸収出来たって事か)


 やはり、そう上手くいく話はないか。

 そして、次にストスが手を取ったのはリビングアーマーの飾りだ。


「そして、こっちは宝剣かな? これは……ほお、面白い!」


 目を見開いて、宝剣をまじまじと見つめる。

 それは先程を超えるような勢いだ。


「これは……ふむ、魔力を弾く能力かな……? いや、違うな。魔力を弾くんじゃない。魔力を保持する能力か! 元々は剣として作られた魔具じゃないね、装飾用だろう。ただ、能力が素晴らしい。芸術に近い! この宝剣を対象に突き刺せば、魔力を保持して強制的に外部から遮断し封じ込めるわけか。確かに、使い所は難しいけどもこのレベルの遮断能力なら外部からの魔法をほぼ無効化できる盾に出来るね。ただ、問題は生物にこの魔具を使うと間違いなく死ぬ事だね。保持された魔力は生命活動を阻害する可能性が高い……ふうむ、呪いの短剣としても使えるかな? まあ、これを使うくらいなもっと良い物があるけどね」


 最後の部分は聞かなかったことにしておいて……本当に鑑定能力は優秀だ。

 ストスの鑑定は、リビングアーマーと戦った時の状況を見ていたかのように当たっている。それだけで、関係結果に対する信用度は大きくなる。


「いやあ、素晴らしい! 本当に予想以上だったよ! ……さて、どうするかな? これを僕に売ってくれるならそれ相応の値段は付けれるよ」

「値段はどのくらいなんだ?」

「まあ、正規ルートで売れないし貴重すぎる品だからね。まあ、このくらいかな?」


 そう言って、紙に簡単な値段を書いてから、俺に渡す。

 ……思わず目玉が飛び出るかと思った。書いてある金額は、俺の借金の半分以上を返済出来る程の金額になっていた。


「まあ、待たされた分やらで価値が高すぎて扱いに困る分は安めにしてはいるけどね。これだけ貴重で価値が高いと値段が付きにくいから、こっちで扱うのが正しい品かな。やはり、未到達ダンジョン帰りの冒険者から持ち込まれる魔具は本当に良い物が多い……!」


 ……これで値引きされているのか。

 それを考えると、確かに借金取りが俺に裏の魔具屋を紹介したのも分かる。


「さて、どうする? 借金の返済に当てたいならこちらからフェレスくんに払っても良いよ。わざわざ二度手間だろうからね。現金ですぐに欲しいなら少々待って貰う事になるけども」


 今までの俺であれば、借金の返済で迷い無く答えていただろう。

 しかし、今は目的を持ってきている。だから、答えは決まっていた。


「相談があるんですけど……」

「ふむ、何かな?」


 俺の表情に、面白そうだと言いたげな表情をストスは浮かべるのだった。

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