第97話 ジョニー達は勝利を目指す

「――うおおっ!」

「ひえええええっ!」

 

 轟音と共に、俺の頭上を巨体が通っていく。

 アガシオンと俺は、うねりながら縦横無尽に暴れ回る体に触れないように必死に回避していた。


「大丈夫でして、アレイさん!」

「俺は大丈夫だ! そっちは!?」

「まだ余裕はありますわ!」


 その巨体に対して、ラトゥは器用に体を足場にして飛び移りながら爪によって攻撃を与えている。

 攻撃こそ、サイズから比べるとまるで虫に刺されたような程度にしか感じていないだろう。だが、それでもダメージを与える事は小さい一撃でも積み重ねれば決してバカに出来ない。


「!」


 シェイプシフターも、その姿を変化させてラトゥのサポートをしていた。

 身軽であり、ああいった巨大な敵と戦うのに向いた模倣先であるブラドに変化している。羽を変化させて攻撃に転換してる。威力は低いが、空を飛んで注意を引けるという点では有用だ。

 空を飛ぶシェイプシフターに対してサーペントは邪魔だと言わんばかりに己の尾を振り上げて叩き付けようとする。その一撃がシェイプシフターへと直撃しそうになった瞬間に、鳴り響くような音が聞こえた。


「――【拘束音撃バインドボイス】!」


 壊れたスピーカーから流れるような割れ響く音による攻撃によってサーペントの動きが痺れたかのように一瞬止まる。

 そのタイミングで、シェイプシフターは逃げて先程まで居た場所に尾が振り下ろされた。


「――けほっ! けほっ!」

「バンシー! 無理はするなよ!」

「大丈夫です……! この程度なら、まだまだ……!」


 バンシーの仕事は、音による攻撃によってサーペントの体力を削り、ラトゥとシェイプシフターを助けるという重要な役目だ。

 他の二人に比べて回避能力が高いわけではないバンシーは、常に危険に身を晒されている。だから、常に逃げ回りながら要所で攻撃を加え続けている……だが、バンシーは何度も能力を使い続けている事で、喉に負担がかかっているようだ。咳き込み、苦しそうな顔をしている。

 だが、それでも本人が出来るというのなら俺に止める事は出来ない。


(自分の役割を果たせ。俺とアガシオンの仕事は……)


 サーペントというモンスターの弱点を見つける。

 それは、俺とアガシオンに任された大役。戦っている本人達が見つけるには、あまりにも決死の状況すぎるのだ。弱点が分かったとしても、それを狙うために戦術に組み込む事は出来ない。

 だから、俺とアガシオンで見極める。どこにサーペントの弱点があるのかを。


「ひいいい! こ、怖いです!」

「俺もだ! でも、目を離すなよ!」


 俺達は安全圏に逃げる事は出来ない。のたうち回るサーペントの体に潰されないように避けながら、奴の体を観察する。

 目視をして、サーペントの動きを見極め、俺達はこの大蛇を倒すための作戦を考える。物理的な目を持って俺が。魔力的な目を持ってアガシオンが見極める。


(――サーペントはひたすらにラトゥとシェイプシフターを狙っているのに、バンシーにはあまり注意を向けていない。蛇は視力が悪くて、嗅覚が優れているはずだから……多分だけど、血の臭いか? ラトゥとシェイプシフターは吸血種の状態だからな……それに、耳がいいらしいから音による攻撃も効果的なんだろう)


 吸血種という種族である以上は、血の臭いはどうしても漂う。その臭いに引きつけられてサーペントは狙っているのだろう。サイズが大きいからこそ、細かな人間などが思うようによく見えないと考えれば納得出来る。


「ご、ごめんなさい! 召喚術士さん! 見てますけど……どうにも、弱点らしい場所が見えません! 魔力的にも淀みがなくて……」

「こっちも弱点っていう面では怪しいな! ワームの時よりも元気そうだ!」


 サーペントは縦横無尽に動き回り、どこかに不具合を抱えている様子も見えない。蛇という生物の特徴に当て嵌めながら観察をしても、何も分からない。

 ……逆に、それ自体が不自然な気がしてきた。


「アガシオン、あのサイズのモンスターが消耗もそこまでせずに戦っているのは不自然だよな?」

「は、はい。そうですね……私の居たダンジョンのワームだって、常に魔力を消化しながらで体を保ってましたし……体が大きいほど、繊細になるはずです。あんなに無茶な動きをして、全然消耗もないのは不思議です……」

「つまり、道理に合わないと」


 だとすれば、サーペントには何かしらの秘密があるはずだ。あの巨体で安定して戦う事が出来るという秘密が。

 その秘密を暴けば、勝機はある。

 と、俺達の方向に向かって襲いかかるサーペント。


「やべっ!」


 危ないと思った瞬間に、サーペントの横面がまるで何かに殴られたかのように弾き飛ばされる。

 ――バンシーの能力だ。


「――【破壊の咆哮デストロハウル】……ぐっ、えほっ!」

「バンシー!」

「だい、じょう、ぶ……ごほっ! です……! まだ……やれます……」


 ……目に見えて消耗をしている。喉は荒れ、声は聞いた事のないような音になっていた。

 今まで、俺の実力不足でバンシーは一発限りの大砲のような扱いをしていた。だから、継続的に攻撃を続けるような運用をして来れなかった。だからこそ、バンシーの限界を俺は把握できていない。確かに、バンシーの攻撃によって助けられている。バンシーが居なければ、危機的な状況になる可能性は高い。

