第76話 ジョニーは帰還する

 合流した俺達は、なんてことの無い会話をしてから……ルイ達はやってきた馬車に乗り込む


「それじゃあな、アレイ!」

「ああ。またな」


 そのまま、ルイ達を乗せて王都行きの馬車が出発する。

 さて、しばらくは顔を合わせれない事を考えると寂しくなるが……それでも仕方ない。冒険者同士、顔を合わせる時間が無いことなんてよくあることだ。

 今生の別れにならないように、精一杯頑張るとするか。


「それじゃあ、俺達も行きますか」

「そうですわね。ブラド、エリザ。迷惑をかけますが、後はよろしくお願いしますわ」

「分かったよー」

「お嬢様に無礼をしたら殺す」


 いつも通りノリの軽いエリザと、敵意が凄いブラドに見送られながら俺達も馬車に乗る。


「それでは、お願いしますわ」

「それじゃあ出発しますよー! はいよー!」


 御者のかけ声と共に馬車が出発する。ガタガタと揺れる馬車の中で、ゆっくりと息を吐いた。

 ……さて、ここからしばらくはのどかな馬車の旅だ。


「それで、アレイさん。これから行く街はどういった場所ですの?」

「ああ、そういえば説明はしてなかったか」


 自分の住んでいる街について、ラトゥは何も知らない。

 なので、説明をするつもりだが……意外と、考えて見ると俺も知らないことは多い。


「俺の知ってる範囲でいいか?」

「ええ。後は自分の目で確かめますもの。道中は長いですから、ゆっくりで良いですわよ」


 そんな風に言われて、それならばと俺は今から帰る街の説明を始める。

 貧民窟だったり、冒険者ギルドだったり、意外と普通の街並……そして、俺の住んでいる家。

 長い道中、どこまで話したものかと考えながら道を歩んでいく馬車の揺れに身を任せるのだった。



 ――さて、数日の馬車の旅は平和に終わった。なんと、トラブルがなかった。驚きだ。

 退屈な中でラトゥから聞いたのは、ラトゥの様々な冒険譚だった。それは、銀等級になってからのダンジョンの話もあれば、銅級だった頃に失敗したり、大変な思いをした話もある。興味深く面白い話に退屈な時間を忘れてしまうほどだった。

 そして馬車が止まり、御者から声をかけられる。


「お客さん、着いたよ! 長旅お疲れ様!」

「ありがとうございましたわ」


 そして、馬車から久々の街に降り立つ。

 ……特に何かが変わるわけではない。平和な光景に、なんというか懐かしさすら感じる。一ヶ月近く不在だっただけだというのに、こんな気分になるとは。


「良い街ですわね」

「まあ、他に比べてちょっと治安が悪い場所がありますけどね」


 街の喧騒も変わらない。そのまま、俺達はいったん冒険者ギルドへと向かう。

 ラトゥのトラブルに関しては、どうするか悩んだが冒険者ギルドに報告はしている。しばらくの間、俺達が共に行動する上で冒険者ギルドを誤魔化すのは難しいと言うことだからだ。


「大丈夫かしら……私が協力するという話が伝わっていると良いけども」

「大丈夫じゃないですかね。癖はあるけど、受付嬢の人は優秀なんで」


 ……そういえば、行く前に賭けの結果で毟られたであろう未来は見える。

 変に逆恨みされてないと良いんだけどな。そんなことを思いながら冒険者ギルドの中に入る。


「えーっと……」


 入った瞬間に視線がこちらを向いて……そして、空気が止まる。

 ギルドの中に居た人間が全員フリーズした。突然のことに、ラトゥすらも気圧されている。


「……ど、どうされましたの? いつもこういう感じですの?」

「いや、こんな感じじゃなかったんだけど……」


 しかし、周囲は沈黙。

 どうしたというのだろうか……そして、口を開いたのは賭けの結果を聞いてきた強面の顔の冒険者。


「帰ってきたぞ……【玉の輿駆け落ち野郎】が!」

「は?」

「「おおおおお!」」

「は?」


 何が起きた? あと、何だその呼び名。

 しかし、盛り上がりは最高潮だ。俺の肩を叩きながら冒険者ギルドにいる様々な冒険者が俺に笑顔で話しかけて……いや、よく見たら女性冒険者達の視線が冷たい。しらけた目で俺を見ている。


