第99話 ジョニー達は走り抜ける

「……それじゃあいいな?」

「ええ、分かりましたわ」

「僕も出来る限りはしてみるよ」

「!」


 呼び出しているのは、俺とラトゥ。そして、シェイプシフターとザントマンだ。

 バンシーは送還した。理由は簡単、足が遅い……というよりも、能力がメインで運動が苦手なバンシーにとってはこの溶岩地帯を走り抜けるのは非常に辛い物になるだろうと予想できたので送還したのだ。

 別に無理矢理ではない。ちゃんとバンシーと話し合った結果、送還して貰った。最悪、送還も出来るから走っても良いと言ったが、足手まといになるよりはと言いながら同意して送還されたのだ……そんなに走るのが嫌だったのかと思わなくもない。


(さて、心の準備はいい。)


 ここからは、ひたすら走り続けるしかない。覚悟を決めた。


「――よし、スタートだ!」


 俺の言葉に併せて、全員がスタートした。

 まず、俺とラトゥは一緒に一本道を走っていく。足音を聞きつけた、サラマンダー達は俺達の方向に視線を向ける。


「頼むぞ、シェイプシフター! ザントマン!」

「はいはい、任せてっと」

「!」


 ブラドに模倣して、空を飛んでいるシェイプシフターが抱えているのはザントマンだ。

 俺よりも小柄な体格であるザントマンであれば、模倣したシェイプシフターの飛行能力でも十分に担いで飛行できる。走っていないが、ちゃんとした理由があっての行動だ。それは――


「――俺の右と左に居るサラマンダー!」

「はいっと! じゃあ、シェイプシフター!頼んだよ!」


 上空から、シェイプシフターはザントマンを抱えて指示をしたサラマンダーの位置まで飛来する。そこで、ザントマンによる能力によってサラマンダーは強制的に眠りにつかされた。

 走りながら、俺達に意識を向けたサラマンダー達を眠らせていくという方法。もはや作戦とも呼べない、この道を通り抜ける方法だ。


(うお、こええ……!)


 顔の横から、溶岩の弾が通っていく。

 そして反対側の壁に激突し……違うサラマンダーが、攻撃されたと感じたのか起き上がり口を開けて溶岩を吐き出そうとする。

 ――なるほど。足を止めずに走り抜けろというわけか。


「ラトゥ、大丈夫か!」

「私は問題ありませんわ。むしろ、アレイさんの方が……」

「俺も、大丈夫だ!」


 必死に走りながら、一本道を走っていく。まだ、掠っただけだ。

 直線的な距離としては、今までよりも短い。曲がりくねるようなこともなく、真っ直ぐで障害物すらない。

 だが、それでも今まで以上に長い道だと感じる。


(クソ、ひたすら休憩無く命の危機を感じながら走るのは辛いな……しかも、ゴールが見えてるけど距離が掴めないのが辛い!)


 目の前にゴールがあるというのに、辿り着けない。

 見えていないよりも、メンタルに来る。さらに、サラマンダー達に追いかけられているという事実が更に焦燥感をかき立ててくる。


「召喚術士くん! 後ろのサラマンダーはもう無理だ! 魔力で壁を作ったし、何よりも温度が上がりすぎて砂が到着する前に燃えちゃうよ!」

「分かった! なら、まだ反応してない奴を頼んだ!」

「了解!」


 どうやら、背後のサラマンダー達は完全に臨戦態勢になったようだ。

 背後から魔力と熱波が襲いかかってくる。そこまで命中力はないようで、俺達の走った後に道に溶岩の弾が落下して弾け飛ぶ。


「――アレイさん! 横に逸れて!」

「うおっ!?」


 ラトゥからの声が聞こえた瞬間に横に逸れる。すると、一瞬の間を置いて背後から飛来した溶岩弾が頬を掠めた。

 激痛が走るが、それでも生きている。


「当たったら、間違いなく、炭になるな!」

「そうですわね! だから、当たらないように頑張りますわよ! 私も、指示を飛ばしますわ!」

「本当に、心強い!」


 走る。走る。


「召喚術士くん! 何匹か眠らせたけど、そろそろ僕たちの方にもサラマンダーの攻撃が来そうだよ!」

「――!」

「分かった! 限界なら言ってくれ! 送還する!」

「了解だよ! それじゃあ、もうちょっと頑張ってみるかな!」


 その言葉と共に、今度はサラマンダー達の群れに砂をぶつけて眠らせる動きではなく、起きているサラマンダー達に自分たちの存在を知らしめて注意をそらす役割をこなし始める。

 砂が当たらずとも、わざとサラマンダーの視界に入ってから当てようとするザントマン。飛んでいる何かが自分に攻撃をしてくるのを見れば、そちらに注意が行くのは当然だろう。


