第54話 ジョニーは迷宮を進む

 ――テンタクルの触手。掴んで締め付けられれば大木ですらグシャグシャにされてしまう程凶悪な一撃だ。

 ヒルデは、その触手に左腕を巻き付かれてしまう。そのまま触手が力を込め……


「――ッ!」


 息を吐く音と共に、触手を引き剥がす……まさか、腕力で無理矢理剥がすとは。

 そして、動きの止まったテンタクルに対して、リートが両断する。


「……切れないか」

「おし、どけリート! 狙うぞ!」


 そう言って、ルイは弓を構え一瞬で矢を射る。

 その目にもとまらぬ一撃を……触手をふるって、テンタクルは全て弾き飛ばした。


「はぁ!? 嘘だろ!?」

「恐らく、空気の振動で感知してるみたいだね……相性が悪いな」

「ちっ、次の手を――」

「まて、俺に任せてくれ」


 準備が終わった。その言葉に、他の三人がこちらに視線を向けて頷いた。

 そして、俺は指示を出す。


「――アガシオン!」

「は、はい! 皆さん、離れてください!」


 その言葉に、全員がアガシオンの正面から回避。そして、アガシオンからテンタクルへの射線が通る。

 俺が送った魔力を練り上げて、それはすでに準備が完了していた。魔力の矢による一撃。それは、一筋の閃光となってテンタクルの核を貫いた。

 空気の震動で感知をしていても、魔力による光速の一撃を防げる道理はない。最後に触手が動き……しかし、力尽きてテンタクルは魔石になっていく。


「……はぁ、上手くいきました……初めて試したので心配でしたけど……」

「やるじゃねえか、召喚獣。これがアレイのやりたかった奴か?」

「そうだぞ。どうだ、見たか。最初の目的だとこれがやりたかったんだよ」


 俺が胸を張る。そう、これだよこれ。

 アガシオンの魔法というのは、前回のように広範囲に散弾のようにばら撒く使い方だった。魔力弾というのは基本的にそう使う事が多いのだが……一点集中のレーザーのようにすることも出来るのではないかと思いアガシオンに試して貰ったのだ。

 とはいえ、魔力を練った上で相手に向けて照準を併せて発射するというプロセスを踏み、さらに相手が動くと照準を再度狙いを付ける必要もあるせいで使い勝手の悪さもある……だが、今回のダンジョンでは道の狭さやスライムのフォローで問題点を幾つかクリア出来たのだ。


(一点集中すると、反動がどうしても出てくるけどスライムの柔軟な体で発射後の反動も軽減できる。思った以上に使える作戦だな)


 とはいえ、普段の俺だとゴブリンだけしか前衛がいないのであまり有用ではない。まず、敵を押しとどめる役割が難しいのだ。

 今回のヒルデのような、前衛を押しとどめて相手の動きを制限するような重量級のタンクが居てこその戦略だ。テンタクルの魔石を回収してから、全員で迷宮の先に進んでいく。


「……しかし、楽だな。こうして複数人でダンジョン探索をするのは」

「そういえば、アレイは普段ソロなんだよね? 召喚獣がいるとしても、やっぱり大変なのかな?」

「大変と言えば大変だな。ゴブリンとかスライムを出して頭数は居るんだが、冒険者同士の戦術のかみ合いとはまた違うからな。まず、こんなにスムーズに探索が進まないし」


 ルイによる周囲の索敵と警戒。リートが後ろを警戒しながら全員のペースコトンロール。ヒルデによる先行での安全を確保。それらのおかげで、まるでお客様として連れてきて貰うかのような楽さだ。

 一般的な冒険者の探索というのは、精神的な負荷が少ないおまけにスピードも速い。俺が召喚獣達と数分かけて進む道を1分足らずで完全に安全確保して進んでいけるのだからどうしてソロが増えないか理由がわかるという物だろう。


「召喚術士だと、召喚獣は最悪やられても送還されるだけで大丈夫だからな。致命的な状況っていうのに対する警戒がどうしても薄くなるんだよ。だから、その分俺が気を張りながら召喚して進んでいくから疲れるっちゃ疲れるんだよな」

