第64話 ジョニーは協力する

 衝撃の告白から、俺達は色々と確認をしてようやく自分たちに何が起きたのかは把握できた。

 ……召喚符というのは、繊細な道具だ。それを無理矢理使ったのだから当然かもしれない。


「どうも、正式な契約とは違うというか……なんか、偶然にも契約状態のような形になったみたいですね」

「正式な契約ではないんですわよね?」

「そうですね。俺が今、ラトゥさんと擬似的な契約を結んで経路が繋がったような状態ですね。まあ、本来の出力が出せないのは……俺のせいですね」


 言わば、ラトゥの力が水だとしたら召喚符によってダムのように堰き止められている状態なのだ。

 あの時に魔力同士の激突が起きたせいで、魔力が混線した結果このような事になったのだろうか? 詳しい事は調べてみないと分からないが……状況としては最悪といえるかもしれない。


「本当にすいません。俺のせいで、このダンジョンをクリアするための力が出せなくなってしまって……」


 俺の謝罪に、首を振るラトゥ。


「元は私があのような醜態を晒さなければこのような状況にはなっていませんもの。私の責任ですわ。それよりも、この状況でどうやってここから抜け出すかを考えるべきですわね」


 先程まで泣きそうになっていた彼女は、あっという間に切り替えている。

 俺も、それに習って思考をすぐに切り替える。まず、最悪な方に目を向けたが仮でも召喚状態と同じだ。つまり、同じ感覚で力は使えるだろう。


「擬似的な契約なら、俺が魔力を送れば短時間でも吸血種としての力は出せると思います。協力して、進むって言うのはどうですかね? 銅級冒険者と一緒っていうのは――」

「分かりましたわ。では、ここから先は私たちはチームとして動きましょう。ある程度はアレイさんの裁量にお任せ致しますわ」


 ……想像以上にあっさりと決まってしまって面食らう。


「……提案しててなんですけど、いいんですか? そんな簡単に決めて? 俺がそっちの期待に応えられない可能性もあるのに」

「エリザが地図を渡すと言う選択をしたのなら、貴方は見所がある冒険者ですもの。なら、私はエリザの判断を信じますわ。それと、これから一緒に行動をするのですから畏まった言動は無しですわよ。よろしくお願い致しますわ、アレイさん」

「……分かった、ラトゥ。よろしく頼む」

「え、ええ! よろしく頼みますわ! アレイさん!」


 何故か、急に語気が強くなったラトゥ。とはいえ、ここから先をスライムと俺だけで攻略をするなんて言う事にならなかった幸運と……銀等級冒険者と協力できる事実に喜ぶとしよう。

 そうして、俺とラトゥ……そしてスライムで迷宮を進んでいくのだった。


「……冷静に考えると、私……男の方とちゃんとチームを組んで話すの初めてですわね……緊張しますわ……」

「どうしたんだ、ラトゥ?」

「い、いえ! 行きましょう!」

「そっち壁だぞ」


 ……大丈夫か、ちょっと不安になるのだった。



 探索を進めていると先程までの動揺したような様子は消えてラトゥは落ち着いたようだ。冒険者というのは、探索している時が一番冷静なのかもしれない。

 迷宮の道を進みながら、ラトゥが呟く。


「……新鮮な気持ちですわね。吸血種としての本能がすっぱり消えた感じですので、体が軽い気持ちですわ」

「吸血種の本能って、そんなに辛いのか?」

「そうですわね……吸血種と言う物はどの程度理解しておりますの?」

「血を吸う事と、肉体の魔力の割合が高いから再生力が強い。あと、とんでもなく種族として強い」


 俺の知ってる知識を並べる。

 その言葉に頷いてから、補足を入れる。


「そうですわね……ただ、吸血種というのは吸血衝動……血を吸わないと徐々に理性を失ってモンスターに近くなる病を持っていますわ。それに、肉体の魔力の濃度が高すぎるせいで行動の制限も大きいんですの。だから、普段は思っている以上に苦痛や不快感に耐えて生活していますのよ」

「そうなのか……思った以上に不便なんだな」

「だからこそ、それだけの種族としての強さがあるとも言えますわね。だから、この状況で本能が抑えられている状態は非常に好ましいですわ。トラブルとはいえ、こういった経験をさせて頂いた偶然に感謝してもいいですわね」


