第107話 ジョニー達と、決着の後と 

 ――短い時間だが、気絶していたらしい。意識を取り戻して、全身を襲う激痛に思わず顔をしかめる。

 自分が今どこに居るかを見て、思わずぞっとする。中央から、爆風によって部屋の端まで弾き飛ばされていた。打ち所が良かったのか、まだ動けるが場合によっては笑えない結末だってあっただろう。


「……ぐっ、う……」


 ……痛む体を引きずって、無理矢理立ち上がらせる。

 グレムリンが引き起こした爆発はあまりにも高威力だった……すでに、グレムリンの魔力の感覚は無い。恐らく、ドラゴンと一緒に消し飛んだのだろう。壊れないはずのダンジョンの壁や地面ですら、抉れて土煙を上げているのがその威力を物語っている。


「ラトゥは……」


 周囲を見渡す。ラトゥらしき姿は見えない。一瞬の不安の後、まだ魔力の繋がりが残っているのを感じる。

 ……ラトゥは生きているようだ。最悪の想定にならなかったことにホッとするが、ラトゥも相当な無理をしたはずだ。だから、早く様子を見に行かなければ。


「召喚出来るのはバンシーだけか……」


 体を引きずるように歩きながら、そう呟く。

 ザントマン、アガシオン、グレムリン、シェイプシフター……ドラゴンを倒すために、全てを賭けてくれただからこそ、繋がったのだ。


「……凄いな」


 部屋の中央へと視線を向ける。

 そこには、頭部が完全に破壊されて、胴体だけになったドラゴンががブレスを吐く直前の態勢のまま死んでいた。


(あれだけの爆発でも、体は無事に残ってるのか……)


 脳裏に浮かぶのは、もしかすれば……あのドラゴンの体を素材にして何か使えるのではないかという実利的な発想だった。

 まあ、どうやってあの死体を持ち帰るのかという話もあるが……


『――見事。見事なり』


 ――幻聴かと思った。

 だが、その声は確かに聞こえた。そして、ドラゴンの死体に視線を向けて……目の前で、徐々に再生していく。胴体から、徐々に首が再生していく。

 そうして、呆気にとられている俺の目の前でドラゴンは失う前と全く変わらない元の姿へと戻っていた。


「……嘘、だろ……?」

『頭部を破壊されたのはさしもの我も初めてだ。貴重な経験をさせて貰った』


 ――バカげている。もはや悪夢に近い。

 弱点を潰せなかったなどと言う話ではないだろう。それは、生物としてあまりにも規格外だ。


「……弱点じゃなかったのか……?」

『ふむ、逆鱗のことか? 人間、貴様の予想は当たっている。でなければ、我の頭部を吹き飛ばすような威力は出ないだろうな』


 ――答えに辿り着いて、なお足りないと言う事実はあまりにも無情だ。

 強がりでも何でも無いのだろう。ドラゴンからすれば、それは事実を教えているにすぎない。


(……どうする? どうすればいい?)


 既に全ての手は使い切った。

 このままでは、最悪の場合は俺だけではない。契約したシェイプシフター達も自分の形を失ったまま契約が解除され消滅する可能性がある。ラトゥに、契約の譲渡をするしかない。覚悟を決める。


『さて――』


 ――ラトゥを見つける。そして、契約の譲渡をする。

 時間を作るために必要なのは、なんだ? 最悪の場合は、バンシーを呼び出して……


『見事だった、人間よ。よくぞ、我が飢えを満たした』

「――は?」


 俺の思考になかった、予想外の言葉をかけられる。


『我の予想をここまで超えるとは思いもしなかった。やはり、可能性がある存在というのはいい。特に、か弱き存在だからこそ、こうして牙を届かせることは出来るのだろうな』


 楽しげに語るドラゴンは、既に戦う意思を失っていた。むしろ、俺の反応を見ようとしている。

 理解が及ばないながらも、脳裏で俺はこの部屋に入ってきてからを思い出し……ドラゴンが最初に言っていた言葉を思い出した。


(……そうだ。確かに、アイツは自分を倒せとは言ってない。力を見せろ。限界を超えろ。そして、満足させろ……確かに、言ってた……そう考えれば、殺す必要はないのか……!)