「なるほど……そりゃソロなんて出てこねえな。普通に進むよりも時間かかるんじゃねえか?」

「どうなんだろうな? 他人と比べたことないが……確かにペースは遅いかもしれない」


 リート達曰くダンジョンに潜ったときの数日分の食料などが攻略ペース次第で余る事も多いらしい。だが俺の時は帰る頃には全部消えている事が殆どで余ることはない。むしろ、足りない警戒をしてちょっと節約をしたりすることを考えるとそれだけ時間は掛かっているのだろう。


「だから、今快適で仕方ない」

「召喚獣に、そういうのいねーのか? ダンジョンの安全確保するような奴」

「いるかもしれないが、俺の仲間には居ないな」


 どこかで見つけられたら……とは思うのだが、まず召喚枠自体がそろそろキツいのもある。

 ……何かしら考えないとダメか。


「苦労してんな、お前も」

「だから、今回はこうして色々と試せるから助かってるよ。俺からしたら、余裕がないからあんまり試す事は出来ないからさ」

「そうか……とはいえ、お前のスライムの扱いに対してヒルデが可哀想だって言ってたぞ。もうちょっと優しく扱えって」

「……そうか? 別に普通じゃないか?」


 その言葉に、ヒルデは首を振って否定する。

 そして、ルイがヒルデが言いたい事を代弁する。


「なんかお前のスライム見てたら可愛く見えてきたってよ。こう、健気でプルプルしてるからかもな。お前のフェアリーもカワイイって言ってたし、ヒルデは庇護欲をそそるのが好きみたいなんだよ」

「そうなのか……ちなみにフェアリー、進化してバンシーになったからデカくなったし強くなったぞ」


 その言葉を聞いて、ヒルデはショックを受けたようにのけぞって膝を突く。

 ……いや、前衛が崩れ落ちるのを初めて見たのがこれでいいのか? すぐに気を取り直してヒルデは立ち上がる。意外と面白い人なのかもしれないな。

 俺の進化というフレーズが気になったのか、ルイが興味深そうに俺に質問する。


「ほー、進化ってどういうのなんだ? デカくなるって成長したわけじゃないんだよな?」

「別種族になるんだよ。フェアリーがフェアリーのまま強くなっても、フェアリーという種族としての強さは超えれないんだ。で、その強さの壁を越えるために精神から変化して違う種族になるらしい。肉体が魔力で形成されているからこそ起きる現象らしいな」

「あー、なるほどな。肉体がないから筋肉が付くとかそういう変化が出来ないもんな」


 進化については色々と情報はあるのだが、実際にその現象に遭遇する人間は少ない。

 自我を持ったモンスターが一定以上の魔力を持って精神に変容を起こすような何かを受けて進化するのだ。その条件を達成できるのは召喚術士くらいなものだろう。


「どうして急に聞いてきたんだ?」

「普通に戦ってるモンスターが進化して強くなるとか、そういうのがあるかと思ってな。警戒しとくべきかと思ったんだが」

「知性があって喋れるようなモンスターなら可能性はあるが基本的に気にしなくても良いと思うぞ」


 そんな会話をしながらダンジョンを進んでいく。

 こうしていると、本当に普通の冒険者となっても楽しかっただろうなと思うが……まあ、無理な物は無理か。


(借金返済が終わったら、仲間捜しをしてもいいかもな)


 いつになるかは分からないが……ルイ達を頼るのもアリだろうし、新しい道を模索をするのもいいだろう。

 そんな未来に期待を持てるようになったことを少しだけ嬉しくなりながら迷宮を順調に進んでいくのだった。


「――おい、なんか走ってくるぞ!」

「え?」

「……ミノタウロスだけど……興奮状態で数匹が向かってきてるよ!?」

「あ、俺の呪いか!」

「そこまで影響力が強いのか!? いや、逃げ切れねえぞ!」

「迎え撃つしかないのか……!」


 ……やっぱり、順調ではないのかもしれない。

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