第45話 ジョニーは交流する
「あ、アレイにーちゃん!」
「アレイにーちゃんだ!」
「ねえねえ、ネズミ食べるー?」
「おう、元気にしてたか? ネズミは食わない」
新しく覚えた道を通って貧民窟に顔を出す。
すると、どこからともなくワラワラと子供達が俺の元へ集まってくる。子供たちの喧噪に気づいてか、ルークとシリカもどこからともなくやってきた。
「お、アレイにーちゃん。今日はどうしたんだ?」
「こんにちわ、アレイにい」
「ああ、ちょっとルイに誘われてかなり遠いダンジョンに行く予定が出来てな。それで、しばらくはここを離れるんだけど……お前達の方は大丈夫かと思ってさ」
こうして貧民窟に顔を出している理由は、以前の新参者達からまた狙われていないかを気にしてだ。
あのアジトをぶっ壊して救出してから再起を賭けて捕まえに来るのではないかと考えて、見張りというか護衛代わりに何度か顔を出しているのだが……案外、その気配はない。
「んー、大丈夫だと思うよ。元いたアイツらが普通に金を払えば守ってやるって言い出したし。多分、新参者達は居なくなったんじゃないかなぁ。ルイねーちゃんも不思議そうにしてた」
「まあ、いきなり帰ってきたら態度が軟化してたらな……とはいえ、浚った奴らの残党がいるかもしれないだろ? それに、取ってきた宝物の換金もしたんだよな?」
「うん、ちゃんとお金になったよ。ほら、これ」
そう言ってアジトの中でお金をしまっているであろう場所を見せてくれる。不用心だが、それだけ信頼されているという事かもしれない。
そこには金貨や銀貨、銅貨が混じっているが随分な量が積み重なっている。少なくとも、しばらくの間は平穏に過ごせる位の貯蓄はありそうだ。
「どっかで聞きつけて狙ってくるバカがいるかもしれないからちゃんと隠しておけよ? ……それで、どこで金に換えたんだ? 宝石とか足が付くから金にしづらいだろ」
「最近、仕事くれるっておじさんがいてさ。その人に聞いてみたらお金にしてくれたんだ」
「……それって、どんな奴だ?」
めちゃくちゃ怪しい。
貧民窟の子供は警戒心が強いはずだと思うが俺に対する懐き方を考えるとちょっと不安になる。もしかしたら、騙されているのではないかと思ってしまう。
「ストスが紹介してくれた借金取りって人。ルイねーちゃんの知り合いだし、大丈夫だろうって。まあ、実際に顔を合わせたことはないんだけどストスが取り次いでくれてる」
「……あー、なるほど。それなら大丈夫か」
何やってんだあの借金取り。
とはいえ、子供たちに仕事が出来るなら良いことだ。それを換金しているらしい事も含めてありがたいのだが。
「それで、どんな仕事だ?」
「んー、色々貧民窟で任せたいって。捜し物だったり届け物とか。まあ、そんな難しいことは頼まれなさそう」
……ふむ、俺に頼んでいたような仕事を任せるような形か。
信頼できるか出来ないかという話もあるが……まあ、それはあの借金取りが考えるだろう。
「分かった。それじゃあ、俺とルイがしばらく顔を出せないけどなんとかなりそうだな」
「うん。ありがとうな、アレイにーちゃん」
「アレイにい、ありがとう」
そう言って二人は頭を下げる。
「別に頭なんて下げなくて良いさ。子供が気にすることじゃない。それよりも、今度は捕まるなよ?」
「うん、分かってる。もうスライムに飲み込まれるのもイヤだからね」
思わず最初の出会いを思い出して笑ってしまう。ルークも、同じように笑っていた。
何のことか分からず首を捻っているシリカや楽しげな空気を感じて集まってきた子供たちに別れを告げて、俺は次の場所に行くのだった。
「どうも、召喚術士さんー。今日はどうされました?」
「アレイです。ちょっと報告というかダンジョンに行く予定が出来そうでして」
ここ最近は、別にダンジョンに出るわけでも依頼を受けるわけでもなかったので久々に冒険者ギルドに顔を出した気がする。
周囲の喧噪は相変わらずで……ん?