 だが、これ以上無理をしてバンシーが潰れてしまっては本末転倒だ。


「無理をするな! 送還するぞ!」

「嫌、です……! 折角、役に立てるのに……! 必要とされてるのに……まだ、やれます!」


 ガラガラになった声で、限界を迎えようとしているバンシー。その目はギラギラとしていて、送還をしようとして抵抗するのではないかと思うほどだった。

 ……なら、仕方ない。


(問答無用で返したい所だが、早く戦いを終わらせる方向に舵を切るしかない)


 ラトゥやシェイプシフターも、サーペントの攻撃から逃げながらダメージを与え続けて注意を引いている。

 現在の状況は、あまりにも綱渡りなバランスの上に成り立っている。均衡が崩れればサーペントの攻撃を回避しきれず一瞬で全員がやられてしまうだろう。

 だから、見つけるのだ。奴の秘密を――


「……あれ?」

「アガシオン、どうした?」

「いえ、その……バンシーさんにサーペントが吹き飛ばされたとき……不自然に、空気の魔力が動いた気がするんです。その、気のせいかも知れませんけど……」


 空気の魔力が動いた? 考えてみる価値はある。


(空気の魔力が動いた? 他の要因はない。それなら、アガシオンは気にするような事はありえない。吸収した? だが、それならサーペント自体に魔力の動きがあるはずだ。だが、タイミング的にはダメージを食らったから動いた? 補填するために魔力を必要としたはずだ。だが、この部屋にそんな魔力を吸い取るような……吸い取る?)


 ――気付いた。

 そう、サーペントというインパクト。最初からここまでの環境が統一されていたからこそ、疑問に思えなかった事が。


「――あの中央の木を見てくれ! アガシオン!」

「え? は、はい。えっと……距離が遠くて……」

「抱えていく! 急ぐぞ!」

「え……きゃああっ!?」


 そして、アガシオンを担いだ俺は全力で疾走する。

 目指すは中央の木の近くだ。この大木へ巻き付くようにサーペントは眠っていた。俺は二層目が植物が生い茂る環境だった事で、この木が何故ここへ生えているのかという疑問が追いやられていた。

 そして、木の根元近くに到着する。


「アガシオン! 魔力の流れはどうなってる!」

「えっと……あれ? 根っこからどこかに繋がってる……?」

「やっぱりか!」


 そう、空気の魔力が動いたのは根っこが魔力を吸い上げたからだ。そう、サーペントの魔力の本体は……この木そのものなのだ。

 サーペントに集中していては、無敵とも思えるサーペントと戦い続ける事になる。この部屋に、何故こんな木が存在しているのかという意味を理解しなければ攻略出来ない階層なのだ。


「だから、吸い上げている根を破壊する! 必要なのは――」

「火力、ですか……? なら、爆発?」


 アガシオンの言葉を聞いて、俺はバンシーに叫ぶ。


「バンシー! 悪いが送還する! よく頑張った! 後は任せろ!」

「――」


 声を出そうとして、出せないのだろう。

 もう限界だったのだろう。悔しそうな表情をして送還されていく……そして、召喚するのは――グレムリン。


「ウオッ!? 出番カ!」

「爆薬だ! 使える分を、アガシオンの指示する場所に詰め込んでくれ!」

「オ、オウ。量ハ?」

「この大木の根を破壊出来るだけだ!」


 すぐさま準備をするアガシオンとグレムリン。

 ラトゥとシェイプシフターは……マズいな。先程まで弱らせていたバンシーが消えた事で、サーペントの動きが速くなり、回避しきれなくなっている。


「もう少しだけ耐えてくれ! 二人とも!」

「!」

「分かり、ましたわっ!」


 文句一つ言わずに俺達のために時間を作ろうと頑張っている。

 さあ、後は――


「準備、出来ました!」

「イツデモ行ケルゾ!」

「爆発させろ!」

「はい!」


 魔力を込めた矢を放つ。魔法を起爆薬としてアガシオンが魔法を放ち――それによって、魔法が起動した。

 閃光。そして、一瞬間を置いて轟音。


「うおおおおお!?」

「グオアアアアア!?」

「ひゃあああああ!」


 予想を超えた大爆発。その反動で離れていたというのに俺達は吹き飛ばされる。

 だが、その衝撃によって木の根は破壊され、爆発による引火によって燃え始めた。そこで、ラトゥの声が聞こえた。


「――サーペントが悶え苦しんでいますわ!」

「よし、正解だったな! ……ぐはっ!」

「ご、ごめんなさい!」


 吹き飛ばされた俺の腹にアガシオンが落ちてくる。

 ……痛かったが、まあコレも無事に勝てた結果だと考えるとしよう。大木は徐々に燃えていき魔力供給が途切れたサーペントは悲鳴のような声を上げながら悶え苦しんでいる。

 息をついて、安心する。


「なんとか、被害もなく終わったか」

「――召喚術士さん!」

「ん? ぐっ!?」


 突如として、アガシオンの叫びと共に俺の腹に衝撃が走って弾き飛ばされる。

 ……その衝撃の原因は、アガシオンの魔力の弾だった。その意図を聞く前に、何故そんな行動を取ったのかすぐに理解する事になる。


「――アガシオン!」

「頑張って――」


 さっきまで俺が居た場所。そこに居たアガシオンは、最後の抵抗とばかりに崩壊していくサーペントがその巨体を打ち付けた。

 ――バラバラになって消滅するアガシオンを、俺は見るだけしか出来なかった。

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