第61話 ジョニーは気付く

「それで、ルイ。スライムを見てて変な感じはするか?」

「……ああ。やっぱりこのダンジョンの構造、妙だな。もうちょっと先まで行かせて貰えるか?」

「ああ、分かった。スライム、もっと先に行ってくれ」


 そういうルイ。スライムはこちらを確認するように震えている。頷いて先に進むように促している。

 何故か悲しそうにスライムは先に進んでいく。すると、スライムが見えなくなる。そこでルイからのストップが入った。


「……そろそろ戻しても大丈夫だぞ、可哀想だし早く戻してやってくれ」

「分かった。おーい、スライム。戻ってきて良いぞ」


 その言葉にズルズルと戻って来るスライム。

 俺の近くにやってきて足に巻き付くと安心したように震えが止まって落ち着いている……もしかして、不安だったのか? そういえば、ダンジョンスライムに追われてからちょっといつもよりも震えが激しかった気がする。意外と感情豊かなのかもしれないな。


「ご苦労さん、スライム……それで、何か分かったのか?」

「……やっぱり感覚的に変だ。ダンジョンっていうのは道筋と到着するルートにルールがある……でも、あの道だけその理屈からズレてる」

「ズレてる?」


 地図を見せるルイ。

 その地図は先ほど出口まで戻ったルートを示しているが……それを見て、俺も他のメンバーも気づいた。


「……なんだ? これ?」

「僕たちが歩いていた道の中心に……空間がある?」


 ルイの地図をみれば分かる。迷宮の通路に不自然な、道が避けて作られた空間が出来ている。

 しかし、これに気づいたような情報は出回っていない。それに対して、ルイも不本意そうな顔をしている。


「普通なら気づかねえと思う。オレだって普段通りにマッピングしてたら気づかなかった。魔力が強くて感覚が強くなったから気づいたんだよ。どうにも、この迷宮は平衡感覚が微妙にずれるんだよ。だから、自分の歩いたときの違和感から修正したらこうなった」

「なるほど、ルイのことは信用しているから間違いないだろうね……とはいえ、この情報をどう扱うかって事だよね。この空間に何があるか……まず、どうやって行くのか」


 謎の空間が生まれたとして。そこに行く手段があるのかどうかと言う問題がある。

 ダンジョンの壁は基本的に壊すことは出来ない。そして、決して入れない場所……というか、道や部屋はないというのが大原則のルール。というよりも、ダンジョンという物はそのルールを曲げることは出来ない。いわば、大抵の生物が心臓と脳を持つと言うルールから外れる事が出来ないのと同じだ。


「なあ、リート。試していいか?」

「……まあ、必要だろうからね。いいよ」

「んじゃ、ヒルデ。試しにそこの壁ぶったたいてくれ」


 その言葉に頷いて、構えたヒルデは思いっきり壁に向かって戦斧を振り下ろす。

 ――ガキンという、甲高い音が響いてヒルデの斧は弾かれる。


「無理か……んで、全員警戒」


 その瞬間に、通路から周囲からスライムやテンタクル……ミノタウロスまでやってくる。

 これがダンジョンの壁を無闇に攻撃しない理由だ。ダンジョンの壁を攻撃して響く音はモンスターを引き寄せる。大量のモンスターがやってきたが、こちらも準備はしている。


「それじゃあ、とりあえずこいつら片付けるぞ」

「了解」


 そして、試した行為のツケを払うべく、俺達はモンスター達の戦いを始めるのだった。



 ――ミノタウロスが暴走して俺を狙ったり、俺が急に調子を崩して迷惑をかけたり、ダンジョンスライムが俺のスライムを見つけて追い回したり、リートがテンタクルの触手に危うく捕まれて死にそうな目に遭ったりなどあったがなんとか大きな負傷はなくモンスター達を倒し終えた。

 だが、その代償は大きかった。


「……疲れたね」

「ああ、疲れた……」

「……限界だ」


 全員が疲労困憊になり、道に倒れ伏す。大量のモンスターを相手に極限までの戦い。俺も必死に敵の攻撃を避けながら誘導したりなど、精神も肉体も酷使した結果だ。

 とはいえ、壁が壊れて通れるようになるかもしれない……という可能性を捨てきれない以上は試すべきだった。こうしてモンスターが集まってきたが、それも必要経費だろう。俺としては、疲れたが最初のミノタウロス数匹に狙われ続けるよりはマシだった。