 微笑むラトゥ……本当に吸血種なのだろうか? と思うくらいに人が良い。物腰は柔らかく、それでいて貴族としての上に立つ存在としての風格も備えている。

 最初に出会ったのがエリザだったせいで、吸血種という存在に対する偏ったイメージが出来ていたが修正する必要がありそうだ。


「なんか、イメージが変わったな。エリザみたい性格が吸血種としては一般的なのかと思ってたけど」

「あの子は吸血種の中でも相当な変わり者ですから、一般的ではありませんわね。とはいえ、私も吸血種という種族の中では変わり者として扱われていますわ」

「変わり者って……俺が見る限りで、一番上に立つ貴族らしいと思うけど」


 変わり者だと自嘲するラトゥに、思わずそう答える。


「ありがとうございますわ。でも、事実ですのよ。吸血種として、冒険者になったのもそれが理由ですの。居場所がないから自分で作るためにこうして立ち上がって……同じような居場所のない友を見つけてここまで来ましたの」

「……なるほど。なら、ちゃんと仲間の場所に帰らないとな」


 ……それぞれに事情があるのだろう。【血の花園】という名前と銀等級冒険者になるまでに、彼女たちにも彼女たちの苦労をしたのは想像に難くない。

 だから、俺は深く聞かない。ただ、納得して受け入れるだけだ。


「ええ、まだ行くべき場所もやるべき事も残っていますもの」


 気力は十分。そうして、俺達は魔力の籠もる迷宮の道を進んでいくのだった。



「――お願いしますわ!」

「はいよ!」


 その言葉を受けて、俺は持っていた召喚符に魔力を込める。

 俺と魔力の経路が繋がっているラトゥに、魔力が流れ込んでいく……そして、それと一緒に吸血種としての力が取り戻される。


「では、さようならですわ」


 目の前で俺達を食らおうとしていたウェンディゴはラトゥが振るった爪で一瞬で引き裂かれて霧散する。

 ――強い。それが俺の感想だった。


「……吸血種って凄いな」

「この程度なら、別にそこらの冒険者でも出来ますわ」


 魔石を回収しながらそういうラトゥ。簡単に言うが、武器など使わず己の肉体と魔力のみを武器にしてこの力なのだ。恐ろしいのは、これ自体に吸血種としての特性など使っていないと言う事だ。

 爪に魔力を通して、擬似的な武器として扱っているだけで本気ならもっと様々な事が出来るはずだ。いや、これは言うつもりはないがどうしても思ってしまう。


(……面白みがねえなぁ……吸血種)


 恵まれた種族の力で殴り抜ける。これは正しい。ただ、俺に出来る事がない。

 俺が指示を飛ばす事すらない。多分、魔力を適度に渡せば勝手に全部倒してくれる。これは自分の安全が確保できたからこその我が儘ではあるのだが……


「――少し、不満がありますわ」

「えっ? ラトゥもか?」


 突然、ラトゥからもそんな言葉が聞こえて、思わずそう聞き返してしまう。


「アレイさん。申し訳ありませんけども……魔力の使い方がなっていませんわ! 恐らく独学ですわよね? もっと使い方を訓練すれば効率的に使えますわ。色々と積み重ねた物があると思いますわ。それでも、この状況においてそれでは乗り切れませんわ!」

「魔力の使い方……」


 ……そう言われれば、確かになんとなくで使ってきたしちゃんと師事を受けたわけではない。

 金の余裕がなかったし、騒動に次ぐ騒動で俺自身のそういうアップデートは忘れてしまっていた。あと、師事をして貰うのってツテと金がかかるのだ。だから、ここで教えて貰えないか聞いてみる。


「……ラトゥから教えて貰う事って出来るか?」

「ええ、そのために提案しましたの。こだわりなどはありませんわよね? 独学で学んだ知識やプライドが邪魔をするなら教えても意味はありませんわ」

「ない。強くなれるならなんでもいい」


 ラトゥは、その返答に満足そうにしている。

 

「それなら、私の知識をお教え致しますわ。少なくとも、今以上にアレイさんは魔力が使えるようになるはずですわよ。そうすれば、この先にどんな危機が待ち構えていても乗り越えられる可能性が上がるはずですわよ」


 そんな心強い言葉を言ってくれるラトゥ。

 ――ここで、俺もレベルアップを出来るわけか。他人に頼れるという選択肢のありがたさが身に沁みる。


「それで、アレイさんの不満というのはどういった物ですの? 私が治せる部分であれば、治しますわよ?」

「えっ、あー……」


 不満を言われて、俺のあの発言を言ったらボコボコにされてもおかしくはない。

 ……ここで角の立たない言い訳を俺は必死に考える羽目になるのだった。

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