第68話 ジョニーと――

 打ち捨てられたスライムは嘆いていた。

 ――窮地だというのに、誰も助けられない自分の弱さを。召喚術士に対して、スライムはいつだって恩を感じていた。確かに、扱いは乱暴だったかもしれない。それでも、彼は自分を使い続け、自分を見た事のない高みまで連れて行ってくれた。何よりも……ちゃんと、自分を仲間として扱ってくれていた。

 同族に比べて、恵まれているとすら感じていた。そんな自分が何も返せないままでいるのは何よりも許せなかった。


(……)


 どれだけ危険でも、どれだけ危ない目に遭おうともそれでも力不足だと切り捨てられずに、こうして使われる事は嬉しかった。

 生み出された目的もあるが……それ以上に、スライムは仲間の誰もが思っている以上に仲間のことが好きだった。だから、こんな終わりは認められない。認めたくなかった。


(……っ!)


 芽生え始めていた心は、大切な者の窮地に至り完成した。そして、進化に必要な要素が全て揃った。

 スライムに与え続けた魔石による十分な魔力。芽生えた意思。そして、何よりも変わりたいと思う気持ち。

 スライムが願ったのは、あの強い存在のようになりたいという願い。役に立たず、怯えて守られるような存在ではなく――圧倒的なまでの能力と強さを持った味方や敵……そのようになりたいと願った。


(――ま、もる)


 そうして、進化したスライムは変化していく。

 その姿は――



『……む?』


 首を折られる寸前、突如として何者かがコレクターの腕を切断して俺は解放される。

 そして、その何者かは俺に触れ……魔力によって傷が治っていく。それは、俺の知識が正しければ吸血種が体を修復するときの能力だった。


「ぐっ! げほっ!」

『ほう、他者にもその能力は使えるのか。しかし、吸血種というのはしぶといものだな。今度こそ、ちゃんと沈黙させなければ』

「……」


 そこに立っていたのは……ラトゥ。敵意を持った表情でコレクターを睨み付けながら無言でさらに追撃を仕掛ける。

 コレクターは己の体を魔力によって再生しながら、自分の腕を切り裂いた彼女に合金の槍を放つ。しかし、その攻撃をあっさりと回避して反撃に転じる。


『全く、面倒な事だ。多少はスペックが落ちるとは思ったのだがね』

「……っ!」


 ラトゥは負傷する前と一切変わらない戦いを繰り広げている。

 ――ラトゥと同じ魔力。ラトゥと同じ見た目。ラトゥと同じ戦い方をしているが……あれは別人だ。そして、俺の感覚だと誰か分かっている。間違いなく、スライムだ。ラトゥが弾き飛ばされた方向に向けると、まだラトゥは倒れて動けずにいる。

 ……魔力すらも、ラトゥそのものだ。だから、コレクターも気付かない。


(スライム、進化したのか……! 完全にラトゥそのものだ。そりゃ、目の前で戦っている奴がまだ倒れているなんて考えないだろうな)


 そんな風に思考を回しながら、コレクターに気付かれないようにラトゥへ魔力を送り込む。

 魔力によって回復したらしい。苦痛に表情を歪ませているがまだ意識はちゃんと保っているようだ。


「……ぐっ、うっ……」

(ラトゥは……ちょっと時間は掛かるか。それでも、もうちょっと俺が魔力を送れば回復はするだろうな。しかしスライムの進化は……シェイプシフターか? まさか、本当にこの目で見る事が出来る日が来るなんて)


 シェイプシフター……謎多き希少なモンスター。

 過去に何度か目撃例があるが……その生態は謎に包まれている。それも当然だろう。何せ、それは対峙した冒険者そのものに変身するモンスターなのだから。

 見た目も、技量も、魔力すらも完全に模倣され戦うシェイプシフターは詳細な情報自体が少ない。こんな状況でなければ狂喜乱舞して色々と調べたいのだが――


(今は時間は作れてるが……問題は今、ラトゥを完全にコピーできているのは俺とラトゥが仮契約の状態だからだ。だから、目の前のコレクターに変身したりは出来ない。出来たとしても能力も劣化するはずだ。それに……魔力量の供給元は俺だからな。結局、あのままだとやられるのは時間の問題だ)


 ラトゥの呼吸が落ち着いていく。そして、徐々に傷が塞がって体が戻っていく。

 俺のシェイプシフターは、本家モンスターのシェイプシフターのような理不尽な真似は出来ない……だが、完全に真似をするだけのシェイプシフターと違う点がある。それは――


(シェイプシフターが何を考えているのか分かる。それに、俺の考えも伝わってるよな?)


