第63話 ジョニーは謝られる
「……そろそろ落ち着きましたか?」
「え、ええ……落ち着きましたわ。それでも、本当に申し訳ありません。
目に見えてションボリとした彼女から、そんな風に腰低く謝罪される。
……冷静に見ると、とんでもない状況だ。金髪隻眼の吸血種……しかも、かなり高い身分の女性が俺に対してペコペコと頭を下げている状況。冷静になって状態でも混乱してしまいそうだ。
しかし、落ち着いたようなのでちゃんと話を聞ける。
「それで……すいません、ここであんな状態になっていた事情を聞いても?」
「ええ、分かりましたわ……私のような魔種は、冒険者病に罹患すると理性を喪失してしまいますの。この事実は魔種と親しいような人間でもない限りあまり知られていませんわ。それで、私は迷宮の捜索中にお恥ずかしい話ですけども……魔力を消耗しすぎてしまいましたの。そこから、調子を崩してしまって冒険者病の症状が出てしまい……そこから記憶が曖昧ですの」
ほう……なんとも面白い話だ。
魔種と呼ばれる竜人種や吸血種が冒険者病になったという話はあまり聞かないので、成りにくいのではないかと思っていたが……なるほど。そういう事実が伏せられていたのか。確かに、状況次第だが理性を失うという情報があると穿った目で見られたりするから伏せられるのだろう。冒険者病というのは……と、今はそれを考える時間ではない。
「事情は分かりました。それで、【血の花園】の人で間違いないですよね?」
「――ええ。私のチームについてご存じでしたのね。私はラトゥ。ラトゥ・グランガーデン。吸血種一族の貴族にして【血の花園】というチームのリーダーをしておりますわ。以後、お見知りおきを」
「どうも。冒険者で召喚術士のアレイです。まあ、まだ名乗るような実績もないんですけど」
「アレイさん、本当に普通の冒険者さんですの?」
意外そうな顔をするラトゥ。
……しかし、そんな隠しているような事はないのだが。
「……普通の冒険者ですが」
「いえ、貴方も立場のある方かと思いまして……私の所作に対しての反応もそうですし、それ以外の理由でもただの一般の方といえないのではないかと思いまして」
「……まあ、確かにそういう立場だったこともありますけど……昔の話です」
「ああ、なるほど……失礼致しましたわ。冒険者にこういった話は不躾でしたわね」
そう言って華麗に謝るラトゥ……なんというかこう、色んな意味で毒気を抜かれた。
ギャップもそうなのだが……
「エリザとは随分違うんですね。雰囲気とか」
「……もしかしてと思いますけども……あの子、迷惑をおかけ致しましたの?」
「……まあ、迷惑というか……危うく一触即発というか……あと、俺が血を吸われかけたというか」
その言葉を聞いて、とんでもなく重たいため息を吐いて眉間にしわを寄せる。
……そこで、【血の花園】でもどういう扱いなのかよく分かる。
「私の身内まで迷惑をかけて申し訳ありませんわ。もう、本当にあの子は……」
「まあ、一応代わりに地図を見せて貰ったんで。俺としては気にしてないんで」
「……それ、初耳ですわね。はぁ……もう、あの子にはそろそろキツいお仕置きをして上げないとダメかもしれませんわね」
……あ、言っちゃダメだった。まあいいか。
やりたい放題をした相手に対しての意趣返しと言う事にしておこう。そんな風に、少し空気が弛緩した当たりで切り替えるように手を叩くラトゥ。
「――さて、ここから真面目なお話ですわ。まずは、状況を整理しないといけませんわね」
「ああ、そういえばそうですね。まだ状況把握だけでしたし」
ついつい、余計な話をしていたがそれだけお互いに不安を抱えていたと言う事だろう。
その当たりで、ようやく壁で潰れていたスライムが戻ってきて怯えるように俺にくっついた。なんか、最近犬っぽくなってきたなスライム。
「まず、経緯を聞きたいのですけども……そちらは、どうやってここに来ましたの?」
「俺は……まあ、モンスターのウェンディゴに誘拐された感じです。不意を突かれてこのスライムと一緒に」
「あら、可愛らしいですわね」
そう行ってスライムを見せる。意外と好感触だ。でもスライムは怯えていて触れようとしたら避けられてラトゥが地味にショックだと言う顔をしている。
……気を取り直して、ラトゥからも説明が入る。
「話を戻しまして……ウェンディゴというのは、姿を見せない転移能力を持つモンスターですわね。私も同じ経緯かもしれませんわね。最奥に辿り着く手段を探している最中に突然転移させられましたの。お恥ずかしい話ですが……冒険者病の最中に、そういった絡め手の警戒は出来ませんの。恐らく、転移後に倒しては居るのでしょうけども」
先程の暴走状態を思い返す。確かに、あの状態であれば警戒という話ではないだろう。
……ふと気付いた。
「もしかして、ここら一帯にモンスターが居ないのは……」
「私のせいだと思いますわ……あの状態になると、魔力を求めて暴走してしまいますので……」
恥ずかしそうだが、やっている事はとんでもない。
俺達が必死にミノタウロスやスライム達の大群と戦って力尽きていたのに、一人でここら一帯のモンスターを全て刈り尽くしたというのだ。吸血種という存在の格を感じてしまう。
「……どうにも、私たちを浚った手段と言い意図を持ってこの場所に連れてこられたようですわね」
「まあ、俺が狙われた理由は分かりませんけど」
そういうと、少しだけ悩むような表情になるラトゥ。
「……いえ、もしかしたら理由は分かるかもしれませんわ」
「なんですか?」
「私も、貴方も血筋が特殊である……という理由はどうかしら?」
「それは――」
そんな馬鹿な話があるわけが……と思って、しかし否定出来る要素はない。
この世界において、血筋というのは特殊な意味を持つ。魔力の質や使える魔法の種類。中には、血筋によって発現する能力もある。それを狙う理由にする事だってあるだろう。
「……つまり、特殊な血統の冒険者を意図的に狙っている可能性がある?」
「ええ。それなら、失踪したという事例を聞かない理由にもなりますわ。そんな特殊な事情を持つ冒険者は中々いませんもの」
……やはり、銀等級冒険者というのはその名前に恥じない存在だ。考えられる答えにあっという間に辿り着いている。
こうして、人の良いお嬢様としか思えないラトゥだが、実力と良い全てが俺より上の冒険者だ。
「では、少なくとも呼び込んだ存在はこの先に居るはずですわ。それがこの迷宮の主かもしれませんわね」
「大丈夫ですか? パーティーで行かなくても」
「最悪、一人でもなんとかなりますわ。仲間が居なくとも私だって――」
笑顔を見せていたラトゥの表情が固まる。
……そして、自分の手や体を確認して真っ青な表情になる。何かを無くしたのだろうか?
「あの……よろしいかしら?」
「なんでしょうか?」
「暴走していた私を落ち着かせるために使った道具というのは、どのようなものかしら?」
そう聞かれて、召喚符を取り出して見せようとして……そこで気付いた。
……なんか、これ……契約してないか? 召喚符を通して、魔力を感じる。そう、目の前のラトゥから。
「召喚符を爆発させたんですけど……なんか、これ……契約状態になってますね」
「けいやく、じょうたい……それが、理由か分かりませんけども……私、魔力が殆ど抑えられて使えなくなっていますの……今の私は、正直……殆ど、銅級冒険者と同程度かそれ以下の実力かもしれませんわ……」
泣きそうな顔で、そう告白するラトゥ。
……これ、俺も悪いのかなぁ。
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