未到達ダンジョン編

第73話 ジョニーと後処理と

 ――翌日、起きた俺はちょっとだけ痛む頭を抱えながら冒険者ギルドの前にやってくる。すると、そこはもはやイベント会場の入場を待っているような有様だった。

 それは、昨日の宣言から素直に今日の情報を待っていた野次馬たち……中には、冒険者ではない話し好きの商人だの店主だのが揃って冒険者ギルドの扉の近くで話を聞けないかと待ち構えていた


「……うわぁ、入りたくねぇ」

「……ボヤくなよ。オレだって入りたくねえもん……」

「お、ルイ。大丈夫か?」

「あんまり……頭いてぇ……」


 横を見ると、見るからに調子の悪そうなルイがげんなりした顔をしている。二日酔いの影響もあるだろうが、この状況にも嫌な顔をしているようだ。まあ、こんな人混みに突撃するのが好きなのは相当な目立ちたがりくらいだろう。

 仕方なく、人混みをかき分けながら進んでいく。まだ、俺達の顔は完全に割れていない。あの宣言の時には、ラトゥが矢面に立ったのと、ここに居る冒険者が全員が見ていたわけではないので騒ぎにはならない。まあ、俺がうっかり抱きかかえて脱出したので、見つかったらそれこそ大騒ぎに……


「おっと……ん? お前、昨日ラトゥ様を抱えてた奴じゃねえか?」

「え? あ、ホントだ!」

「どこどこ!?」


 ……目敏い奴が見つけたせいで、周囲の人混みが俺達の方へ矛先を変更してしまう。

 最悪だ。人の流れが歪んでしまって動けなくなる。


「ちょ、ど、どいてくれ!」

「ぐう……吐きそう……」


 ルイが目を回している。とはいえ、この人数だと流石に抜け出すのは難しい。叫ぶが、喧噪の法が大きくて声は届かない。

 ぎゅうぎゅうと押しつぶされそうになり、周囲からは質問だの一目見ようとする奴だので大変な事になってしまった。俺もちょっと吐きそうだ。このままだと、俺達は衆目の中で醜態を晒す羽目に……


「――道を開けなさい」


 ――この喧噪の中で響くように、その一声が聞こえる。

 その瞬間、押しつぶそうとしていた冒険者達が一斉に俺達を中心にして割れる。そしてやってきたのは……ラトゥ達【血の花園】だ。昨日の姿など無かったかのように優雅なラトゥ、元気そうなエリザに無表情のブラド。確かに、こうしてみれば人気が出るのも分かる。


「おはようございますわ、ルイさん。アレイさん大丈夫でしたの?」

「まあ、俺はなんとか。ルイがちょっと死にかけています」

「……うげぇ……」


 ぐったりしているルイに俺は肩を貸していた。それを見て苦笑するラトゥ。周囲からは、感嘆のため息が聞こえる。そういえば、ここに居る多くは【血の花園】のファンだったか。

 と、エリザがルイの様子をみてウキウキとした表情で何かを取り出す。


「ああ、二日酔いなのかな? それならこれとか飲むと楽になるよ! まあ、まだ臨床は足りてないし人種に対してどの程度の効果が見込めるかは分からないけど死ぬことはないはずだから――」

「……死ね」

「要らないそうです」

「そっか、残念だね」


 そう言ってあっさりと引くエリザ。ダメ元だったのだろうが、そんなノリでヤバそうな薬を勧めないで欲しい所だ。

 周囲の冒険者や商人達は、親しげにやり取りをしている


「それでは、行きましょうか……他の冒険者の皆様も、冒険者ギルドから詳しい話がありますわ。気にはなりますでしょうが、この場では落ち着いて頂けませんかしら」


 ラトゥの言葉と笑顔によって、ザワついた喧噪はすっかり消え去って全員がラトゥの言葉に頷き邪魔にならないように移動し始める。

 ……これがカリスマという奴か。


「それじゃあ、行きましょうか」

「あ、ああ。分かった」


 ちょっとだけ俺はとんでもない人と契約したのではないかと気後れしそうになる。

 そして、集まった5人で冒険者ギルドの中に入ると、そこにはすでにリートとヒルデが待っていた。


「やあ、大変そうだったね」

「……お前達だけ、先に行って……ズルい……」

「そうは言っても、人の少ない時間に来ようとしたのに二日酔いだから起きれなかったのはルイだからね?」

「……くぅ……それもそうだな……」


 もはやグロッキーなルイを適当な席に座らせると項垂れる。まあ、すぐに調子を取り戻すだろう。そして、全員が集まり席に座る。

 そこに冒険者ギルドの最初に受付をしてくれたおばちゃんと……もう一人、知らないおっさんがやってくる。リートが知っていないか聞いてみる。


(……誰だ?)

