第71話 ジョニー達は逃げ出す

「……お疲れ様でしたわ。皆様」

「【血の花園】の皆さん、ありがとうございます。僕達の友達を助けてくれて」

「いえ、アレイさんにはむしろこちらも協力して助けて貰いましたわ。お互い様ですのよ」


 終わり、全員が少しだけ動けるようになってリートとラトゥがそんな挨拶をする。

 そして、挨拶が終わったと見るとエリザはまるでテーマパークに来た子供のように目を輝かせながら俺に絡んでいた。


「さて、色々と教えてもらいたいんだけどいいかな! まず、エリザと魔力的なパスが繋がっている話も気になるけども君が操っていたのはシェイプシフターだよね? 謎の多いモンスターと契約した手段もそうだけども、その生態も気になる所だね。まあ、それを聞く前に多少は君の体の中身をイジったから色々と判明したけど、やっぱり貴族っていうのは血に含まれている魔力の質が違うみたいだからそれも影響してるのかな? 相関関係も、詳しく研究したい所だけどこの場所にある魔具やら死体も貴重な物が多いから目移りしちゃうよ! そういえば、ここへと連れてくる手段にウェンディゴを使っていたけどもどうやってそれに気付いたのかな? ウェンディゴ種は種族特徴的に気配なんて察するのは難しいんだよね。それ関係で気になると言えば、君から貴族の血以外に別の匂いが――」

「エリザ!」

「おっと、怒られちゃった」


 思いっきり怒られたというのに、悪びれずそういうエリザに呆れたような表情を浮かべるラトゥ。

 ……なんというか、先程までの魔術師としての姿はどうなったのだろうかと思ってしまう。


「まあ、時間も無いし仕方ないね。外に出てからにしようか」

「……時間が無い?」

「そりゃそうだよ? 多分、あと一時間もするとこのダンジョンは崩壊するんじゃないかな」


 ……全員がエリザの顔を見る。

 一時間で崩壊? 誰も想像してない言葉に思わずラトゥが聞き返す。


「……何故ですの? 普通なら、ダンジョンが消滅するまで時間は……」

「いや、だってこんな無茶苦茶な構造をしたダンジョンなんてあり得ないよね? つまり、そんな構造をするために核に相当負担のかかる作りになってるんだよ。だから、核が壊れれば維持が不可能になるでしょ? そうすると、まずダンジョンを作ってる基礎がドンドン崩れていくってわけだね。基礎がなければ、魔力も残ってないのに形を保つもは無理だよ。だから、ほら。後ろを見てみたら分かるよね?」


 全員で振り向く。背後の壁がドンドンとヒビ割れて、崩れていこうとしている。

 ……つまり、このままだと生き埋めという末路が待っている。


「――逃げますわよ! それと、逃げ遅れていない冒険者がいないかも確認しますわ! 手段は問いませんわ! ブラド、お願いしますわよ!」

「分かりました、お嬢様」


 そういうと一人で走っていくブラド。

 そんなブラドを見てから、エリザが叫ぶ。


「あっ、待って! 魔具とかサンプルの採取……」

「そんな時間がありませんのよ! 行きますわよ、エリザ!」

「まって、サンプルーーーー!」


 エリザの嘆きを全員無視しながら、崩壊していく壁の崩れた場所から外に逃げ出していく。

 ……一瞬だけ、ラトゥは振り向いて「お休みなさい」と言っているのが聞こえた。そうして、この迷宮の因縁は終わったのだろう。ラトゥは振り返る事無く、出口を目指して走っていくのだった。



