第55話 ジョニー達は休息する

「――よし、これでどうですか?」

「はぁ、はぁ……た、助かった。ありがとうな……バンシー」

「いえいえ、この程度なら余裕ですよ!」

「……ああ、必要になった頼む。げほっ……じゃあまた後でな」


 そうして、バンシーを送還。

 ……そうして、俺は倒れ込む。他の三人もそれぞれ疲労困憊だ。


「はぁ……ミノタウロスって興奮状態だとここまで面倒なんだね……ヒルデが押し負けるとは思わなかったよ」

「普通に考えて、飛んでくる矢を躱さねえどころか食らっても無視するとは思わなかったぞ」


 さて、ミノタウロスたちの襲撃だが……流石に、ここで躊躇うわけには行かないとバンシーを召喚した。突然のバンシーの登場に驚いていた3人だが、それでもすぐに切り替えてミノタウロス達との戦いを始めたのは流石だ。

 ちなみに戦いは本当に泥仕合だった。ひたすら俺をめがけて武器を振り降ろし突撃して粉みじんにしてこようとするミノタウロス達から俺は必死に逃げ回り、残った全員で一体ずつミノタウロスを足止めして倒す。という繰り返しだった。ミノタウロス同士には連携も何もないのだが、暴走状態であり、正気の状態ではなかったので痛みなどでも止めれず、バンシーの攻撃で全身にダメージを与えてなお動こうとするのはもはやゾンビのようだ。


「呪いってすげえな……あんな状態になったモンスター自体初めて見たぞ」

「とはいえ、連携も何もないから楽だったけどね……アレイ以外は」

「そうだな。アレイ、生きてるかー?」


 俺はもはや力尽きて倒れ込んでいる。

 そりゃそうだ、数匹のミノタウロスが本気で殺しに来るのをずっと逃げていたのだから疲れるのも当然だろう。召喚したバンシーに魔力を取られながら、一撃でも食らっていたら普通に死んでいてもおかしくない状態は精神的にも良くない。というか、何度か気絶しそうになった。


「……なんとか、な……ああ、疲れた……」

「おし、返事が出来るなら大丈夫だな……とはいえ、他のミノタウロスの第二陣が来るかもしれないな」

「呪いといっても、そこまで感知するような物だと思えないから何かしらの理由があるはず。匂いでこちらを嗅ぎつけたのかな? そうなると、一カ所に留まる時は気をつけた方が良さそうだね」


 確かにと全員が同意する。

 ……クソ、魔力消費も併せてかなりしんどい。とはいえ、これ以上休んでいるわけにもいかないだろう。


「……すまん、そろそろ大丈夫だと思う。行こう」


 立ち上がって、歩き始めようとする俺の足取りはスライムよりも重たい。だが、それでも留まってミノタウロスの第二陣が来ることよりはマシだと考える。

 しかし、ルイの表情が俺を見て不機嫌そうになる。どうしたのだろうか。


「アレイ、お前無理してるだろ」

「……大丈夫だ。一気に逃げ回ったからな……ふぅ……ちょっと、息が切れてるだけだ」

「いや、それなら無理をしても仕方ないね。最悪、ここで休憩にしようか」

「……いや、俺のことを気遣わなくても――」


 流石に俺のせいで進行を止めてしまったことを考えると、申し訳なさが来てしまう。

 しかし、謝っている俺に対してルイが思いっきり頭を叩いた。


「いてぇ!」

「謝んな馬鹿。チームを組んで潜った以上はオレ達は一蓮托生だろうが。一人が無理をして全滅するよりは、無理せずに全員で休むんだよ。そんな基本すら分からねえのかよ」

「……そうか、すま……いや、分かった」


 ルイにもう一度睨まれて慌てて言い直す。危うくもう一発殴られる所だった。

 しかし、ルイの言うことは最もだ。無理をして合わせるというのは、確かに重要な場面もある。だが、冒険者はダンジョンという閉鎖環境の中でモンスターと戦うのだ。無理をして死ぬくらいなら慎重なくらいで丁度良い。どうにも、一人の時間が長すぎたせいで仲間との距離感をミスって気遣いすぎてしまったようだ。

 とはいえ、その場で休む程に疲労が酷いわけではない。


「……ちゃんと休める場所までは動けるし、その間はアガシオンとスライムに頼めるから大丈夫だ」

「それなら、ルイにちゃんと場所を見て貰おうか。とはいえ、休むポイントをどうするかだね。通路のど真ん中で休むっていうのは徘徊している奴らが来たときが最悪だしね。とはいえ、この通路の端だと狭すぎるかな」

