第110話 ジョニー達は報告する

 馬車に揺られていた俺達は、数日の旅を終えて降ろされる。

 乗ったときには疲労で死にかけていた俺も、流石に数日寝て体力の回復をしたのでなんとかマシな体調には戻っていた。そんな俺に、御者の人は声をかける。


「――この度のダンジョン攻略、お疲れ様でした。しかし、そろそろ私も帰ろうかと思っていたタイミングだったので運が良かったですね。それに、戻ってきたときにはこのまま運ぶべきか近くの村で医者に診せるべきか悩みましたよ」

「本当に、助かりました。トラブルで壊れて、いつ帰るか分からない状態だったんで……」

「ええ。そういうトラブルもよく聞きますね……ただ、徒歩で帰る場合は身分の保障も何もないので危険な道中になったでしょうね」


 本当に危なかった。既に走り出している馬車を、ジャバウォックに頼んで引き留めて貰ったのだ。

 どうやら、ドラゴンと戦う前……恐らく、サーペントの当たりで壊れていたようだ。しかし、攻略に気を取られて気付いていなかったので本当にギリギリだった。ダンジョンだと時間の流れに鈍感になるのもあり、俺達が思っている以上に日数は経過していたらしい。

 とはいえ、帰りの道中は平和なもので十分に休むことは出来た。


「ふむ、馬車というのも初めて乗ったが面白いな。新鮮な気分だった」

「……ジャックさんは、勝手に動き回らないようにお願い致しますわ。私が、気になるものは答えますわ」


 ジャバウォックという名前は、竜である以上はどこかで知っている人が居るかも知れない可能性を考えて、ジャックという偽名を付けている。愛称で呼んだら怒ったりするかと思ったが、どうにもジャバウォックは対してそこに拘りがないらしく好きにしろと言っていた。


「了解した。気をつけよう」

「では、私はこれで。それでは、またのご利用をお待ちしております」

「ありがとうございました。また、頼みます」


 そう言って御者に別れを告げてから、ようやく帰ってきたという気分になる。


「ようやく、冒険も終わりか……それじゃあ、冒険者ギルドに報告に行くか」

「ええ、分かりましたわ」

「楽しみだ」


 そして、俺達は冒険者ギルドに向けて足を運んでいく。

 ……予想外だったのは、ジャバウォックがありとあらゆる場所に興味を示してそちらに行こうとする事だった。ドラゴンである以上は、街に行くことなどないので何もかもが新鮮なのだろう。


「アレイ、あれはなんだ?」

「人の子供だよ。多分、この街に住んでる住人の子供だな」

「あれはなんだ?」

「酒場だな。あそこで、酒を飲んで食事をする場所だ。特に、冒険者なんかが利用している」

「あれは――」


 馬車から降りて街を歩くだけだというのに、普段の数倍は時間がかかっている。周囲からも、竜人種に吸血種、そして普通の人の組み合わせが珍しいのか注目されて恥ずかしい。

 ようやく冒険者ギルドに到着したときには、既に日が暮れ始めている。扉を開けて冒険者ギルドに入る。

 相変わらず、冒険者達がひしめいて喧噪に包まれている。そんな中、カウンターに座っていた受付嬢さんは俺に気付いて、笑顔で手を振った。


「お帰りなさいませー、召喚術士さん! お疲れ様でしたー。一ヶ月も経過したので、もしかして死んじゃったかもなぁ……って不安に思ってた所ですよー。無事に帰ってきて良かったです。飲み物にお菓子なんかもありますよー」

「アレイです……それで、どっちに賭けたんですか?」

「いやー、三ヶ月以内に帰ってくるに賭けてたんですよね。でも、わりと信用度高いから倍率が低くて……とはいえ、勝ちは勝ちですからねー。ということで、お菓子をどうぞー」


 久々に戻ってきた冒険者ギルドでは、相変わらず受付嬢さんは俺の帰還に対して賭けをしていたようだ。帰ってきて一番に機嫌良く対応されたので疑ったのが正解だったが、外れていて欲しかった気もする。

 ……まあいいんだが。むしろ、そのくらい明け透けな対応が出来る程度にお互いに気心が知れていると言うことだろう。お菓子を受け取って座った俺に、受付嬢さんは仕事の顔に変わる。


「さて、それでは今回の冒険について色々とお聞かせくださいねー。今回は、未到達ダンジョンですが最初に攻略したと言うことで、召喚術士さんからの情報が一番重要になりますのでー。ああ、ラトゥさんもお願いしますねー。やはり、銀等級の方からの見立てがあるだけで信憑性にも情報の確実性にも影響が出ますのでー」