「聞いたぞ! 迷宮を攻略した栄華を、愛を取って辞退し駆け落ちしたんだってな!」

「いや、俺が聞いたのは一目惚れしたダンジョンモンスターのために逃げてきたって話だぞ!?」

「貴族の婿になったから、冒険者を引退するんだってな!」

「酒を飲んだ一夜の過ちをして、命を狙われてるんじゃないのか!」


 ……おい、待て。好き放題言われて俺は愕然とする。

 確かに、噂が伝わるのは早い。なにせ、情報を聞いて早馬を使ったり、中には魔法を使ってわざわざ通話のようなことをする出歯亀魔法使いもいる。

 その中で、尾ひれが付いたり情報が変わったりすることは多々あるだろう。


「おいまて。なんでそんな情報が流れてんだよ」

「いや、照れるなって。ムッツリだと思ってたお前がそこまで愛に熱い人間だとは思わなかったぜ。男女なルイと仲が良いからそういう趣味だとばかり……」


 強面男のみぞおちにパンチを入れて、他の奴を睨む。


「おい、どこでそんな情報を聞いたんだ」

「いや、受付嬢さん達が」


 俺は思わず、受付席を見る。

 何故か、そこに居た受付嬢さん達は顔をそらして立ち上がって忙しいと口にしながら作業を始める。おい待てや。さっきまでお茶をしながら雑談をしてただろ。


「……なんとなく犯人は分かった。あと、お前ら。一つ忠告をしておく」

「な、なんだ?」


 俺の本気の剣幕にビビっている冒険者達へ、俺は切実な忠告をした。


「――その噂が流れると、本気でヤバイ。具体的に言うと、おっかない銀等級冒険者が本気で皆殺しに来るから」


 ブラドが、既に俺の脳裏で血祭りに上げれるとばかりに微笑んでいる姿が思い浮かぶ。


「わ、分かった」


 俺の剣幕に本気だと分かったのか、冒険者達は顔を青くして頷いた。

 普段から冗談も言わず一人で黙々とダンジョンに行く俺がこの剣幕なのだ。嘘や冗談だと思える奴がいるなら多分明日にはダンジョンで骨になっている。

 そして、ポカンとしていたラトゥに声をかける。


「いや、本当にごめんな……どうも、変な噂が流れたみたいで」

「ふふ、構いませんわ。冒険者になれば、様々な噂に困らされますもの。私も、下世話な噂が流れたり嫌な目にも遭いましたわ。でも、このギルドの皆さんはそれを本人に伝えてジョークにするだけの優しさがありますわ。とても良い町……少なくとも、とても良いギルドだと私は思いますわよ」


 そのラトゥの言葉に救われる。そして受付嬢さんを探そうとして……周囲の男共が胸を押さえて倒れそうになっていた。

 そして、強面が俺の腕を掴む。


「……なんだ?」

「そちらの麗しいお嬢様はどなたですか?」

「銀等級冒険者の人だ。事情があって、しばらくこっちに逗留……というか、俺の冒険に付き合って貰うことになった。まあ、師弟関係みたいなもんだ」


 表向きの説明。師弟関係というのは便利だ。


「なるほど……つまり、俺達にもチャンスがあるんだな!?」

「お前大丈夫か?」

「こんなゴミ溜めに、こんなに可憐な花が咲き誇ったらそんな気分にもなるだろう! ああ、麗しい……美女で、優雅で、気品に溢れている! 見てみろよ、ここには昼間からクソ強い酒を飲んでゲハゲハ笑うようなオークも顔負けの――」


 次の言葉は言わなかった。

 余計なことを口に出しまくった強面は、笑顔で首根っこを掴んだ女冒険者達に奥へと連れて行かれる。


「えっと……」

「それじゃあ、受付嬢さん探すんで着いてきてください」


 アイツは死んだ物と思ってスルーして、ラトゥにそう告げる。ラトゥもなんとも言えない表情で着いてくるのだった。

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