「うわっと! 大丈夫かな、シェイプシフターは!」

「!」

「大丈夫そうだね! なら、もうちょっと頑張ろうか!」


 走る。ゴール地点にある扉が徐々に近く見えてくる。

 しかし、サラマンダー達はドンドンと集まってくる。その数は、数十匹を超えて熱を発している。眠っている数も含めれば、百体を超えるのではないだろうか。


(温厚……というよりも、動き出しの遅いサラマンダーに怯えずに抜けきるのが正攻法だろうな)


 中には、このサラマンダーを一瞬で倒しきって抜けるようなとんでもない冒険者もいるのだろうが……まあ、俺はそんな化け物じみた冒険者になれる気はしない。

 だからこそ、こうして命を張って足を止めずに走るだけだ。


「っ! あと、もう少しか!?」

「そうですわね! 扉は……ちょっと、私が先行しますわ!」


 そう言って、俺を置いて更に加速するラトゥ。吸血種としての身体能力を発揮して、全力を出したラトゥは俺の数倍早い……やはり、俺を気遣って歩調を合わせてくれていたようだ。

 そして、扉の前に到着してから触れて……ラトゥがこちらに向かって叫ぶ。


「この扉は、前に立った人の魔力に感知して時間で開く構造みたいですわね! 今からであれば、アレイさんが到着するまでには開きますわ!」

「クソ、性格悪いな!?」


 ここで、全員が足並みを揃えてゴールをしようとすると開ききる前に扉の前で大量のサラマンダーに囲まれて全滅するという訳か。

 なら、後は俺がこのペースを崩さずに辿り着けば……


「うわっ、サラマンダー達が前からも来てるよ! 召喚術士くん!」

「そういうことかよ!」


 先行すれば、先に居るサラマンダー達が襲いかかるというわけか! 先行しすぎると、孤立無援で死ぬと! 本当にシンプルだからこそ分かる性格の悪さだ!

 正面から、何匹ものサラマンダーが俺を見ている。そして、何体かは既に狙いを定めて攻撃の準備をしていた。


(――どうする、召喚は……いや、今の状況を考えると意味が無い。だから、やることは……)


 走るだけだ!


「このまま、突っ走る!」

「何匹かは眠らせたけど、全部は無理だよ!」


 ザントマンの声。聞こえて、正面だけを見る。背後を気にするのはやめだ。

 正面から飛んできた弾。恐らく、死の近さを感じてか風景がゆっくりに感じる。


「――アレイさん、そのまま真っ直ぐ進んで! 頭を少しだけ低く!」


 ラトゥの言葉に従う。俺の髪を焦がすような臭い。背後で爆発音。


「左手側に体を反らして! そのまま、ちょっとだけペースを落として!」


 熱と衝撃で、今すぐにでも倒れてしまいそうだ。

 それでも、走り続ける。これまで、死にかけるような目に何度もあってきたのだ。今更、この程度がなんだというのだ。と、上空から必死な声が聞こえてくる。


「ごめん、召喚術士くん! 限界――」

「――送還する!」


 ザントマンと、シェイプシフターを一気に送還。

 疲れた状態で、送還をするのは慣れても負担がある。思わず足がもつれる。


「アレイさん!」

「……だい、じょうぶ、だ!」


 バランスを保って、そのまま走ろうとするが……タイミングが、最悪だ。


(頭上で、溶岩弾がぶつかって降り注いでる。正面からも、攻撃。逃げ道は――)


 ない。

 ここで、ダメだというのか――


「アレイさん――私に向かって飛んでくださいまし!」

「――分かった!」


 必死な顔で、俺の元に走ってきていたラトゥ。

 背後で扉が閉まろうとしている。だが、ラトゥは諦めた表情を浮かべていない。

 きっと何かがあるのだ。


「うおおお!」

「――失礼しますわ」


 飛び混んで来たラトゥにそう言われて、俺は抱きかかえられる……俗に言う、お姫様抱っこという奴だ。だが、ここから逃げるのは――

 そして、ラトゥは……俺の首筋に噛みついた。その瞬間に、ラトゥの魔力が爆発的に上昇する。


「――」


 まるで台風に巻き込まれたかのような、衝撃と風を感じる。

 そのままの勢いで、閉じようとする扉の隙間に体をねじ込み俺とラトゥは中へと入り込んだ。


「――これで、到着ですわね」


 まるで鮮血のような色合いになった目に、鋭く伸びた牙や爪。今までの優雅な姿を見せていたラトゥは吸血種らしい異様を兼ね備えた見た目に変化していた。

 驚いている俺を見て、恥ずかしそうに目を伏せるラトゥ。


「……あまり見ないでくださいまし。私が、アレイさんの血を吸って……意図的に、吸血種としての力を暴走させましたの。本来は、やりたくありませんでしたが……緊急事態だから、仕方なくですわ! そう、この行為に関しては――」


 ……そう言って、言い訳をするラトゥだが……それよりも、俺はお姫様抱っこ状態から解放してくれないだろうかと思うのだった。

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