第112話 ジョニー達と秘密と

 妖精種だって?

 その突然の発言に困惑する俺に、ジャバウォックは続ける。


「アレイが驚いていると言うことは、知らなかったということか? ふむ。であれば、教えない方が良かったのか?」


 ラトゥに聞くジャバウォック。

 そして、ラトゥも同じように驚きの表情でティータを見ていた。それは、本当に珍しい不思議な物を見たというような表情で。


「私も驚いていますわ……殆ど噂でしか聞いたことのない妖精種……それが、人間社会に住んでいることも、アレイさんの妹と言うことも……どちらにせよ、教えたのは正解だと思いますわ」

「ならば問題は無いか」


 ジャバウォックだけではなく、ラトゥも全く同じようにティータを妖精種だと疑ってすらいない。

 ――それは、勘違いなどではない。間違いなくティータが妖精種だという事実を物語っていた。それでも俺には理解出来ない。


「ティータが妖精種……!? まってくれ、俺の家族なんだよ。それが、種族から違う……妖精だった?」


 ……理解出来ないとはいえ、それでも思考は回っていく。

 その中で、俺はこの事実を知っていなければおかしい人間に気づいた。


「イチノさん! もしかして、知っていたんじゃ……」


 そして、振り向いたイチノさんは苦しそうな顔をしていた。

 ……知るべきではない話を知ったというような、そして、そんなときは来て欲しくなかったと言いたげな……そんな表情だ。


「――フェレス様に連絡をいたします。私から言えることはございませんので、どうかアレイ様。ご容赦を」

「……!」


 それは、否定ではない。借金取りが、全ての判断をして俺に伝えるかどうかを決めると言うことだろう。

 そして、それは最初から知っていたのだ。ティータが妖精種だと。


「部屋の準備はしております。それでは、失礼致します」


 そして、イチノさんは振り返ることなく部屋を後にして去って行く

 残されたのは……俺とラトゥ、ジャバウォックと眠っているティータだけだ。

 ……突然の事で衝撃と混乱で頭が働かない。せめて、冷静でいようとラトゥ達に声をかける。


「……俺は一度、部屋に戻る。分かることを教えてくれ。眠ってるティータの前でする話じゃない」

「ふむ、よかろう」

「分かりましたわ」


 そして、俺の部屋へと連れて3人で移動をする。

 ……部屋を出る前に、ティータを見る。眠っている顔を見て……俺はどんな事実でも受け止める覚悟をするのだった。



 部屋で全員が座ってから落ち着いて、まず最初に質問をする。


「……まず、妖精種に関して教えてくれるか?」


 俺の疑問に対して、まず最初にラトゥが答えてくれる。


「では、私から……妖精種というのは、ご存じかも知れませんが私のような吸血種や竜人種よりも魔力の扱いに長けている魔種ですの。個体数もとても少ない貴重な種族でもありますわ。そのため、詳しい情報や生態は明かされていませんわ」

「ああ、そこまでは俺も知ってる知識だ」


 吸血種、竜人種、獣人、鬼種など様々な魔種がいる。その多くは、自分たちの種族で集まりコミュニティを形成して生きることが多い。だが、それでも外部との交流を断つ種族はいない。

 多かれ少なかれ、外部や他種族との交流はあるのだ。しかし、妖精種に関してはどの種族とも関係が深いとは言えない。それどころか、魔種の中では口に出してはいけないタブーとも言える扱いだという話すらある。


「……ここからは、詳しい人間しか知りませんわ。まず、妖精種の生まれてくるメカニズムは特殊ですの。人や魔種の……胎内で生まれる前に息を引き取った子供の肉体を依代にして転生いたしますの。ですから、妖精種は人や魔種から生まれますのよ」

「……それは初耳だ」

「当然ながら、肉体を依代にしているだけで……中身は完全に妖精種そのものですわ。とはいえ、子供にはその自覚はありませんけども。ですが、成長すると妖精種だと分かるようになりますの。そして、魔種の間ではそういった子供は取り替え子と呼ばれて分かり次第、魔力の多い森へと捨てる事になっていますわ」

