第66話 ジョニー達と怪物

 最後の階段を上り踏み込んだ。この迷宮というダンジョンの最奥に踏み込んだ俺達はその光景に呆気にとられる。

 ……そこに広がっているのは、ダンジョンの中だと忘れてしまいそうだ。


「これは……?」

「……博物館、ですの?」


 陳列されたのは、様々な魔具やモンスター……そして、人間や魔種。全てがダンジョンの壁の中に保管されていた。今まで、ただ白磁のような無機質なだけに見えていた壁の意味がようやく分かる。

 ――これは、保存して逃がさないための。そして、劣化させないための物だったのだと。壁に近寄ったラトゥはガラスのような壁を叩く。


「……透明なガラスに見えますけども、強度は他の壁と同じくらいありますわね……ダンジョンの未知の素材ですわね」

「この中は……珍しいモンスターが剥製になっているな。こっちはケルピーにケルベロス……ここら辺では見れないようなモンスターばっかりだぞ」

「……こちらに保管されている魔具、どれも見た事がないような物ばかりですわね……いえ、一部は噂に聞いた事がありますわ。過去の優秀な冒険者が持っていたという」


 それぞれの知識を会わせても、ここに飾られているのは貴重な品々だ。

 もしも、王都の学術院の人間が見れば感涙しながら何時間でも籠もり続けるであろう品々。しかし、ソレが最奥に陳列され飾られている状況というのは不気味だ。

 そして、他に何科情報が無いか見渡そうとした瞬間に、ソレは現れた。


『――やあやあ、我が博物館への入館を感謝しよう』


 まるで、音が脳裏に響くような声が聞こえてくる。今まで影も形もなかったそいつは部屋の中央に浮かんでいる。

 ふくろうのような頭と、まるで司書のようなローブを羽織った人間に近い肉体を持っている。背中に生えた羽は魔族のように見え、尻尾は蜥蜴のようだ。俺の知識や記憶には存在しないモンスター。


「――見た事がない。どういう種族なんだ?」

「私も初めて見ますわね……」


 つまり、何をしてくるのかすら分からない相手。未知数な存在に、俺達はその挙動を見逃さないように集中する。

 しかし、俺達の様子など気にした様子はない。まるで劇でも始めるかのように俺達へ一礼をする。


『さて、私は当博物館の館長だ。呼び名は館長でも、支配人でも、コレクターでも好きに呼べば良い。しかし、今日はなんとも良い日だろうか。まさか、このように――』


 その言葉を切って、俺達をじっくりと見定めてから梟の顔は笑みを浮かべる。

 それは捕食者が、美味い餌を見つけたときと同じ表情。俺達は思わず背筋に悪寒が走る。


『なんとも貴重な蒐集サンプルが、二つもやってきてくれるとは。ああ、素晴らしい。稀血など中々手に貼らないのでね』

「……俺達を狙った理由はラトゥの予想通りってわけか」

「そうですわね……気分が悪いですけれども。あの、私たちのことを獲物とすら見ていない……趣味の悪いコレクターのような目は」


 ――奴を便宜上コレクターと呼ぶ事にしよう。奴の魔力が膨れ上がる。

 その魔力量はあまりにも膨大だ。意図を持った会話が出来る程に知性を持つモンスター。その操る魔力量は……暴走していたときのラトゥを超えるかもしれない。


「――何という魔力ですの。進化したダンジョンのモンスターでも、このような魔力は――」

『それでは、テストだ。君たちがこの博物館の収集品としてふさわしいか。ここまで傷無く辿り着いたのなら十分だろうが……やはり、念には念を入れるべきだろう。運という物は決して侮れない』


 独白するようなコレクターの言葉に、戦闘準備をする。

 ……奴の意図は分からないが、それでも分かる事はある。それは、望もうが望まなかろうが戦うしかないという事だ。


「ラトゥ! 援護はする!」

「ええ! アレイさん、任せましたわ!」


 最初から、様子を見るような真似は出来ない。ラトゥに魔力を注ぎ込む。道中よりも送り込む量は多い。

 ラトゥは送られた魔力によって目の色が濃い真紅の色へと染まっていく。吸血種としての力を取り戻した証左だ。地面を蹴り、己の爪に魔力を込めるとまるで爪は鋭い刃物のようになる。そして、両断をするように一撃を振るった。

