第94話 ジョニーと植物と

「きゃああああああ!」

「バンシー!?」


 道を歩くと、突如としてバンシーが悲鳴を上げる。

 そして、背後でバキバキと木々が折れるかのような音に振り向けば、そこには巨大な植物が意思を持ってバンシーをツタを使って捕獲してこちらを威嚇していた。


「た、助けてください!」

「……送還」

「ちょっ――」


 バンシーを送還すると、自分の捕まえていた獲物が消えた事に驚いたのか植物は捉えていたツタを振り回している。

 そしてシェイプシフターに模倣をして貰う。当然対象は――


「――!」

「よし、焼き払ってくれ」


 サラマンダーを模倣したシェイプシフターは、そのまま口から燃えさかる吐息を吐いて植物を燃やす。とはいえ、生きている植物というのは可燃性がそこまで高くはない。燃えるが、そこまで驚異的な速度で燃え広がるわけではなくジタバタと暴れながら鎮火しようとする。

 ――だが、そこまでいけば後はタダのデカい的でしかない。


「この当たりですわね!」


 ラトゥの一撃が、核を貫いて魔石へと変わっていく。

 シェイプシフターも、模倣をサラマンダーからルイに戻す。


「お疲れ様。ありがとうな、ラトゥ」

「いえいえ、十分お膳立てをして貰っていましたから簡単な物でしたわ」


 貰った魔石をシェイプシフターに渡してから、ふと考える。


「このままバンシーを召喚せずに進んだ方が魔力の節約にならないか?」

「――!」

「……そうだよな。怒られるよな」


 流石に指摘された通り、バンシーに対して怒られるような未来は見えたのでバンシーを召喚する。

 召喚されたバンシーは、ションボリとした顔をしている。


「……酷い目に遭いました。助けてくれませんでしたし……」

「だってこっちの方が早いだろ?」

「まあ、それはそうなんですけど……」


 納得出来てなさそうなバンシーだが、結果的には問題はないだろう。

 しかし、植物のモンスターか。名前も分からないな。


「何て呼ぶかな……マッドプラントでいいか。多分、敵に反応して動き始める性質を持って居る事以外に特徴はないか?」

「ですわね。とはいえ、斥候役がしっかりとしていないと対処が難しいのと、全ての植物ではなく擬態しているので判別が難しく、捕まってしまった際に助け出す事が難しいのが難点ですわね」


 そう、本来であればこの森を抜けるのは苦労するだろう。足場まで入り組んだツタで作られ、壁も植物によって覆われている。

 だが……まあ、俺達の場合は召喚獣が捕まればリスクを完全に無視出来るわけだ。


「送還で助けられるから、相性が良いって訳だ。俺がここに来る前にちゃんとした魔力の使い方を習得できて良かった」

「……なんか見捨てられた感じもするんですけどね。気分的に……」

「まあ、こういう手を使うのは召喚術士くんらしくないかな?」


 ザントマンがそんな風に慰め……というか慰めてないな。俺のフォローでもないし。

 バンシーの嘆きは無視するとして……ふと気付く。


「そういえば、バンシーがやけに狙われるな」

「そうですよね……さっきから植物が反応するの、私ばっかりです……」

「確かに……私たちよりも、バンシーさんの通った道や近くでしか植物は動きませんわ」


 不思議な事に、俺やラトゥやシェイプシフターにはあまり反応しないのだが、バンシーにはやけに反応する。

 違いは何なのか……ふむ……


「バンシー」

「はい? どうしました?」

「ザントマン」

「ん、どうしたのかな?」


 気になって、俺は二人を呼んでみる。

 そして……


「よいしょっと」

「えっ」

「は?」


 俺がやってきた二人の肩を押す。バランスを崩した二人は、足をシェイプシフターが避けていた場所に置いて……

 当然のように、地面から反応したマッドプラントが出現する。そしてそのツタは迷い無くバンシーを狙った。

 

「きゃあああああああ!?」

「やっぱりバンシーが狙われたか。シェイプシフター!」

「……」


 バンシーを送還した俺に対して、何故かジトッとした目を向けたシェイプシフターはサラマンダーに変身して燃やす。

 そのままラトゥは無言でトドメを刺す。そして、危機を逃れたザントマンがこちらを見て笑顔で言う。


「いやー、召喚術士くん……最悪だね、君」

「……もしかして、俺は何か失敗したか?」

「うん、思いっきりね。バンシーを召喚して散々怒られると良いよ」


 ラトゥもシェイプシフターも、俺にジトッとした目を向けている。

 ……味方がいないのを理解して、俺は覚悟してバンシーを召喚するのだった。



「――まだ、ダンジョンに挑んでいる最中だからこの程度で許します! でも、今回のは本当に酷いですからね! 召喚術士さん!」

「……はい」


 ひたすらに説教をされていた。

 あれから数十分。もしかして、もっと長くなる可能性があったのかと震えてしまいそうだ。


「……アレイさん、私も流石にどうかと思いますわ」

「!」


 シェイプシフターとラトゥも、怒られた後なのでそこまで言わないがそれでも非難された。

 ……まあ、最初は自分とバンシーでどっちを狙うか確認しようとしたが、危険度を考えて止めたのだが……それを言ったらもっと怒られそうなので止めておく。

 それよりもだ。


「いや、すまん。思いついたら手っ取り早い方法だとついな……ただ、植物がバンシーを狙う理由は分かったかも知れない」

「本当ですの?」

「おお、聞きたいね」


 ザントマンとラトゥが反応する。バンシーも、怒った後なので返事はしなかったものの興味ありそうに聞き耳を立てている。


「多分だけど……バンシーは植物たちの餌だと思われている」

「え?」

「な、なんでですか!? 餌!?」


 バンシーが反応する。しかし、考えて見るとそうとしか思えない。


「まず、このダンジョンでこの生態のマッドプラントが捉えて餌になる存在はモンスターしかいない。そう考えれば、バーサーカーが火を焚いていたのも理由が分かる。植物に捕食されないように。そして、育たないようにだろう」

「なるほど、確かに。だからバーサーカーは2層目にいないわけですわね。生存競争に負けて追い出されたと」

「ああ。このダンジョンの傾向を見るならその可能性は高い。つまり、捕食していたのは魔力体のモンスターだ。魔力の濃い存在を餌として認識するなら俺やラトゥが狙われにくい理由は説明が付く」

「なるほど……私たちは、肉体を持っていますものね。だから、普段の餌に近い方を狙うと」

「で、魔力の量的に俺の仲間で一番多いのはバンシーなわけだ」


 その言葉に、げんなりとした表情を浮かべるバンシー。


「……つまり、この階層では私が狙われるからいったんお留守番の方が良いって訳ですね」

「いや?」

「え?」


 バンシーと顔を見合わせる。

 何を言っているのだろうか。


「わざわざ狙ってくれるって事は、その分隙が相手に生まれるって事だろ?」

「え?」

「お前しか出来ない仕事なんだ。ちゃんと送還タイミングは間違えないから頼んだぞ」


 助けを求めるように、ラトゥとシェイプシフター、ザントマンをみるバンシー。


「……その、同意の上であれば一番安全ではありますので……」

「――」

「まあ、一番安全なのは確かだね」


 味方がいない事を察したバンシーは絶望的な顔を浮かべる。


「じゃあ、頼んだぞ」

「……そんなぁ~!」


 そんな、バンシーの嘆きの叫びとも違う……とても悲しみの籠もった声がダンジョンに響くのだった。

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