「ええ、分かっていますわ」

「それじゃあ、まずダンジョンなんだが――」


 そして、受付嬢さんに対して俺とラトゥは攻略した竜のダンジョンの話をしていくのだった。



「――なるほど、試練と称された3層を超えた先には、骨で出来たドラゴンが待ち構えていて、そのボスを倒す事で魔具や財宝が手に入ると」

「ダンジョン自体は、相当に厳しいものでしたわ。アレイさんと私がダンジョンとの相性が良かっただけで、見立てでは銀等級……最悪、金等級の可能性もありますわ」

「ふむ、なるほどですねー……んーむ」

「問題ありました?」


 悩ましげな顔をする受付嬢さんに聞いてみる。

 ラトゥの保証があるとはいえ、それでも信じ切れないのはあるかもしれない。とある冒険者の話では、ダンジョンの攻略の際に自分のミスから苦戦をしたが、そのミスを自覚できないまま過大評価をした結果、不当に警戒された結果、挑戦した冒険者達が大損害になり、冒険者ギルドとの関係が悪化したような例もある。


「いえ、信じてますよー? ただ……」

「ただ?」

「……んー、いえ。まあ、私の気にしすぎだと思うので大丈夫ですよー。それで、そちらの方は新しいお仲間さんですかー?」


 と、ジャバウォックに視線を向ける受付嬢さん。

 ……まあ、聞かれるよな。


「ダンジョンで契約をした新しい仲間です」

「ふむふむ。また、竜人種というのは珍しいですねー。もしかして、ラトゥさんと同じようなトラブルによって契約しちゃったような感じですか?」

「我とアレイは正式な契約だ。それを疑う事は無礼であるぞ」


 と、黙って聞いていたはずのジャバウォックは契約の話になると少々怒りを込めた声で言う。

 その瞬間に、背後で人が倒れる音や動揺する冒険者達の声が聞こえてくる。だが、受付嬢さんは変わらない笑顔で答えた。


「それは失礼致しましたー。あらゆる可能性を考える必要がありますので、別に疑っていたわけではありませんのでー」

「ふむ、そうか」

「……その、ジャックは気難しくて。すまない」

「いえいえ、慣れていますのでー」


 そう答える受付嬢さんは一切笑顔を崩さない。

 ……その動じない対応を見ると、本当にプロなんだなと思う。背後では騒がしい事になっているが。


「……それで、他に問題はありませんの?」

「そうですねー。詳しい話は聞きましたし、今までの実績やラトゥさんの補足も併せて問題はないと思いますねー。ただ、思った以上に難しいダンジョンなようなので、調査隊も送る事を検討致しますねー。本当にお疲れ様でしたー」

「ありがとうございます。それじゃあ、俺は帰りますね」


 そう言う俺に、笑顔で頭を下げる受付嬢さん。

 背後ではバタバタと騒動になっているが、多少は落ち着きを取り戻してきているようだ。気になって、ラトゥに小声で聞いてみた。


(……さっき、背後で人が倒れたのって……ジャバウォックのせいだよな?)

(そうですわね。感情の高ぶりで、竜の魔力が漏れましたの……敏感な種族なら、突然目の前に猛獣が現れて自分を食おうとしていたように感じたと思いますわ)

(なるほど。ジャバウォックには気をつけるようにして貰わないとな……)


 そして、3人で冒険者ギルドを出て屋敷へと戻っていく。

 ……帰ったら、ティータの体調も見に行かないと。



「……んー、すっかり召喚術士さんも冒険者になりましたねー。多分、魔具とかも手に入れて隠匿しているでしょうし、ダンジョン自体も何か意図的に隠してそうですね……まあ、こちらに不利になるような情報操作はしてないからいいでしょうけどもー」


 そう言いながら、書類に書き込んでいく受付嬢。

 そこには、アレイに対する評価が克明に書かれていた。最後の、問題があるか否かの欄に手をかけ……ふと、手を止め思案をする。


「ただ、あの竜人種はちょっと問題があるかもしれませんねー。んー……もしかしたら、竜人種ではなくて……更に上の? その場合だと、間違いなく王家に話を通す必要がありますねー。それと、竜人種達からの謁見の話とか……ダンジョン自体の価値も変わりますし……」


 首を捻り、悩んで……受付嬢は、まあいいかと呟く。


「まあ、召喚術士さんが苦労する分にはいいですけど、私までいらない苦労は背負いたくありませんからねー」


 そして、問題無しと記載する。

 ……アレイの平穏は、受付嬢の怠惰によっても成り立っているのだった。

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