第78話 ジョニーは帰宅する
さて、挨拶も終わり街に出て俺が悩んでいることがあった。
……それは、ラトゥの宿をどうするかという問題だ。
(……まず、聞いてみるか)
自分が泊まる宿なんていうのは熟練の冒険者であるラトゥへ任せても良いのではないか? そう思うかも知れないが……
そう考えて、聞いてみる。なんとなく俺の予感では……
「宿に関して、どうしますか? 多分ですけど……慣れてないですよね? 手配したりするの」
「……わ、分かりますの……!? その、実は私……今までブラドに任せていましたの……そういった雑事は自分の役割だと、ブラドがさせてくれなくて……」
「……なるほど」
やっぱり。あの過保護な吸血種の事だから、多分ラトゥのために決して不快な思いをさせないように様々な準備を一任されているのではないかという予想は当たった。
つまり、普通の宿の手配をする必要があり……俺がその選択肢を取った場合の結果は2パターンだ。
(一番良いパターンは、こんな経験をしたことが初めてだと喜んでもらえる場合……もしくは、疲れた顔をしながら俺に気を遣って貴重な経験をしましたわというパターンだろうな)
……うん、後者になりそうだ。ラトゥも冒険者家業をしている以上は、ダンジョン泊や野宿。馬車の中で眠るなんていうのは慣れているだろう。
しかし、街で宿に泊まる場合には冒険中だったり道中とは精神状態が違う。過酷な環境に慣れている事と、粗雑な宿に泊まることはイコールではないのだ。そして、俺との契約で現状の状態が違うことを考えても……うん。街の宿に泊まらせるという選択肢は難しい。まず、俺自身が泊まったことがないので失敗する可能性の方が高い。だから、提案をする
「なら、今回の宿に関しては俺に任せて貰っても良いですか?」
「え?」
「ん?」
何故か、目に見えてがっかりとした表情を浮かべるラトゥ。
……まさかとは思うが。
「……もしかして、やってみたかったんですか?」
「……そ、その……普段はブラドに任せきりなので……私も、やってみたいと思っていましたの……ブラドには悪いから言えませんでしたけども……」
そんなことを言い出すラトゥ。
……そして俺は理解した。
(このお嬢様、相当なお転婆だな!?)
冷静に考えれば冒険者になりたいと家を飛び出したりしているのも考えたらそりゃお転婆に決まっているか。
……本人がそう言っているなら任せても良いのではないかと考える所だが、すぐにダンジョンに挑む事になる。宿選びに失敗したときのラトゥの体調やメンタルを考えるなら、ここは諦めて貰おう。
「まあ、ダンジョンを手伝って貰うから帰ってきてからなら。今回は、俺もラトゥも万全な状態で挑みたいんだ。だから、そういう部分で変に消耗をしたらダメだろ?」
「……確かにそうですわね。申し訳ありませんわ。導くべき私が浮き足立ってしまって」
「いや、仕方ないさ。知らない土地なんて興味が出るし、普段とは違う状態だもんな」
ラトゥ自身、【血の花園】というチームを組んでから彼女たちと離れた事が珍しいらしい。
正確に言えば、基本的にブラドがお目付役をしているので何かあるとすぐに飛んでくるのだと道中の馬車で聞いた。まあ、そんなラトゥが本当に一人になったら色々とチャレンジしてみたくなるのも当然だろう。
「それじゃあ、宿……というか、寝泊まりする場所に案内するよ。しばらくはそこを使ってくれ」
「分かりましたわ。それで、どこですの?」
「それは……あの屋敷だ」
そう言って指さすのは……町から遠くに見える屋敷。
この町の貴族が住む屋敷なのだ。これなら、流石にラトゥも満足を……
「――あら、とても良いお家ですわね。なんだか、実家を思い出しますわ」
……悲しいかな。驚かせる事も出来ないレベルのお嬢様だった。
ちょっとだけ出鼻をくじかれたが、気を取り直してラトゥを我が家へと案内していくのだった。
家の前に到着してから、声を出して呼んでみる。
「すいません、帰りました。イチノさん、いますか?」
「使用人の方ですの?」
「いや、俺の事情に関わる事で……」
「お久しぶりです。アレイ様」
と、そこで気配もなく俺の横にイチノさんが現れた。
慣れている俺に驚きはないが、ラトゥはその瞬間に警戒心をむき出して爪を構えていた。そして、イチノさんもラトゥを見てどこからか取り出したナイフを構えて警戒する。
……俺を挟んで一触即発の空気になる。
「――アレイさん、そちらの方は?」
「――アレイ様、そちらの方は?」
「同じ事を聞かないでくれ! ちょっと説明をするから!」
ピリピリとした空気の中で、俺は二人に説明する。
ラトゥはトラブルで俺と契約状態になった吸血種の貴族。イチノさんは、俺の両親が借金をした借金取りの護衛が妹の面倒を見てくれている事を。
そして、ようやく説明が終わってからお互いに戦意を消してくれた。
「……失礼しましたわ。私はラトゥ・グランガーデンと申しますわ」
「イチノと申します」
ラトゥの挨拶に対して、素っ気ない返事をするイチノさん。
……俺が認めてもらえるまでの最初の頃を思い出すような対応だ。
「……イチノさん、お客さんなんでしばらく滞在して貰う予定なんですが……」
「お断りしたい所ですが、事情が事情でしょうから仕方ありません」
……いや、最初の頃より酷いな。
こんな明確に拒否反応を示すのは驚きだ。
「ありがとうございますわ……そこまで気にしなくても、今の私はアレイさんとの契約で吸血種としての力はそこまで強くありませんわ。だから、貴方が気にしているほど私は鼻が効かないんですの」
「…………」
その言葉に、むしろ不機嫌そうな表情になるイチノさん……どうやら、コミュニケーションは失敗らしい。
このまま空気が悪いままにするのも忍びなく、俺は兎にも角にも話題を変えることにする。
「まあ、ラトゥの部屋に関しては良いとして……それで、ティータは寝てるのかな? お土産もちゃんと買ってきたんだけど」
「……ティータ様は体調を崩しておられますので、しばらくは起き上がることは難しいかと」
「はぁ!?」
ティータの調子が良いとは聞いていたんだぞ!?
「今、ティータは部屋に居るのか!?」
「はい。寝ているとは思いますが……」
「行ってくる!」
俺は、居ても立っても居られずティータの部屋へと向かっていくのだった。
「……あの、イチノさんと申しましたわよね?」
「はい」
残されたラトゥとイチノはポツリと会話をする。
「貴方が警戒しているのは……私が吸血種だからだけですの?」
「……というと?」
「私は、貴方の警戒がそれ以外にも感じられますの。吸血種を忌避する人間には何人も見てきましたわ。その反応に比べて……貴方の警戒は、私自身というよりも……」
そこまで言葉にしてから、イチノの目を見て言葉を止めるラトゥ。
「失礼しましたわ。これ以上の話は……お互いに平和にはいきませんわね」
「ええ。あまりこちらの事情を嗅ぎ回られないようにして頂ければ助かります。私も、吸血種を相手にして無傷でコトを納める自信はないので」
「あら……コトを納められる自信がありますのね」
「ええ」
ニコニコとしたラトゥと、無表情のイチノ。
しかし、アレイが踏み込めば胃痛で倒れてしまいそうな程に空気は淀み、今にも殺し合いが始まりそうな空間となっているのだった。
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