「……それで、どうする、ルイ。他に探索してみるか?」

「……それしかねえか。他にもこういう場所があるかもしれないからな」


 そういいながら、中々動き出せない。それぞれが寝転がって体力の回復に務めている。

 ……その中で、アガシオンはパタパタと動き回って俺達のフォローをしてくれる。魔石を回収したり、倒れている俺達を道の隅に運んだり、水を取り出して持ってきてくれたりなどだ。


「ありがとうね、アガシオン」

「い、いえ。このくらいなら別に……」

「いや、ほんと助かってる。そこら辺に散らばってる魔石食って良いからな」


 すっかりルイ達もアガシオンやスライムに慣れたようで馴染んでいる。

 元々、使い魔の性質を持つアガシオンは人に対して何かをすることを好む性質がある。それが良い方向に作用しているようだ。


「そういや、アレイ。大丈夫か?」

「大丈夫だ……すまない。急に耳鳴りがしてな」


 一瞬のことだったが、それでも戦闘中には致命的だった。あそこで危うく攻撃を食らったりしなくて良かった

 そして、休憩が終わり全員が復調する。


「よし、そろそろ良いかな……それで、ルイ。どういうルートで探索する?」

「……一回、最下層に行ってみるか?」


 先ほどまで癪だと言っていたが、新しく見つけたヒントを解くために先に進むことを選んだようだ。


「そうだね。先に進んで最下層がどうして辿り着けないのか……それを確認してからでもいいかもね」

「んじゃ、行くか」


 そうして、俺達は最下層に向けて貰った地図を頼りに進んでいくのだった。



 最下層までのルートへと歩きながら、ふと違和感を感じる。

 背後をみる。しかし、何も見えない。首をかしげる。


「ん? アレイ、どうした?」

「いや、なんか違和感があってな」

「違和感?」


 そう言ってルイ達も周囲を見渡す……が、ピンときていないようだ。


「……いや、何も感じないな」

「僕もだね。ヒルデも同じみたいだ……うーん、違和感か。どんな感じの違和感なんだい?」


 リートに聞かれて考えて見る。

 なんというのだろうか……先ほどの耳鳴りも併せて、もしかしたら神経を張り詰めすぎているのかもしれないのだが……


「いや、なんか見られているというか……気配を感じるんだよな」

「気配を?」

「なんか居るのか? ちょっと見てみるか」


 そういって、他の全員が背後を散策。

 ……しかし、何も見つからない。影も形もない。


「何もないな」

「……すまん、ちょっと俺の気にしすぎだったかもしれない」

「いいさ。それが冒険者病の可能性もあるからな」

「そうなのかね」


 今までに無い現象に首を捻る。

 そんな繊細だと自分では思ってなかったのだが……ううむ。


「よし、そろそろ最下層近くの階段に辿り着きそうだ。準備して置けよー」

「了解、準備は出来てるよ」


 全員が頷いて戦闘態勢。

 やはり、地図によって先が分かっているから進行も早い。すでに階段の前に辿り着く。そして、目の前には一層目のボスだったメイルスライムが3体も構えている。


「防備は完璧って訳か」

「とはいえ、種は割れてる。なら、負ける道理はないな。行くか」


 そして、全員が戦闘準備。

 ヒルデが突っ込んでいき、全員での戦いが始まり……


(いや、気配がある。気のせいじゃない)


 俺の背後から気配を感じた。戦闘前のタイミングで集中を切らすのは致命的だが……それでも、これは無視できない。

 だから、俺は一瞬で判断をする。間違っていても、このタイミングであれば致命的ではない。


「――すまん、スライム。頼む」

「ジュル!」

「召喚術士さん?」


 アガシオンすら気付かない俺の意図だが、スライムだけは俺の指示を理解して一瞬で突撃していく。それは、背後の気配を感じた方向。俺は視線すら向けない。

 そして、スライムが突撃した瞬間に気配は濃密になる――


「ギヒッ!」

「――やっぱり、居たのか!」


 背後を振り返る。その空間から、まるで影で出来た狼のような存在が現れる。それは俺を見てニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 それだけの特徴を持っていたら、俺の知識に引っかかる存在が浮かんだ。


「ウェンディゴ!?」


 それは、冒険者達でも出会うことが……いや、まず目撃すること自体が少ないモンスター。そして、その能力は――

 思い出した瞬間に、俺は回避出来ずウェンディゴの体で覆われる。視界は暗闇に包まれた。


「しょ、召喚術士さん!」

「アレイ!?」

「ルイ! ダメだ、先にこっちのボスをなんとかしないと――」


 慌てる全員に俺は叫んだ。


「後で、合流する! アガシオン、そっちは任せた!」


 それだけ言い残す。

 ――そうして俺はそのまま暗闇に飲み込まれて行くのだった。

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