第105話 ジョニーと一筋の道と

 俺はラトゥを模倣したシェイプシフターへ、指示を飛ばす。


「シェイプシフター! 体を霧にしてくれ!」

「!」


 その言葉に、シェイプシフターは迷い無く自身の体を変化させて霧になる。

 突如として広がる霧を見てドラゴンも驚きを見せていた。


『ほう、肉体をわざわざ散らしたか。だが、何の意味がある?』

「ラトゥ、そっちも頼む!」

「……そういうことですわね。分かりましたわ!」


 俺の言葉に、ラトゥも同時に体を霧へと変化させた。紅い霧と変貌した二人にドラゴンは視界を塞がれる。

 ――霧になるのは、相当にリスクのある行為だ。自身の肉体を、本来から離れた姿へとするほどに自我を喪失して戻れなくなる可能性がある。だが、それでも俺を信じてそのリスクを飲み込んでくれた。


『ここにきて興醒めだな。肉体の変化をしては、魔力によってバラバラにしてしまえばいいだけであろう』


 そうして、咆哮をと口を開いたドラゴン。このまま咆哮によって破壊されれば復活は叶わないだろう。

 だが、霧で視界を塞がれながら咆哮をしようとするドラゴンの口の中へ向かって、グレムリンは先程俺の指示で加工した爆弾を投擲した。見事に狙い通りの場所に飛んでいき――


『――爆薬か。飲まなければ問題は無い』


 だが、飛んできた爆弾に気づいたドラゴンは自らの口の中へと侵入しようとしてきた爆弾を嫌い、口を閉じて弾き返そうとする。

 ――だが、その竜の鱗に耐えられるほど爆弾の外装に強度はない。竜の鱗によって衝撃を受けた爆弾は爆発をして……中に入っていた粉塵をまき散らした。


『これも目くらましか』


 ……俺がグレムリンに作って貰うように頼んだのは煙幕だ。

 あくまでも、ダメージを度外視した視界を塞ぐための爆弾。だからこそ、ラトゥの作った短い時間での加工が可能だった。もしも、ドラゴンが気にせずに口の中に飲み込んだ場合の方が厄介だった……それを考えると、第一段階は成功だ


『これ以上無いのか? であれば、消し飛ばし――む?』


 ドラゴンはもう一度咆哮を構え……発動しようとした瞬間に、口が蹴り上げられブレスを妨害される。

 それは、実体化したシェイプシフターによる攻撃だった。


『――なるほど。紛れたか』

(吸血種は、元々闇夜に紛れて狩りをする魔種だ。つまり、視界の悪い中で本領を発揮する)

 

 先程、体を霧にして貰ったのはグレムリンを狙われないため。

 煙幕によって、視界の悪い中でラトゥとシェイプシフターは完全に気配を立ち、ドラゴンに対して攻撃のチャンスを伺っている。ここで、隙を見せればたたみ掛けられる事を分かっているからこそ、ドラゴンは安易な行動を取れなくなる。


『ほう、羽ばたいても飛ばせぬか』

(煙幕の煙は、ラトゥとシェイプシフターが晴れないように魔力で固定化してる。簡単に翼で羽ばたけば消えるようなもんじゃない)

『……なるほど、これは厄介だ』


 走りながら、ドラゴンのいる咆哮から打撃音が聞こえる。

 攻撃に転じて、行動を防いだのだろう。


(現状は、予想外に上手くいってる)


 ドラゴンは俺達の行動が読めないまま、一方的に攻撃されている。攻撃の予兆さえ見えれば、ラトゥとシェイプシフターはすかさず攻撃を加えて妨害するだろう。

 このまま、何もしてこないわけがないだろうが。


『ふむ、仕方あるまい。少々、小技を使わせて貰うか』

「――!?」

「くっ、これは……!」


 そういって、ドラゴンの体の周囲に大量の魔力が収束していき……それは、魔法陣の形を描く。

 その魔法陣は魔力を集め光ながら回転し……そのまま、爆発した。


「うおおおっ!?」

「グッ……!」


 爆発の余波によって周囲にあった霧も煙幕も何もかもが弾き飛ばされていく。かろうじて、咄嗟に地面に伏せた俺とグレムリンだけが吹き飛ばされなかった。

 ――やはり、今までドラゴンは殆ど純粋な能力だけで戦っていた。これだけの知性を持っていて、他の攻撃手段を持っていないわけがない。だが、魔力を集めて魔法陣を作る速度がここまで馬鹿げているのは予想外だ。