 ――そこから、俺達は下の階層はブラドへと任せて上層で崩壊するダンジョンを駆け回っていた。

 出口に向かって走る俺達は、迷宮攻略に挑んでいた冒険者達が慌てているのを見つける。


「な、なんだ!? 何が起きてるんだ!?」

「わわ、壁が崩れてるよ!?」


 普通のダンジョンでも起きない珍しい事態に動揺して困惑している。

 そんな彼らに、ラトゥが声をかける。


「貴方たち! この迷宮は崩れますわ! すぐに逃げなさい!」

「えっ!? ……ち、ちちち【血の花園】!? も、もしかして……」

「早く! 死にたくなければ!」

「はいぃ!!」


 その強い言葉に、冒険者達は慌てて撤退を始める。そして、ブラドがとんでもない勢いでやってきて飛来する。……反則だな、吸血種って。

 

「お嬢様、他の冒険者はいませんでした」

「ありがとう。これで終わりましたわね」


 なんとか冒険者達は逃げ出したらしい。俺達も崩れ落ちていく迷宮から出口に向かって走っていく。


「出口は……もう少しですわね!」


 光が差し込んでいる。そこに向かって俺達は一気に走っていく。

 頭上から、落石。


「あっ……!」


 しかし、そこでラトゥは勢い余ってバランスを崩す。それは、吸血種としてのフルスペックを出せないが故の齟齬。


「お嬢さ――」

「アブねぇ!」

「きゃあっ!?」


 近くを走っていた俺が思わず抱えて、そのまま外に飛び出す。

 修羅場……というか、色々な死にかけた経験が咄嗟に動かしてくれた。


「――間一髪」


 そして、そして飛び出したとき……そこには、数え切れない冒険者……いや、それ以外のこの迷宮周辺にいた商人達も集まっていた。

 この異常事態に何事かと見に来たのだろう。そして、俺達が最後の脱出者のようだ。


「……【血の花園】と……誰だ?」

「そういえば、この前ここに来てた冒険者の……」

「あの感じの良いお兄さんの……」

「というか、【血の花園】を抱きかかえてる男、誰?」


 ザワザワとした喧噪。指摘の声が聞こえたのか顔を紅くしながら俺の手から離れて立ち上がるラトゥ。

 ……そして、その喧噪を打ち破るように前に出る。


「……お騒がせ致しましたわ。ここに、【血の花園】のリーダー、ラトゥ・グランガーデンが宣言致します」


 その言葉に、喧噪がしんと静まりかえる。

 そして、ひときわ大きな声で宣言をする。


「――私たちとこちらの冒険者たち……共同でこの迷宮の最奥を踏破した事を!」


 沈黙。そして、大きな歓声が上がる。


「迷宮が踏破されたぞ!」

「【血の花園】が、他の冒険者達と協力したってよ!」

「壊れたって事は、核がなくなったって事か?」

「あの抱きかかえてた奴誰だよ!」


 当然ながら、冒険者達も商人達も大騒ぎだ。

 そうして、俺達は今回の事について聞きたがっている冒険者達から取り囲まれて、また違う苦労を味わう事になるのだった。



「――それでは、今回の迷宮踏破を祝って……乾杯ですわ!」

「「乾杯!」」


 ――そして、俺達は冒険者ギルドに併設された酒場を貸し切って祝杯を挙げていた。

 あの後、冒険者ギルドのおばちゃんが俺達を質問攻めにする冒険者達を諫めて、とりあえず詳しい話は後日と言う事になった。そして、ラトゥからの提案で今回の労いを込めてこの場を開かれたわけだ。


(とはいえ、稼ぎという面ではあんまりなんだよなぁ)


 というのも、コレクターの住処から魔具だのが回収が出来なかった事が大きい。

 そのため、今回は苦労の割には稼ぎという面ではそこまでだ。まあ、それでも迷宮踏破という実績は大きな物だろう。そう思いながら周囲を見ていると、リートに対してラトゥが頭を下げていた。