「なんか、周りの奴からの視線感じるんですけど」
「ああ、噂になってますからねー。召喚術士さん」
「……噂?」
一体どんな噂だ? と考えて脳裏に浮かんでくるのは……
ここ最近の騒動のことで目を付けられたのか、もしくは貧民窟で見かけたとかの可能性も……何で噂になってもイヤだな。しかし、こうしてジロジロと見られて注目されているのも据わりが悪い。聞いてみるか。
「それで、噂ってなに言われてるんですか?」
「え? リートさん達のパーティーについに加入するって噂ですけど本当だったんですか?」
「いや、しませんけど。なんでそんな噂に」
その言葉に、周囲が突如としてざわつく。こっちに聞こえてくるぐらいに口々に何かを言っている。
なんとか聞き分けてみると内容としては……「やはりモンスター好きを拗らせてる」「いや、これは間違いなく人嫌い」「とんでもない女好きだからルートが嫌なんだ」という根も葉もない噂。というか、噂になるなら借金の方がマシじゃねーか。
「おい、根も葉もない噂をするな! しかも本人の前で!」
「ああ、召喚術士さん。こういうのは相手にしない方が良いですよー? 気になるようでしたら、ちゃんと私が責任を持って噂を抑えておきますからね-?」
と、そんな優しい言ってくれる受付嬢さん。
……なんか、嬉しいんだが普段はやけに飄々としているこの人が素直にこういうのは気になるな。純粋に思っての行為だとしたら申し訳ないが、この人がそんな殊勝なタイプに思えない。
「……なんか隠してません? 俺に対して」
「いいえー? それよりも、ダンジョンってどのダンジョンに行くんですか? わざわざ声をかけるなら、近場じゃないですよねー?」
「ええ。確か、不可侵迷宮って呼ばれてるダンジョンです。そこにルイ達に誘われて行くつもりなんですが」
その言葉に、難しい顔をする受付嬢さん。
「ああ、あの迷宮ですか……うーん」
「……もしかして、何かマズいですかね?」
「そうですね、ちょっと困っています」
そう言って真剣な表情を見せる受付嬢さんに、俺も釣られて息をのむ。
あの受付嬢さんにここまで言わせるとは、迷宮とは一体どんなダンジョンなんだ。
「そっちの方面で任せる依頼がなくて……このままだと、召喚術士さんがただ迷宮に行ってしまうだけになってしまいます」
「……いや、それでいいんですけど」
「えっ、いいんですか? あの金のために命を捨てる召喚術士さんがですか? トラブルを愛してトラブルに巻き込まれないと満足出来ない体質ですのに?」
「俺のこと、そんな認識だったんですか?」
酷い発言を聞いてしまった。聞かなきゃ良かったよ。どういう認識なんだこの人。
とはいえ、実際余裕もなければ借金の返済期限ギリギリだったので命知らずだったから事実ではあるので否定がしにくい。
「最近は余裕があるんで無理をする必要が無くなったんですよ。まあ、いい依頼があれば受けますけど」
「では、何か面倒くさそうな依頼があったら頼みますねー。それで、迷宮に挑むと言うことでこちらで手続きをしていいですかー? しばらく、こっちに帰って来れませんよねー?」
「ええ、お願いします」
そう言って書類を書き込み始める。
色々と遠い場所のダンジョンに挑む際には管轄などの問題で手続きが居るらしい。面倒だが、これがないともっと面倒なので仕方ない苦労というわけだ。
そして、書き終わった書類を封筒に入れて俺に渡してくれる。
「これをどうぞー。これを向こうの冒険者ギルドに見せれば、ちゃんとこちらと同じサポートが受けられますからねー。なくすと挑めないので気をつけてくださいー」
「分かりました。ありがとうございます」
「いえいえー、では良い冒険をー」
笑顔で受付嬢さんに見送られながら事務処理を終える。
冒険者ギルドを出て、今日やっておくべき事を脳裏で考える。さて、残ったやることといえば……
「なあ、ちょっといいか?」
と、外に出るとガラの悪そうな冒険者の一人が俺に声をかける。
……警戒をする。こういったことは初めてだが覚悟はしていた。やはり、目を付けられる日は来ると思っていた。召喚符に手を伸ばして聞き返す。
「なんだ?」
「……」
俺をじっと見る。そして、その男は目にもとまらぬ速度で――
「教えてくれ! お前が一人で冒険者やってる理由はなんなんだ!?」
……えぇ。
頭を下げて聞いて来た。しかも、とんでもなく姿勢が良い。強面のゴリラみたいな男がこんな頭を下げるシーン、前世でも見たことがないと思うぞ。
「……ええっと、なんで聞きたいんだ?」
「あんたがパーティーを組まずにやってる事情でここの冒険者ギルドでは賭けをしてるんだが……期待値だけ上がって、そろそろ誰かが聞いて結果を知りたいんだ。しばらく離れるんだろ? そうしたら答え合わせも出来ねえからさ。誰が聞くかっていうことでポーカーで俺が負けたから聞きに来たんだ。他人の事情を詮索するなんて悪いけど、教えてくれねえかな?」
めちゃくちゃ真面目な顔をして、バカじゃないのかと思うようなことを言ってくる。俺をどうしたいんだよ。とはいえ、そういう仲間内での賭け事が楽しいのは分かる。
というか、冒険者ギルドっていったいどこまでの人間が賭けを……と、ふと気になって聞いてみる。
「俺の担当の受付嬢さん、賭けてる?」
「ん? ああ、賭けてるらしい。冒険者じゃなくて受付さん同士らしいが」
「どういう噂に賭けてた?」
「確か……モンスター愛好者説だった気がするな。大穴狙いで」
……なんとなく理解した。
やけに優しかったのは、俺が下手に話をして借金だという事情を明かすことで賭けに負けてしまうことを誤魔化そうとしてたのだろうということも。なので、俺は迷いなく大声で中にも聞こえるように答える。
「借金だ! その返済でソロ冒険者として頑張ってる! というわけで、遠慮無く賭けに負けた奴らから取り立ててくれ!」
「おお、借金か! よし、俺は当たりだ! 助かった、ありがとうな召喚術士!」
そう言って笑顔で走ってギルドの中へ飛び込んでいく強面の冒険者……なんか面白い奴だったなぁ。顔が怖いからノリの軽さがギャップで面白い。
そして、ギルド内から歓声と悲鳴の叫びが聞こえてくるのを聞きながら、俺は歩き出すのだった。
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