「だな。迷宮っていうだけあって、開けた場所がねえんだよな。どこまで行っても似たような通路で気が滅入るな、ここ。せめて風景が変わると良いんだが」

「確かにそうだね。他のダンジョンと違って本当に延々と通路が続くから今どこに居るか分からなくなるよ」


 迷宮の中を歩いていて、本当に方向感覚が狂いそうなほどに無機的な通路となっている。

 白い壁が四方を囲み、確かに通路自体は広めだがそれでも風景は一切変わらない。変化といえど時折、モンスターが徘徊しているくらいだ。

 ルイが、先行して道を見る。遠見は使えないが、それでも俺達よりはずっと先まで視界を取る事が出来るからだ。


「……そうだな、こっちの通路のもうちょっと先に十字路がある。そこの端なら休む場所に出来そうだ」

「よし、ならそこまでは歩こうか。そこで休憩で良いかな?」

「ああ、分かった。助かる」


 俺は感謝してから、全員で十字路まで進んでいく。

 やはり、視界が悪く普段以上に見えないと言いながらも索敵や道の把握という面では本職であるルイは見事なもので進んでいくと、確かに十字路になっている場所があった。十字路であるから、最悪の場合の逃げ道も用意されていて視界も広いので野営のポイントとしては十分だろう。


「よし、それじゃあ設置するね」


 そういって、リートはバッグから取り出した魔具を展開する。

 とばりという魔具は、複数人での野営をするときに使われる魔具だ。帷の範囲から外には魔力が漏れず、匂いや気配までも消し去る。なんとも便利な魔具だ。

 ちなみに俺は使っていない。なぜかと言えば、高いからだ。言ってて悲しくなってくる。代わりに、ゴブリンとかスライムなどに警戒をして貰っている。


「それじゃあ、アレイには火をお願いして良いかな? ヒルデに料理は任せたら良いよ。ヒルデの料理は美味しいから、元気が出ると思うよ」

「ああ、分かった」


 何もしないよりは、何かをする方がいいだろうという心遣いだろう。野営で火を使うのは簡単だが重要な役目だ。

 しかしだ……


「ヒルデは料理が得意なのか。意外だな」

「そうだろ? でも、ああ見えてヒルデの野営で作ってくれる料理はうめーんだよ。やっぱり、元気出すのに飯とかも大切だからな」


 褒められて照れているヒルデ。あの全身鎧で、どうやって料理を作るのだろうか? 鎧を脱ぐのか?

 ちょっと気になるので火の準備をしながら観察をするのだった。



 ――観察の結果分かったのは、全身鎧のまま器用に料理をしていた事だ。

 がっかりというよりもむしろ、なんでそんなに細かい作業を全身鎧のままで出来るのだろうかと感心したくらいだ。面白い物を見た。そして、肝心の料理だが……


「うまっ」

「だろー?」


 ルイが自分のことのように自慢げな顔をしている。

 しかし、それだけ言いたくなる美味さだ。ただのスープなのだが、味付けや調理が良いのだろう。


「はぁ……美味い飯を食ってると、落ち着くな」

「携帯食もあるから、欲しければ食べてね」

「ああ、貰おう」


 リートは冒険者御用達の携帯食を渡してくれる。

 言うなら乾パンのようなものだ。日持ちがして割と美味い。スープとの相性も良い。


「どうだ、ちゃんと休んで良かったろ?」

「ああ、そうだな。変な気遣いをした」

「分かれば良いんだよ。ま、次にチーム組んで行く時には気をつけろよ」


 笑顔でそう言いながらルイにバシバシと背中を叩かれる。痛いんだが。

 ……しかし、こうして火の前で温かい食事を取るという行為は先ほどまで極度に緊張した精神状態を和らげてくれる。緊張感は大切だが、それだけだと疲労でまともな判断が出来なくなるからな。ああ、良い時間だ。

 頑張ってくれているアガシオンとスライムは、料理は食べられないので道中で倒したモンスターの魔石を渡している。それで割と満足そうだ。人心地つきながら、迷宮の攻略についての話題になる。


「今、一層目のどの当たりだろうな?」

「正直、僕とヒルデもさっぱりなんだよね……マッピングしているのはルイだけど、どうかな?」

「んー、他のダンジョンと違って目印が無くてな。ざっとした地図しか作ってないけど……少なくとも、感覚的には半分は超えたと思うぞ」

「うんうん、いい勘をしているねぇ。迷宮の一層目の七割程度だよ。迷子にならずにここまで来たのなら優秀な冒険者だ」


 ――誰も気づかなかった。全員がその存在に気づいて、武器を取る。

 それは、勝手にスープを自分で取り分けている。


「ああ、警戒はしなくて良いよ。ちょっと良い匂いがしたからね、興味深くて見に来たんだ」


 目の前に居るその女はそう言って名乗った。


「ふむ、自己紹介をするべきかな? 【血の花園】の魔術師を担当しているエリザというんだ。お見知りおきを」


 ――噂の、怪物がそこに居た。

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