第108話 ジョニーとリザルト5

『思ってもいない提案に驚いたぞ。我の力を求める人間はいると思っていたが……契約という形にするというのは予想していなかった』

「もし、直接お前の力が欲しいっていったらどうなったんだ?」

『竜の力を求めるのなら、この程度では足りないな。だからこそ、人間。貴様の提案に驚いたのだ』


 ……それはどういうことだろうか?

 詳しく聞こうと、更に詳しく聞こうとすると……背後から、突如として声が聞こえた。


「……アレイ……さん……無事、ですの……? もし……いたら……返事、してくださいまし……」


 そんな声が聞こえてくる。ラトゥがどうやら意識を取り戻したらしい。

 しかし、その声はもはや今にも力尽きそうなほどにか弱いものだ。思わず、大声で自分の存在を伝える。


「ラトゥ! 大丈夫か!? 俺は無事だ!」

「……ああ、良かったですわ……今、そちらに……行きますわね……」


 そう言って、ズルズルと何かを引きずるような音が聞こえてくる。

 俺とドラゴンはそちらに視線を向けて……やってきた、ラトゥの姿を見て俺は思わず絶句した。


「ラトゥ!?」

「……申し訳、ありませんわ……こんな、お恥ずかしい姿で……出てしまって……」


 ――あまりにも、その姿は痛々しかった。

 ラトゥの体は所々欠損していた。血こそは流れていないが、節々から体がまるで灰のように崩れていき崩壊している。恐らく、アレは魔力不足によって体を維持することすら困難になっているのだ。