「ごめんなさい。私の仲間が……エリザが迷惑をかけた分、私が謝罪を致しますわ」

「いやいや、そんな事をしなくても良いんですよ」

「そうそう。別に悪い事ばっかりしてるわけじゃないし」

「エリザは黙りなさい」


 ……なんとなく、【血の花園】で普段はどういう感じでやっているのかが見えてくる。

 とはいえ、死線を一緒に超えた事でエリザに迷惑をかけられたわだかまりも多少は緩和され、ラトゥの人の良さでルイ達も心を開いたようだ。

 ……と、思っていたがルイが微妙そうな顔をしている。その表情は何か聞きたそうだ


「それよりも、気になるんだけど聞いていいか!」

「私ですの? 答えれる事なら答えますわよ?」


 ルイが、大きな声を出してそんな風にラトゥに質問をする。

 思わぬ質問にも快く受け入れる彼女にルイは聞いた。


「――アレイと魔力的なパスが繋がっているってどういう事だ? というか、オレ達が見てないときに何があったんだ!?」


 ルイの質問に場の空気が緊張する。特に、吸血種が正気を失うというのは結構恥ずべき事らしいから俺の口から説明しづらい。

 どう説明するべきか……と思っていると、執事のような見た目をした最後の【血の花園】のメンバーであるブラドが俺の横に立つ。


「男」

「……なんでしょうか?」

「お嬢様に何をしたのか素直に言えば、抱きかかえた罪を併せて腕一本で許してやる」


 ……とんでもない殺意を叩き付けながらそんな事を言われる。

 俺、詰んだのか? と思っていると事態を重く見たのかラトゥが慌てて事情を説明する。


「ブラド! むしろ私の責任なのですわ! ……私が正気を失っているときに事故が起きたせいで……擬似的な召喚契約を結んだ状態になっておりますの」

「お嬢様、この男を庇っていませんよね?」

「……はぁ。ブラド、私の言葉を疑いますの?」

「――失礼しました」


 その言葉に、頭を垂れてから、俺にも頭を下げる。

 ただ、ギリギリと歯を噛みしめて怒りを抑えているような音が聞こえてきて怖い。


「……失礼な事を言った。謝罪する」

「あー、仲間を大切に思っての発言ですから。俺は大丈夫です」


 いまだに殺意というか敵意をバシバシと叩き付けられているのでそういうしかなかった。

 すると、油断してた背後からルイが俺の首根っこにしがみ付く。


「おい、アレイ! ちゃんと答えろ! 何があったんだよ! んで、なんで仲良くなってんだよ! ちゃんと説明しろ!」

「うおっ!? ルイ、お前まさか酔ってるな!?」

「関係ねーだろ!」


 いや、関係はあるだろ。

 とんでもない酒の臭いをさせながらそう聞いてくる。先程からやけにテンションが高いのはコレが原因か。


「リート、止めてくれ!」

「まあまあ、ルイも心配してたから安心したんだと思うよ。ちょっと止めて被害が及ぶのはね……あの後、僕たちもメイルスライムを倒してから、そこから必死に全員で捜索してたけどルイが本当に可哀想になるくらい動揺しててさ……アガシオンが居なかったら、ルイが一人で勝手に暴走するかと――」

「余計な事言うな!」


 ルイが空いたカップを投げ、リートの額にクリーンヒットする。良い所に入ったのか、目を回すリートを慌ててヒルデが介抱に行く。

 ……というか、ルイ。予想より酔ってないか?


「ねえねえ、こっちの質問にも答えてくれないかな? 疑似契約ってどういう状態なんだい? 他にも色々と聞きたい事が……」

「お前は邪魔すんじゃねえ! こっちが先だ!」

「横暴だなぁ。色々と助けたんだからそのくらいは――」


 ……ルイとエリザが言い争いをし、ラトゥに対してブラドが先程から色々と質問攻めにしている。

 リートは目を回してヒルデが介抱して……さらに、何人かの冒険者が外から中の様子をうかがっているのが見える。


(……あー、もう収拾がつかねえな)


 どうしようもない状況から逃避するように、俺もこの世界に生まれ落ちてから初めての酒を飲むのだった。

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