第77話 ジョニーは説明する

 冒険者ギルドの中に入ってから、見渡してみると受付嬢さんを見つける。騒動に我関せずとばかりに、のんびりとお茶をしていた。

 そして俺見てから……またお茶を飲んだ。いや、もうちょっと反応してくれよ。仕方なく、俺から声をかける。


「受付嬢さん、お久しぶりです」

「はい、お久しぶりですー。私を見捨てて、一人で楽しい冒険に出かけた召喚術士さん、今日はどうされましたかー?」

「……見捨てましたの?」


 ラトゥの本当に? という視線に慌てて首を振る。本気でそういうことをしたのかと思われた目だ。

 ラトゥ、わりと真っ当な人なのでこういうタイプの人間に騙されそうだ。


「いや、違いますからね! まず、受付嬢さんの自業自得でしょうが。人で賭けをして、負けて酷い目に遭ったっていうのは」

「あはは、冗談ですよ。それよりも、お疲れ様でしたー。迷宮の踏破という偉業は聞きましたよー! 流石は私が目をかけた冒険者の召喚術士さん! おかげで、このギルドで私の先見の明があるし美人で尊敬できると評判になっていますよ!」

「そうですのね」


 いつもと変わらないノリで答える受付嬢さんに、それは凄いと感心するラトゥ。なんとなくこの空気感に安心するが……後ろ二つは絶対に自称だろう。

 ……いや、それはそれとして問いたださないといけないことはある。


「それはそうと、変な噂流したの受付嬢さんですよね」

「おやおやー? どうしてそう思うんですかー?」

「妙に向こうで起きた事実が含まれてるって言うのに、俺に関する情報だけが俺に不都合な内容にねじ曲げてるからですよ。誰がやるって考えたら受付嬢さんしかいないでしょ。特に、ギルドの副頭目から情報を貰ってるでしょうから」

「うう、悲しいです……召喚術士さんと私は信頼関係で結ばれていると思っていましたのに……そんな疑いをするなんて……」

「アレイです。俺は受付嬢さんのことは信頼はしてるけど信用はしてないです」


 多分この人、面白いと思ったら自分が言い逃れできる範囲でやるタイプだ。

 その言葉にけろっと笑みを浮かべる受付嬢さん。


「ですよねー。まあ、それはそうと……」

(流したな……)


 まあ、本題は別だ。

 今回の噂に関しては万が一の場合が洒落にならないので、こうして釘を刺せば受付嬢さんも多分同じようなことはやらないだろう。


「今回ここに来たのは、やっぱり未到達ダンジョンに関する話ですかねー? 召喚術士さん、楽しみにしてましたからねー」

「まあ、そうですね……まず、こっちのラトゥさんが一緒に行くんですけど大丈夫ですかね? ルールとかの関係で」


 受付嬢さんにそう聞くと、ラトゥを見る。

 それは、俺に向けるどこか飄々とした顔ではなく……ギルドの受付嬢としての真面目な顔だった。


「ラトゥさんでしたね? 【血の花園】のリーダーであり、銀等級冒険者である」

「ええ、間違いありませんわ」

「確認致します。こちらの召喚術士さんと未踏破ダンジョンに挑戦するという内容で問題はありませんか? その難易度は未知数であり、最悪の場合は金等級が挑むような危険なダンジョンの可能性すらあります。そんな場所に、本来のメンバーではない冒険者と共に挑戦をすること。副頭目からは、本来の実力が発揮出来ない状態であるとも聞いております」

「……そうですわね」


 頷くラトゥへ、真面目で冷徹な声でさらに質問をする。


「私たち冒険者ギルドとして、銀等級冒険者であり迷宮の踏破を達成した貴方たち【血の花園】には大きな期待をしております。だからこそ、余程の事情がなければ辞退をして頂きたいのが本音です。未来があれど、銅級冒険者の無謀によって貴方を失う損失は計り知れません。それでも、なお行くのですか?」

