第102話 ジョニー達と伝説と
「……語り合い、っていうのはどういう事だ?」
『何。我もここに長い間一人で待っていたのでな。問答無用で蹴散らすなどという風情のない真似をしたくはないのだよ』
まるで、世間話でもするかのような気楽さでそんなことを言うドラゴンだが……その威容は、あまりにも言葉にしがたい。
ただ、そこに居るだけで体が震える。竜という存在が何故、竜と呼ばれるのかを身をもって知らしめている。その体躯こそサーペントやリビングアーマーの半分にも満たない大きさだ……だというのに、どちらよりも恐ろしく強大に感じてしまう。今すぐにでも頭を垂れてしまいそうになる。ただ、それでもちっぽけな冒険者としてのプライドが俺を奮い立たせていた。
『人というのは、会話を楽しむのなのだろう? 試練を超えたのだ。我の前に現れた勇士がどのような存在なのか知りたいと思うのは、当然の欲求だろう』
「……試練だって?」
『そうだ。貴様らは見事に試練を超えて見せたのだ』
まるで、脳に響くような声は恐らく声として発している訳ではない。魔力によって、意思を直接伝えてきているのだ。それは、圧倒的な魔力を持ちそれを使いこなせる竜だからこそ出来る御業だろう。
……しかし、試練という言葉に思わず聞き返す。
「このダンジョンは……もしかして、最初から全部試されていたのか?」
『如何にも――狂乱によって襲いかかる蛮人共を退ける力を持って、力の試練とした。狂気によって痛みをも厭わずに向かい来る敵を打ち倒せず、どうして竜に挑めようか』
(……そういうことか)
最初の階層のバーサーカー達を倒す事は大前提。そして、バーサーカーの長を倒すために必要だった火力は……最低限、自分に挑む事の出来るラインだったのだろう。
この程度の敵を倒せない。削りきれないような弱者には挑む権利はないと。
『次の階では知恵を試した。力があろうとも、知恵を持たぬような愚者であれば挑まれる価値もない。故に、竜のなり損ないにあらゆる魔力を吸い上げる世界樹を使わせ、気付かぬ物には決して殺せぬようにした。目の前の物に対して考えず、目端も聞かぬような愚者を選別するために。違和感に気づき、真実を見極めて乗り越えられるか否か。それを持って知恵の試練とした』
妙な構造と妙な作為を感じる仕掛け。それは全て、実力の足りない冒険者を選別するため。
どこか、感じていた。理不尽ではなく、まるで冒険者達に解かせるために作られたかのようなダンジョンの仕組み。歪なのは、そのためだった。
『三層目は勇気を試した。力を持ち、賢き者だろうがそれだけでは足りぬ。それだけでは、竜と相対するに値せぬ。竜を倒せるものは、最後には愚かでなくてはならない。だからこそ、その勇を示すために命をかけるための道を用意した。知恵と力を持った上で蛮勇の選択を出来る事。それを持って勇気の試練とした』
――そして、それを全て攻略した俺はドラゴンの求める全てを満たしたのだろう。
『人間よ、誇ると良い。竜の試練を超えたお前は、今ここで我に挑戦するための資格を得た。故に、その全霊を持って挑んでくるが良い』
そして、挨拶とばかりに咆哮する。ただ、息を吐いて叫んだだけだというのにまるで攻撃と錯覚するかのように体が死を覚悟し始め、震えて動けなくなりそうになる。
恐らく、それドラゴンからすれば攻撃ですらないのだろう。だというのに、勝手に体が本能的にもはや死ぬしかないと思わされている。背後に視線を向ければ、バンシーやグレムリンは既に腰を抜かしてしまって今にも気絶しそうだ。ラトゥですら、その表情に浮かぶ絶望は隠し切れていない。そんな中で、俺が腰を抜かさずに相対出来ているのは……恐らく、人間だからだろう。モンスターや魔種に比べて魔力に鈍感である事が、竜という種族との圧倒的な差を完全に感じ取れていないからこそ動けるのだ。