「ラトゥ! シェイプシフター! 大丈夫か!」

「!」

「大丈夫、ですわ!」


 爆発と共に、散らされた煙幕から現れたラトゥとシェイプシフターは怪我はしていないように見える。

 だが、その顔から疲弊は隠せていない。魔力の爆発を近距離で受けたのだ。ダメージは響いているだろう。


『さて、手は終わりか? この程度の小技で終わるのか?』


 竜の言葉に、誰もが息を呑んで構える


『……残念だ』


 返答がない事に、失望したのだろう。

 竜は大きく口を開く。口内に魔力が集まっていき、そして閃光が走った。


 ――そして、そのブレスは誰もいない空間へと放たれた。


『ほう、既に術中だったか』

「……よくやった、ザントマン。助かった」

「げほっ……いやあ、死ぬかと思ったよ。爆発に吹き飛ばされて」


 俺の隣で、魔力を行使しながら幻惑を見せているザントマンはそう言いながらも笑顔を見せる。

 ――俺は、煙幕によって視界が塞がれている間に走ってザントマンを召喚していた。

 そして、煙幕によって塞がれている視界の中で……幻惑の砂をドラゴンに向けて使っていた。そして、それに気づかず喰らったドラゴンは吹き飛ばされた段階で既に感覚は狂わされていたのだ。


「ラトゥ! もう一回、吸血していい!」

「――失礼しますわ!」


 その言葉に、迷い無く吸血をする。このチャンスで、補給をしなければ途中で元通りになる。それだけは避けたかった。

 ――俺の血を吸って、ラトゥの消えかけていた目の赤い光は爛々と輝いて吸血種としての暴走状態に戻る。それを見て、ドラゴンは歓喜の声を上げる。


『認識を妨害し、戦況を整えたか。面白い。ここまで愉快な戦い方をする相手は初めてだ』

「――!」

「ここから、反撃ですわっ!」


 ラトゥとシェイプシフターは同時にドラゴンの元へ。

 ――今まで、1対1で競っていたはずの敵が増えたとなれば、先程のように余裕を持つことは難しいだろう。何よりも、幻惑魔法による認識を狂わされ続けているのだ。ただ防御するだけでも困難になる。


『なるほど、相当に認識とのズレがあるな』


 ドラゴンのガードは位置がずれて鱗が切り裂かれていく。そして、反撃とばかりに放った攻撃は見当違いの方向へと向かっていき、それが更に攻撃のチャンスへと繋がっていく。

 ――認識を狂わせる幻惑の砂の恐ろしさを改めて実感した。この成果に、ザントマンを見て直接褒める。


「よくやった、ザントマ……」


 ザントマンを見て思わず俺は絶句した。

 ……先程までの余裕など無く、ザントマンはは、苦痛に顔を歪めながら体が崩壊しかけていた。ザントマンが魔力を行使するたびに、体から炎が立ち上がるように魔力が空中へ溶け出し、ドロドロと崩壊していく。それを見て、思わず叫んだ。


「ザントマン! どうした!?」

「……はは、ドラゴンって……化け物だね……ただ、抵抗されるだけじゃなくて……こっちに、干渉してくるなんて……でも、まだ……認識は、ずっとずらしてるよ……」


 その言葉で理解する。ドラゴンは今まで魔力による会話を可能としていた。それを応用することが出来れば……自分に直接干渉してきている相手に向かって、直接魔力による攻撃をする事だって可能だと。

 だが、ザントマンは危険だと判断すれば魔力を打ち切って自分を守ることが出来るはずだ。


「ザントマン、幻惑魔法を切れ! このままだと、お前が……」

「……それは、聞けないかな……だって、今は無理をする場面だよね……? ……こうして、アイツの認識を弄ってるのも……対処できてない、今だけだろうからね……だから、今のうちに……探してよ、勝つための……手をね」


 無理矢理笑みを浮かべながら、痛々しく体が崩壊し壊れながらもそう伝えるザントマン。そう言われ、冷静な俺は同意する。このチャンスを逃せば、万が一など残らないと。

 ――それだけの覚悟を見せられて、答えなど一つだ。


「分かった、ザントマン。最後まで俺のサポートをしてくれ」

「……了解だよ、マスター……」


 そして、せめてもの助けになるようにザントマンに魔力を送って俺は駆け出す。

 ここではまだ分からない。もっと、竜の近くへ――


(ぐっ!?)


 まるで締め付けるような脳への痛み。一瞬、意識が飛びかけた。

 ……恐らく、吸血をされたことで失って足りなくなった血液の分。散々配って回って喪失した魔力。相乗効果で極限状態になった俺の体にツケが回ってきている。


(時間は足りないか)


 ラトゥと、シェイプシフターが前線でドラゴンの相手をしながら、ザントマンの幻惑の砂によって相手の認識を阻害し続けると言う戦法。

 しかし、ザントマンは限界が近くラトゥはこれ以上暴走状態になることは難しい。もしも、3人のどれが崩れても、ここから立て直すことは不可能だろう。


「グレムリン……絶対に見つけるぞ」

「アア、分カッテイル」


 勝つために、俺は最後の気力を振り絞るのだった。

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