 ドラゴンの出した条件というのは、言わば主観でしかない条件だ。何を持って力を見せ、限界を超えるのか。そして、ドラゴンが何を持って満足させるのか。

 だからこそ、その条件を満たすことが出来たというのはただ、殺して終わりよりも難しい条件を満たしたと言えるだろう。


(確かに、最初から答えはあったけどだな……!)


 理不尽な気分と、確かに最初に提示された条件には倒せというのは入ってなかったという納得が混在する気持ちになってしまう。

 そんな俺を見て、ドラゴンは質問をする。


『ふむ、この結末には不満か? 命を失うまで戦うというのであれば、叶えてもいい』

「……無理だ。全部出し切った。もうお前を殺す事は出来ない」

『ふはは、殺すと来たか。その気概こそ、素晴らしいが竜を殺すには何も足りていないな。もしも、本気で滅するというのであれば……そうだな。数百年は大地を死滅させるような呪詛を含んだ武器でも持ってこねばな。それを使えば、万が一にではあるが我を殺せる可能性はあるだろう。』

「……つまり、不可能じゃねえか」


 とんでもない事を言い出すドラゴンに、思わずそんなツッコミを入れてしまう。

 冗談や嘘……ということはないだろう。なぜなら、そんな必要が無いからだ。つまり、俺達は最初からこのドラゴンの遊びに付き合わされていたというわけだ。


(……まあ、遊びとは言ってもあくまでもドラゴンを満足させなけりゃ死ぬわけだからな。別途勝利条件が設けられてるイベント戦みたいなもんだ。そう考えれば、まあ納得はする)

『ほう、納得するのが早いな。人間というのは理不尽に出会うと怒ると聞いたが』

「大抵の生物はそうだと思うけどな。まあ、納得はした……どっちにしろ、戦う選択肢しかなかったんだからな」


 俺は死ぬわけには行かない。

 少なくとも、シェイプシフター達が消滅しないように出来るまでは捨てる事は出来ない。それが、俺を信じたアイツらに対して出来る事だ。


『理解が早いのは良いことだ。さて、折角だ。我を満足させた褒美をやろう』

「……褒美?」

『竜を倒した物には、栄華を。それは古くからのルールだ。言ったであろう? 竜はルールに縛られている。貴様らが考えているよりも不自由な存在なのだよ』


 ……不自由な存在か。ラトゥが吸血種としての本能が残っているときが辛いと言っていたのと同じような理由なのだろう。

 しかし、褒美か……


「何を貰えるんだ?」

『望めば、魔具であろうと鱗であろうと金銀財宝であろうと我が差し出せる物を渡してやろう。我には無用な物なのでな』


 そう言って、ドラゴンが視線を背後に向ける。

 ……すると、ダンジョンの奥の壁が開いた。そこには、数え切れない程の宝の山。さらに、雑多に魔具が置かれている。


「あれは……!?」

『このダンジョンで献上されたものだ。このダンジョンに住むモンスター共は我を崇拝している。定期的に、生み出された価値あるものを捧げるのだ。望むのであれば、全てを持っていく事も許そう』


 ――間違いなく、アレを売れば借金など余裕で返済出来るだろう。

 魔具も、遠くに見るだけで分かるほどに魔力が渦巻きそれだけの性能を持っていると分かる。考える。何を貰うべきなのか。


『好きに悩むといい。だが、望んで良いのは一つだけだ。それ以上を渡すのは契約に反するのでな』

「分かった」


 ……そう、一つだけと言う縛り。

 金銀財宝であれば借金から解放されるだろう。魔具であれば、今後の冒険において大きな得になるだろう。他にも、選択肢はある。

 ――ふと、脳裏に浮かんだ選択肢。それが一番魅力的に思えた俺は、ドラゴンに聞く。


「なあ」

『ふむ、どうした?』

「お前と召喚の契約する事って可能か?」


 俺の質問にドラゴンは、今日初めて驚いた顔を見せるのだった。

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