 しかし、その攻撃は金属音と共に弾かれる。


『ほう、傷が付くか。性能面では十分のようだな。やはり、吸血種の稀血ともなればスペックが違うか』


 ――ラトゥとコレクターの間に出現したのは、白磁のような素材で出来た盾だ。

 それによって、理解する。このダンジョンの壁は奴の魔法で作られた壁と同じ合金で作られているのだと。だが、傷が付くのであれば強度はあるが破壊できないほどではないということか。

 ……分析をしていた俺は不意に、嫌な気配を感じてその場から飛び退く。すると、先程まで俺の居た場所の真上から鋭い合金のトゲによる雨が降り注いだ。


『なるほど、勘がいいと。やはり一般的なモノに比べて希少種は性能が違うか。これは蒐集するための価値が高い』

「あぶねぇ!」


 あの雨が直撃していたら、俺は間違いなく粉みじんになっていた。

 ……コレクターは一歩も動いていない。やはり、攻撃手段は魔法がメインか。だが、その魔法の規模と精度はとんでもないレベルだ。


「これでっ!」

『ふむ、素早いな』


 俺に注意を向けた隙を突いて、ラトゥは吸血種としての力を生かして空中で連撃を重ねる。

 爪による攻撃を金属の壁によって防ぐが、ラトゥは壁を蹴り立体的な動きで翻弄していく。合金による槍を放つコレクターだが、逆にソレをつかみ取ったラトゥはその槍をコレクターに投げ返す。


『――驚いた。まさか、掴んで投げ返すとは。以前の吸血種に比べてもスペックが高いな』


 槍はコレクターに当たる前に崩壊する。自分で作った金属を操る事が出来るのだろう。

 ラトゥは、突如として動きを止めた。その表情は静かに感情を抑えようとしていた。


「……質問がありますわ」

『ふむ、許そう。なんだろうか?』


 慇懃無礼な態度のボスに対して、ラトゥは今にも溢れ出そうに見える感情を抑えて聞く。


「……貴方は、以前にこのダンジョンへ来た吸血鬼について知っていまして?」

『その吸血種というのは……これの事かな? 貴重な種族だが、君がいるならこれはそこまで要らないだろうな。セットで持っている意味はあるが、飾り付けるならより貴重な方が好ましい』


 そう言って、ボスが背後の壁のガラスを叩く。

 そこには、棺のような場所で飾り付けられ陳列された吸血種の少女だった。眠るように棺に納められ、陳列されている。その心臓に突き刺さった合金の杭が、その少女がすでに生きていない事を表していた。

 そして、それを見たラトゥは――


「――ぁあ」

「ぐっ、うっ!?」


 小さな、本当に小さな声。だが、そこに込められたラトゥの激情はもはや嵐というにも生易しい。俺と繋がっている召喚符から、その感情が伝わってきて……俺の制御権が奪われていく。

 まるで煮えたぎる溶岩のような怒りによって、魔力を奪い去っていく。俺自身からも奪うかと思うほどの勢いに制御ではなく思わず自衛に回ってしまうほどだ。


「――死ね」

『おや、随分と魔力量が増えたね。感情の発露で魔力量の増減があるのか。面白い。コレクションというのは、やはり特徴があるのがいい。保管するとその特徴が見えないのが残念ではあるが――』


 ラトゥの一撃を盾を出して防ぎ……しかし、その盾が破壊される。


『ほう』


 ラトゥの爪による一撃が腕に触れ、千切れる。


『素晴らしい』


 千切れ飛んだ腕は消え、すぐさまコレクターの腕は再生する。

 しかし、ラトゥの動きは止まらない。コレクターを欠片も残さず抹消したいと暴走していた。


「ラトゥ!」


 しかし、俺の言葉は届かない。

 ――ただ、俺は見ている事しか出来なかった。

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