(……確かに、そりゃそうだよな)


 俺という人間は自惚れでなければ多少は期待されているかもしれない……だが、それでもどこまで行けるかなど分からない。すぐに限界が来るかもしれない。だが、ラトゥは未だに成長を続けているであろう吸血種の銀等級冒険者達のメンバーであり中心となるリーダーだ。彼女がこんなどうでも良い場所で失われる事に比べれば、俺の命なんてたかが知れているのだろう。俺も冒険者ギルド側の立場になって考えれば納得出来る。

 だが、受付嬢さんの言葉に迷い無く首を横に振るラトゥ。


「ええ。当然ながら行きますわ。今のアレイさんと私は一蓮托生……それに、私はアレイさんに迷惑をかけ、助けられた恩がありますの。だというのに、彼を見捨てるなどグランガーデン家として……いえ、ただの冒険者であるラトゥ・グランガーデンとして出来ませんわ」


 その強い意志。それに対して、受付嬢さんは普段とは違う無の表情でじっと見つめている。

 ……ピリピリとした緊張感。その中で、ふっと息を吐いたのは受付嬢さんの方だった。


「……流石は銀等級冒険者の方ですねー。やはり、冒険者ギルドの受付嬢程度では止めることは出来ませんねー。分かりました。冒険者ギルドとしては許可を致しますねー」


 笑顔で答える受付嬢さん。

 その瞬間に場の空気が弛緩する。息が詰まりそうだった。


「最初の召喚術士さんの質問に答えますが、銀等級冒険者と銅級冒険者が一緒にダンジョンに挑む事は可能ですよー。今回の銀等級に対する昇格などは本来はあり得ないトラブルでしたが、本来は冒険者ギルドに申請をした上で許可が下りれば、等級違いでもダンジョンに挑む事は可能なんですよねー。そうじゃないと、色々と不都合も起きますから。認可のない協力態勢が問題なだけですよー」

「……あー、確かにそれもそうですよね」

「はい。というわけで、未到達ダンジョンの挑戦は可能ですのでー。こうなるかと思って、手続きは既に殆ど終わらせていますー。申請に関しては時間がちょっと掛かるので、数日後……まあ、一週間以内には連絡が来るはずですよー」


 胸を張る受付嬢さん。

 ……本当に優秀なんだよな。性格に癖がある所を覗けば。


「分かりました……ありがとうございます。それじゃあ、一週間くらいに顔を出しに来ます」

「ええ、それでは召喚術士さんー。改めて……迷宮踏破という偉業。おめでとうございます。冒険者になった日から担当した貴方がこうして、無事に帰ってこられた事を、嬉しく思います」


 真面目な顔で俺にそう言葉をかけて、頭を下げる。

 ――驚きだった。あの受付嬢さんがそんな態度を取るとは。


「……明日は雨でも降ります?」

「晴れらしいですよー?」


 いつも通りの受付嬢さんに戻った。

 ……なんというか、ちょっとだけホッとした。もう慣れ親しんだ受付嬢さんが真面目になったらちょっと困るかもしれない。


「えっと、ありがとうございました」

「はい、それではまたー」


 そして、冒険者ギルドをラトゥと共に後にする。出てくるときに冒険者共がこちらを穴が空きそうなくらいに見られていたが。


「……ふふ、とても良い受付嬢でしたわね」

「そうですか? かなり変な人ですよ?」


 確かに優秀な人だが、良い受付嬢なのかと言われるとちょっと首を捻りそうになる。勝手に変な噂を流してくるし。


「それだけ、信頼されているということですわ。自分が気を張らずとも、ちゃんとしてくれるアレイさんがいるから気を遣わせないようにしていると思いますわ」

「……そうか?」

「ええ、きっとそうですわ」


 ……いや、良い風に考えすぎじゃないか?

 そんな風に思いながらも、そうであったらいいかなと思うのだった。

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