「捨てるって……そのまま、育てないのか?」


 妖精種と分かったとしても、捨てるなんて判断をするのはあまりにも薄情な気もする。

 だが、ラトゥは首を振る。


「……妖精種というのは、大きく生態が違いますわ。魔力の多い魔種ですら、肉体的には他の子供に比べて弱くなりますの。そして、成長と共に必要とする魔力なども多くなりますわ。でも、本人が人と一緒に生きていると妖精種としての自覚が芽生えないまま命が蝕まれて死に至りますの……妖精種は、人と交じって生きるにはあまりにも違う存在ですわ。だから、魔力の豊富な森へと捨てるのが一番なんですのよ」

「そうするしかないってことか……もしかして、ティータは体が弱いわけじゃなくて……」

「間違いなく、魔力の欠乏に加えて肉体の拒絶反応であろうな。妖精種がただの人間として生きていれば、肉体と精神でのズレから無理が生じる。それを埋め合わせるために必要以上の魔力を消費するわけだ」


 ジャバウォックが補足をする……現在のティータは妖精種としての自覚がない状態というわけだ。

 この話で、弱く生まれて死ぬ子供というのは人間に転生してしまった妖精種なのかもしれない。人間は、魔力との結びつきが魔種よりも弱い。だから、人間の子供として生きるのは難しいのだろう。

 だが、そうなると疑問が生まれる。


「でも、なんでだ……? 俺が帰ってきたときには、元気そうだったのに……」

「考えられる要因か……魔力に当てられたか? 強い魔力によって妖精種としての本能が刺激されたのかも知れぬな。たとえ生き延びても、簡単な刺激で妖精種としての本能を取り戻すのは当然であろう」

(本能を刺激って言うと……もしかして、俺が召喚術士として契約したモンスターが増えたからか!?)


 そうすれば扱う魔力も増える。最初であれば、もはや風が吹く程度だったろう。しかし、今の俺の扱う魔力の量は比べものにならない。

 ……俺の責任でティータが苦しんでいるのかもしれないと思うと、気が重くなる。だが、それでも知るべき知識は詰め込めた。


「……とりあえず、イチノさんが戻ってくるまではこれ以上考えても仕方ないか……教えてくれてありがとうな。ラトゥ、ジャバウォック」

「構わん。我としては、アレイは騒動の中心に居るから退屈をしない。まだ騒動が起きるのであれば、楽しめるだろうからな。期待しているぞ」


 ……まあ、ジャバウォックはそうだろう。ニコニコと笑顔を浮かべてご満悦そうだ。わざわざ、ダンジョンの中で冒険者を待つぐらいに退屈していたのだ。俺の起こす騒動なんていうのは、楽しいだろうな。

 一方のラトゥは、心配げな表情をしている。


「アレイさん……きっとショックでしょうけども、妹さんとアレイさんの時間は嘘じゃありませんわよ。それに、何が原因というわけではありませんわ。だから……」

「ああ、気を遣ってくれてありがとうな……俺は大丈夫だよ」


 そう言って、笑顔を見せる……が、ラトゥの表情は浮かないままだ。余程酷い顔をしているのだろう。


「まあ、色々と考えることが多くて疲れた……ちょっと寝るよ」

「……分かりましたわ。では、お休みなさいませ。失礼しますわ。ジャック、行きますわよ」

「ふむ、では我の部屋とやらに行くか」


 そう言って解散する。二人が部屋から出て行ったのを確認して、俺はベッドに寝転んだ。

 ……そして、バンシーを召喚する。


「召喚術士さん! けほっ! 大丈夫でしたか!? ……あ、ここはお屋敷……帰って来れたんですね? 良かったぁ……」

「……バンシー、大丈夫か?」

「大丈夫ですよ! 良かった……召喚術士さんが無事で……もっと早く呼んで欲しかったですけど……どうかしました? なんだかいつもと違いますよ?」


 バンシーに気付かれるほどか……思った以上にメンタルに来てるな。


「ちょっと聞いてくれるか? 色々とあったんだ。俺も、自分の気持ちを整理したい」

「……分かりました。いっぱい聞きます。私が送還されてからの話、教えてください」


 寝転んだ俺は、椅子に座ったバンシーに自分の気持ちを整理するために……ダンジョンから、ティータの話までをゆっくりと語るのだった。

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