(僕も分からない)

「さて、【血の花園】も君たちも集まってくれて感謝する」


 威厳があるのだが、威圧的というわけではなくどこか落ち着かせてくれる声。

 不思議と、聞いているだけで気を許してしまいそうだ。そして、そのおっさんは自己紹介をする。


「私は王都にある冒険者ギルドの副頭目であるデインという」

「「副頭目!?」」


 リートと俺は思わず大きな声で反応してしまう。冒険者ギルドは国をまたぐ巨大な組織だ。それの副頭目……とんでもない人物だ。

 まず、色々と聞きたい事はあるが……


「ど、どうやってここに? 王都から迷宮のここまで時間は相当掛かるはずですよね?」

「ふむ、知らないのも当然か。王都の冒険者ギルドからは各地の冒険者ギルドへ直通する道があるのだよ。魔力の消費量や使うための条件から一般的には普及出来ず、大っぴらに宣伝すれば面倒が起きるので情報自体があまり公表されていないが」

「……な、なるほど……そんな方法があるんですね……」


 リートは混乱しながらもそう返答する。

 方法もそうだが……ここに、冒険者ギルドという大きな組織の副頭目……ナンバー2がやってくると言う事態がまず驚きだった。


「さて、それでは……まず、このダンジョンで起きたことを聞かせて貰おう。別に核を破壊したことに関して咎めるつもりはないので、安心してほしい。誰も到達出来なかったダンジョンの最奥で何が起きていたのか。そして、その結末を記録する義務があるのでね」

「ええ、分かりましたわ。では私から……まず、事の起こりから説明致しますわ――」


 落ち着いてラトゥは最初に口を開いてくれる。おかげで、俺達もちょっとだけ冷静になった。

 そして、この迷宮というダンジョンを攻略し、崩壊させるまでに至った話をするのだった。



「――というわけで、コレクターを倒してダンジョンが崩壊する中から脱出したわけです」

「……なるほど。これで情報は出揃ったか。感謝する」


 それぞれが順番に自分の記憶の内容を話して、最後に俺が説明をして今回の迷宮探索の全容の話は終わる。

 全部を聞いたデインさんは、何やら考え込んでいる。静かな沈黙の中、待っているとゆっくりと口を開いた。


「今回の件は相当に大きな話になるだろう。未到達ダンジョンの攻略を【血の花園】とさらに銅級冒険者が協力して攻略したこと。そのダンジョンの核が破壊されたこと。この二つでしばらくは大騒動だろうな」

「……えっと、具体的にどうなるんですか?」

「【血の花園】は元より吸血種だけのチームであることでそういった話とは無縁だが、君たちには貴族やら国の関係者から投資とばかりに声をかけられるだろう。中には、裏から莫大な金で誘われることもあるかもしれない……まあ、私からそれを断るようにいう事は出来ないが、個人としてはそういった金銭を受け取るのは謹んでもらえれば助かる。また、君たちを金銭的、実力的な意味で狙う輩もいるだろう。中には名声を妬んで嫌がらせに走る者もいるだろうな」


 ……確かに、想像に難くない。

 名声を手に入れた冒険者を囲い込むメリットは大きい。実績を積み重ねたと違う、一時的な名声だからこそ今のうちに安く買いたたいてコネを作りたいと考える奴らは多いのだろう。そして、嫉妬や打算でちょっかいをかけられる事も有名税とばかりに起きえる事だ。


「まあ、その程度は跳ね返してやるけどな」

「そうだね」


 リートとルイは当然とばかりに答え、ヒルデも頷く。

 ……どうやら心配はなさそうだ。


「むしろ、ダンジョンが消えたこの街の方での恨みとかがヤバイと思うんだけどよ。冒険者街だろ? 大丈夫なのか?」


 ルイがそんな風に言う。確かに、言われてみれば唯一の資源であるダンジョンが消えてしまった事を考えれば当然の疑問だ。


「それに関しては大丈夫だろう」

「……なんで、そう言えるんだ?」

「ダンジョンの魔具やモンスターを回収せずに消えたことで他のダンジョンが発生する可能性が高い。君たちの話の通りであれば、むしろそこまでの種類の魔具や遺体があったのなら発生しない方が難しいだろう。今後はむしろ、増えたダンジョンの管理で忙しくなるだろうな」


 ……ダンジョンの発生メカニズムには詳しくないが、そう言うのならそうなのだろう。

 ある意味で俺達のせいで街がゴーストタウンになるようなことにならなかったのはありがたい。


「さて、情報提供感謝しよう……どうやら問題は無いようだ。今回の場合、無名の冒険者達が参加したことで不正の可能性もあったのでね」

「不正って……」

「時折あるのだよ。有名な冒険者達の先導によってダンジョンを攻略した実績をかすめ取る輩が」


 ……何の意味があるんだと思うが、それだけ名声という物に重きを置く人間もいる。なんなら、その実績を持ってどこぞの有名な貴族などに取り入る事も出来るだろう。


「とはいえ、嘘はなく実績も問題は無い……おめでとう、君たちは迷宮の踏破者として歴史に残るだろう」


 ……歴史に残るという言葉に、俺達は思わず浮き足立つ。

 とんでもない事をやってのけたという実感が湧いてくる。


「ついては、君たちを銀等級冒険者として昇格させようと思う。その4人で王都の冒険者ギルドまでやってきてくれるか?」

「……え? 4人……ですか?」

「む?」


 ――この事情をどうするかという悩みが突然発生するのだった。

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