 そんな風に思考して聞いてみると、戦っているシェイプシフターは俺に視線を向けて頷く。


(召喚術士としての力もあるんだろうが……スライムの時からずっと一緒だったからな。以心伝心って奴か)


 わりと、途中から話をしなくてもスライムの考えが理解出来るようになった。その延長だろう。やはり、こうして積み重ねた時間は嘘をつかない――

 そこで、天啓のように思いついて俺は一つだけこの状況を覆す手段を考えついた。だが、可能かどうかは自分では判断が付かない。


(ラトゥに確認を取らないと分からないな……)


 本物のラトゥの方へ魔力を送って、俺に視線を向けた辺りで手招きをしてみる。

 ――すると、一瞬で俺の元にやってきた。吸血種としての瞬間移動方法だろうか? そして、俺の耳元で小声で囁く。


「どうしましたの? 状況が分からないんですけども……」

「とりあえず、時間が無いから簡単に聞きたい事がある」


 そして俺の作戦の説明と可能かどうかを聞いてみる。俺の質問を聞いてから、考えていたラトゥは問題無いとばかりに頷いた。

 ――ならば、後は実行するのみだ。



「ラトゥ! 頼んだぞ!」

『――む?』

「っ!」


 コレクターが叫んだ俺に視線を向ける前に、シェイプシフターは吸血種としての能力を発動させた。

 ……それは、吸血種の持つ魔力によって自身の体を霧に変貌させる能力。コレクターの周囲は、魔力を含んだ紅い霧に包まれて視界を塞がれる。


『ほう、驚いた。吸血種というのは体の変化が得意な種族だと聞いたが……ここまでの事が出来るのか。しかし、そのような手段は長く続かないだろう』


 そう、吸血種は魔種の中でも己の肉体を変化させる事が出来る珍しい種族だ。しかし、体の変化には自己の安全に対するリスクが高く簡単に使える技術ではない。さらに、霧に変身してしまえば魔力は空中へと流出していき霧散していく。一見すると無敵に近い状態になる能力だが欠点も多い。

 変身したシェイプシフターだからこそ、そういったデメリットを踏み倒して使えるようなものだ。


『――とはいえ待つのも面倒だ』


 そう言うと、コレクターは合金で扇を作り出す。そして、それを振るって風を起こし、霧を吹き飛ばそうとした。

 多少の風では吹き飛ばされないが、人為的に起こした風圧には耐えきれず、霧散させられる前に霧は俺の方向へと凝固していく。そして、完全に霧が消えたときにはラトゥが苦しそうな表情をして俺の横に立っていた。


『やはり、吸血種というのは死にかけていても放置をすべきではないな。ここまでしぶといのなら、先に蒐集するのは吸血種の方か』


 そういって、コレクターは生成した槍をラトゥに向かって放つ。

 回避しきれずに、その槍は四肢に突き刺さる。


「ラトゥ!」

『――さて、そこの人種は先程から何かを狙っているようだな』


 ……どうやら、俺が仕込みをしていたのはバレていたのかもしれない。

 だが、それでも何を狙っているのかは分かっていないのだろう。


『今まで使わなかった技を利用したのだ。不意打ちか? それとも、吸血種というのは分身を作る個体もあるそうだ。先程からそちらの吸血種は喋らなくなったな? 新たな能力を利用するのか? ふむ、興味は尽きないが……』


 全てを読み切ったように考察するコレクターの言葉。そうして、俺の四肢にも槍を飛ばして突き刺す。


「ぐっ、ああ!」


 折角、治療して貰ったというのにまた体に穴が空いた。

 ……ああ、くそ。血を失いすぎだ。俺の思考が曖昧になっている。体の痛みよりも意識が朦朧としている方が強い。体の現実感が喪失していく。


「――く、そ……」

『そこか』


 コレクターの背後に出現したソレに対して、先手を打った槍が飛来する。


『やはり不意打ちか。しかし、面白みがないな。これ以上、君たちの手は見る価値はなさそうだ』

「……」


 もう、完全に格付けは完了したという宣言だ。

 俺の手もラトゥの手も全て出し尽くした。その上で、コレクターは未だに余力を持って健在だ。


「……認めるさ……俺達、じゃ……勝てないだろうな」

『――む?』


 背後に視線を向けたコレクターは不可解な物を見たという表情となった。

 貫いたのは、ラトゥではなく……影で出来た狼のようなモンスター。ウェンディゴなのだから。


『ウェンディゴだと? ここへ入る許可は出していない――待て、まさか』

「その……まさかさ……」


 朦朧としながらも、俺は成功したのだと分かった――シェイプシフターの変身は知らない物にはなれない。

 だが、知っていれば変身出来る。そして、ウェンディゴは浚われたときに一番間近で見ていたのだ。


「……叶わないなら……頼れる、仲間を……呼べばいい」

「アレイッ!!」

「召喚術士さん!」


 空中から、現れたのは――ルイとリートにヒルデ……そしてアガシオン。

 それは、俺の頼れる仲間たち。


『――貴様。この私の博物館に侵入者を――』

「……予想も出来なかっただろ……?」


 シェイプシフターをウェンディゴに変身させ、能力によって仲間を探して連れてきて貰う……霧になった時、コレクターに気づかれないようにラトゥとシェイプシフターは入れ替わっていたのだ。

 これが、俺の起死回生の一手であり……この状況を打破する、唯一の手段だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る