「死にそうじゃないか! 今、俺の血を……」

「……恐らく、今の状態だと……血を飲むことも、難しいので……気持ちは嬉しいですが、大丈夫ですわ……ふふ、もう少し休めば……なんとか、なりますわ……」


 そう言いながらも、命の灯火すら消えそうになっているのが見て取れる。

 ――ラトゥが、そこまでも命を削っていたこと。そして、そんな状態でも俺に心配をかけまいとしていることになんとも言えない気持ちになる。

 だから、せめて時間を作れないかと俺はありったけの魔力を注ぎ込む。


「……アレイ、さん……無理をしては、いけませんわ……」

「そっちの方が無理をしてるんだ。俺だって、このくらいはさせてくれ」


 魔力を失うほどに、ドンドンと俺も意識が朦朧としてきそうになる。

 魔力の欠乏で気絶をする……いや、命すら失いそうになる経験は最初のダンジョン以来だろう。


「……それで、アレイさん……ドラゴンは、どうなりましたの……?」

「どうしたって……もしかして、見えてないのか?」

「……ええ……目が、見えてなくて……」


 確かに、ラトゥの鮮血のように赤い色から白に近い色になっていた。

 ……俺の魔力では足りないかもしれない。そう考えると、もはや形振りは構っていられない。


「ドラゴン! ラトゥに、魔力を分けてくれ! それが望みだ!」

「……アレイ、さん……それは、どういう……?」

『ふむ、承知した。そちらの吸血種も我を満足させた勇士。ならば、報酬は与えねばな』

「どういう、こと……ですの?」


 理解出来ないまま、反応しようとしても反応できないラトゥにドラゴンは近寄る。


『さて、まずは最低限の魔力は必要であろう』

「――!? げほっ、あうっ!」


 竜が額をラトゥの体にくっつける……その瞬間、咳き込みながら体を痙攣させるラトゥ。

 一瞬心配するが、よく見ればラトゥの体はドンドンと再生している無理矢理注ぎ込まれた魔力に対して、体が驚いている状態なのだろう。


『この程度か』

「げほっ……どう、なって……?」


 気付けば、先程まで崩れかけていたラトゥの体はすっかりと元の形に戻っていた。

 しかし、それでも顔色はまだ死人に近い。目も、白濁としていて何かを見て居る様子は見て取れない。そんなラトゥの口元へ、ドラゴンは己の手を近づける。


『では、受け取ると良い。吸血種よ』

「――ごほっ!? あああああ!?」


 そして、爪で自らの鱗を切り裂いて血をラトゥの口へと垂らし……その瞬間に、ラトゥは叫びながら体を押さえつけ始めた。


「だ、大丈夫なのか!?」

『並の吸血種なら、竜の血を飲めば死ぬだろうが……この吸血種は器が大きい。恐らく、大丈夫だろう』

「おそらくって、どういう事だよ!?」

『まあ、器から溢れれば……消滅するかもしれんな。だが、それならば遅いか早いかの違いでしかないだろう』


 とんでもない事を言い出すドラゴン。だが、俺にできることはない。


「ぎっ、ぐううう! く、ああああああああ!」

「……ラトゥ、頑張ってくれ」


 暴れながら、叫び苦しむラトゥの手を取る。

 ……せめて、ラトゥは一人ではないのだと伝えるために俺は手を掴んだ。ギリギリと、吸血種の力で握られた手は骨が軋む音が聞こえ、激痛が走る。それでも、ラトゥの今の苦しみに比べれば軽い物だ。だから、俺は必死に祈る……ラトゥが、無事であるように。


「――あ、くぅ……あれい、さん……?」

「ラトゥ!」


 ――永遠にも思える時間を超えて……ラトゥが、声を出す。

 目を開いたとき、その目は今までと同じような真っ赤な色となっている。


『適応したようだな』

「……良かった……本当に良かった……ラトゥ……」

「……えっと、その……アレイさん、事情を説明して貰ってもいいですの……?」


 そういえば、まだ何も説明してないことを思い出す。

 ラトゥに、俺はラトゥが気絶してからの経緯とドラゴンの報酬についての話をするのだった。



「……理解しましたわ。色々と言いたいですけども……アレイさん、ありがとうございますわ……私のために……」

「俺はそれだけ助けられたからな。気にしないでくれ」


 得た物がないわけではないのだ。

 それに、ラトゥを失うとなれば……俺は後悔してもしきれない。値千金の価値があるといえる。


「まあ、手に入れたのは色々とある。ドラゴンの転がってる目とか鱗やら牙を拾って帰れば、信憑性はあるだろ」

「……いいんですの?」

『構わん。我から零れた物は所有物というわけでもない。好きに扱うと良い』


 ……意外と太っ腹というか、大雑把というか。

 だが、それでも貰えるなら貰って帰ろう。


「さてと……それじゃあ、帰る準備をしないとな」

『人間、まだ報酬がまだだぞ』

「……ん?」


 と、ドラゴンから突然そう言われる。


「いや、ラトゥの回復は?」

『それは、その吸血種に対する報酬だ。生きるだけの魔力を渡し、我が血を分け与えた。だが、人間にはまだ渡していないだろう?』

「……そういう判定になるのか」

「良かったですわ……私のために、貴重な品を手放すということになれば申し訳なかったですもの」


 ラトゥはホッとしたようにそう呟く。

 ……まあ、俺としては得をするからいいんだが。


「じゃあ、さっきの話か……」

「アレイさんは、何を望みましたの? 私のことの前に、交渉をしていたとは聞きましたけども」

「いや、ドラゴンと契約できないかって話を」

「バカじゃありませんの!?」


 ……凄い罵倒をされた。ラトゥから。


「ドラゴンですわよ!? それに、先程まで戦っていて、命を奪われかけましたのよ!? それに、魔具や金銀財宝の選択肢がありますのよ!?」

「まあ、それを含めて……戦力の方が大きいかなって」

「バカじゃありませんの!?」


 二回目の罵倒……まあ、それだけ常識外の提案なのだ。


「まず、ドラゴンが無理だと言えば……」

『いや、検討をしたが可能だ。召喚獣という契約の中であれば、報酬としても見合う』

「……」


 呆気にとられた顔のラトゥ。


「じゃあ、契約って事で」

『承知した……では、共に名前を明かして契約をせねばな。竜との契約だ。真名を明かさねば契約は出来まい』

「そうなのか……俺はアレイだ。召喚術士のアレイ」

『我はジャバウォック。混沌の竜、ジャバウォックだ。ここに、召喚術士アレイとの契約を結ぼう』


 そして、取り出した召喚符にジャバウォックは触れ……その瞬間に、光が視界を染める。

 ……目を開いたときに、そこには中性的な一人の竜人種が立っていた。


「なるほど、こうなるのか……さて、今後ともよろしく頼むぞ、アレイ」

「ああ、よろしく頼む。ジャバウォック」


 ――そして、ダンジョン探索の末に……俺は、竜と契約をしたのだった。

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