――だから、時間を作る。せめて、腰を抜かしたバンシーとグレムリンが立ち上がり俺と戦えるようにするための時間くらいは作らねば。会話をする理性があるドラゴンであれば、こちらから話しかければ……
「……なあ、俺からも質問をしていいか?」
『――ふむ、いいだろう。一方的に喋ってばかりでは会話とは呼ばぬからな』
「もしも、途中で俺達が引き返していたら……どうなった?」
『資格無き者に興味は無い。試練が終わっただろうな』
試練が終わる。つまりは……
「最下層まで辿り着けないって事か?」
『当然であろう。このダンジョンに挑む資格なしとして先を進む道は閉ざされ二度と進む事は出来ないだけだ。入り口から踏み入れることすら許さぬだろうな』
――つまり、一度でも諦めればこのダンジョンにはもう二度と挑戦できなくなるというわけか。
俺の直感は正しかったと言えるのだろう。いや、その結果にドラゴンと戦う事になったというのは正しいのだろうかとも思わなくもないが。
「わざわざ、そこまでして戦う相手を選ぶ必要があるのか? 竜なんだろう? それだけの魔力と力があるなら、地上で暴れればいいじゃないか」
『ふむ。どう考えるのも道理か。我々には地上で生きるためには呪いとも呼べるような様々な縛りがある。その強さ故にな。地上で竜に挑む傑物を待てば何百年かかるか分からぬのなら、こうしてダンジョンで己に挑める者を待つ方がまだ可能性がある』
……待てよ?
「待て……あんたは、このダンジョンの核じゃないのか? いや、ダンジョンで生まれ育ったモンスターじゃないのか?」
『ふむ。その質問に答えるなら否だな。我は核でもなければ、このダンジョンで生まれた存在でもない』
……つまり、分類としてはワームと同じようにやってきた【渡り】だというのだろうか?
だが、それでも納得のいかない……というよりも、謎がある。
「じゃあ、このダンジョンはお前が乗っ取ったのか? わざわざ試練だなんていって、自分好みの構造に変えるっていうのは……」
『否だ。このダンジョンの核は存在する。我が遙か昔にこのダンジョンに挑み、核まで辿り着いて契約したのだ』
「契約……?」
『我が庇護をし、魔力を渡す。その代わり、我に挑む事の出来る勇士を見つけ出すために我が望むような形を作るようにとな。地上よりも、ダンジョンは縛りが薄いからな』
「……ドラゴンって言うのは、そんなことまで出来るのか」
『そうでなければ、竜とは呼ばれまい』
――何もかもが、俺の知っている常識を覆すような話をする竜だ。
背後を見る。俺が話している間に、なんとかラトゥやバンシー、グレムリンは立て直せたようだ。恐怖は残っているが、立ち上がっている。
……これなら、まだドラゴンへと挑む事は出来るだろう。
『ふむ、そちらの覚悟は出来たようだな?』
「……分かってて、俺の話に付き合ってたのか?」
『当然であろう。我は退屈な生を彩る物が欲しいのだ。弱者を蹴散らして何が楽しい。怯える獲物を痛めつけて、何が満たされる。我が求めるのは勇士だ。故に、我に貴様らの力を見せてみよ。限界を超えて見せよ。我を満足させよ』
再度の咆哮。その咆哮は、先程と同じこちらの心を叩き折るような圧力を持っている。
だが……それでも今度は、誰も怯えず、恐怖に負けなかった。覚悟は出来た。後は……戦うだけだ。
「――クソ、何がドラゴンだ! やってやるぞ!」
俺の言葉に、全員が頷いた。
『良き目だ。人間よ! さあ、人間の力を見せてみよ!』
そして、俺達と伝説の存在――ドラゴンとの決戦が始まるのだった。
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