第79話 ジョニーと不安

「――ティータ!」


 扉を思いっきり開けて部屋に入ると、ベッドの上で静かにゆっくりと眠っているティータが居た。

 ……扉を蹴破るように入ってから冷静になる。今すぐ死ぬかどうかと言うわけではないのだから、慌てすぎた。つい、心配しすぎて気持ちが暴走してしまった。


(……焦るな。落ち着かないと)


 ……たった一人の妹であり、俺がこうして冒険者として頑張るための理由であり、守りたいと思う家族であるティータ。

 そんな彼女と一緒に時間を過ごすほどに、俺の中でかけがえのない存在として大きくなっていく。


(悪い変化じゃないが……大切に思うからって言って、俺が変に暴走するのは良くないな)


 頭では分かっているが、それでも自分自身を抑えるというのは難しい。

 そんな事を思いながら、眠っているティータの横に椅子を持ってきて座って寝顔を見て手に触れてみる。


(……ううむ。顔色が確かに悪いか? 体温も低い……今まで、俺は元気なティータしか見てなかったから……この姿を見ていると、不安になってくる)


 今までに比べてまるで死んでいるのではないかと疑うほどに肌は白くなり、血の気を感じない。

 体温も低く……このまま、触れていないと消えてしまうのではないかと思ってしまう。


(……守ってもらったのに、俺は返せてないな)


 先日の迷宮で……コレクターからの攻撃を防いだお守り。あの後、中を見たらお守りは焼け焦げて崩れ去ってしまった。

 魔力を持ち、才能がある人間が作った道具が偶発的に魔具になるという事例はある。本来は知識を蓄え、技術によって道具に魔力と機能を付与していくが意思と偶然が奇跡を起こすのだ。恐らくだが、お守りという形も合わさってティータのお守りに同じような現象が起きたのだろう。

 つまり、俺はティータに守られたのだ。


(……ピクニックでもして、一緒に外で遊ぼうって約束をしたのにそれも無理そうだな)


 ティータにしてあげたいことを殆ど実行出来ていない。それを思うと自分が不甲斐なく思ってしまう。

 せめて、次のダンジョンに挑むまではティータと一緒に過ごしてあげたいが……


「……お兄……様……?」

「ティータ!?」


 目が覚めたのか、ゆっくりと目を開いて俺を見るティータ。

 思わず手を強く握りそうになり、慌てて力を抑える。今のティータの状態を考えれば、俺が変に力を込めると痛いだろう。そして、冷静に息を落ち着けて声をかける。


「――ただいま。大丈夫だったか? 調子が悪いんだよな?」

「……お兄様……本物……ですか……? ……私の……想像の、お兄様じゃないですよね……?」

「ああ、本物だ! ほら、ちゃんと体温があるから暖かいだろ? それに、お土産だって買ってきたぞ」


 そう言って、ティータの手を包み込む。

 せめて、俺の体温が伝わってくれればいい。そう思いながら触れていると、儚げな笑みを浮かべる。


「……良かった……本物のお兄様です……寂しかったです……」

「ごめんな。でも、今回は今まで以上に凄い冒険をしてきたんだ。ティータにいっぱい話をしてやるからな!」


 俺は声を張って、元気な様子を見せる。この元気がせめてティータに少しでも分けられたらと思いながら。


「……ごめんなさい……ボーッとしてて……」


 苦しそうな声だ。

 目を覚ましたというのに、今だに夢の世界から帰って来れていないかのようにティータの目は虚ろだ。それに、体を動かすことも難しそうで、苦しそうにしている。


「大丈夫か? 苦しいのか?」

「大丈夫……です……お兄様、ごめんなさい……私、お話をしたいのに……体が、動かなくて……起きれなくて……」

「いいんだ。無理をしなくて。まだこっちにいるから、ゆっくり寝るんだ。そして、元気になったらその時にいっぱい話をするからな」

「はい……分かりました……おやすみなさい、お兄様……」

「お休み、ティータ」


 そう言ってゆっくりと眠りにつくティータ。

 起きたばかりだというのに、すぐに眠ってしまうのはそれだけ体が休息を求めている証拠か。


(……とりあえず、俺が居ても何も出来ないな)


 自分に出来る事の限界を感じた俺は、そのまま部屋を出てラトゥ達の元へ。

 ……何やらラトゥとイチノさんが睨み合っていた。何をしてるんだこの人達は。

 と、俺に気付いたイチノさんが睨み合うのを辞めて俺に向き直る。


「――アレイ様。ティータ様の様子はどうでしたか?」

「ああ。ちょっとだけ起きれたけど、体を起こす事も難しいそうですぐに眠ったよ……ティータはいつからああなったんだ?」

「数日前からです。徐々に調子を崩してしまって、つい先日からベッドから立ち上がる時間が減って眠る事が多くなりました」

「そうか……」


 ラトゥは、それを聞いて心配そうな顔をする。


「アレイさん、妹さんのお側に居なくて大丈夫ですの?」

「ああ。俺には出来る事が無い……むしろ、俺が居たら気にしてしまうだろうから調子が良い時に顔を出すつもりだ」

「ええ、それがいいかと。もしもティータ様の調子が良ければ、私から声をお掛け致します。ティータ様も、あまり弱っている自分の姿を見せたくないと言っておりましたので」


 ……やはり、俺と一緒の時は元気な姿を見せていたのか。

 俺がティータに対して兄として良い姿を見せているのと同じで、ティータも俺に対して不要な心配をかけたくないと元気な姿を見せようとしていたのだろう。


「分かった。頼むよ」

「ええ。それでは、こちらの吸血種を部屋に案内してきます」

「……まあ、ラトゥは大切なお客様だからあんまり粗雑に扱わないでくれると嬉しいんだけどさ」

 

 イチノさんに、念のためにそう伝えておく。

 何か事情があるのだろうが、だとしてもだ。


「……分かりました。アレイ様との契約外ではありますが、可能な限りはやって見ます」


 そう言ってくれるだけでありがたい。

 イチノさんには、ティータの面倒を見て貰っている。それに、本来は借金取りの部下としての仕事もあるのだ。そう考えると。我ながらとんでもない事をさせている気がする。


「では、部屋にご案内致します。食事もこちらで提供致しますが、何かしらの要望があれば最大限留意しますので一度こちらにご相談ください」

「留意ですのね……では、アレイさん。またお時間が空いたら声をかけて頂ければ」

「ああ、分かりました。それじゃあ俺はちょっと出かけてきます。


 宿泊する部屋に案内されていくラトゥと見送ってから、俺は屋敷の外へと出て行く。


(さてと……冒険者ギルドは行っているから、後は2カ所か……遅くなる前に行かないとな)


 街へ向かいながら、ティータが元気になるために俺に出来る事は無いか……それを考えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る