迷宮攻略編

第44話 ジョニーは誘われる

「――珍しいダンジョン?」

「そうそう。アレイは興味ないか?」


 先日の騒動から、一段落して数日後。俺はルイと酒場で食事をしていた。

 話は、この前の依頼で依頼人に気に入られた事で大騒動に巻き込まれたと言うことだった。だから予定の三日で帰るよりも遅くなったのだという。とはいえ、そこまで切った張ったな危険のある騒動ではなかったらしく冒険者の知り合いが増えて色々と話を聞けたと満足そうだ。

 そして、報酬にも色を付けて貰って帰ってきたので俺に奢ってやると酒場にやってきて食べているのだが……突然のそんな誘いだった。気になり、詳しく聞いてみる。


「興味はあるが……珍しいってどんなのだ?」


 ダンジョンは様々なバリエーションに富んでいるが……それでも、大枠は同じだ。幾つもの部屋に分かれ、進んでいき奥の部屋から他の階層に渡っていきダンジョンの核のある部屋のボスを倒す。

 だから、変わったダンジョンというのはあっても珍しいダンジョンというのは聞かない。そこから外れたダンジョンというのは基本的には淘汰されてしまうものらしい。


「オレも聞いただけだから、実際にどんな感じのダンジョンなのかは知らないんだけどな……なんでも、誰も最奥に到達したことのないダンジョンらしいんだ」

「誰も到達したことがないって……それはただの未到達ダンジョンじゃないのか?」


 発見されていて、最奥への到達が誰も達成されないダンジョン。

 つまりは、最高難易度のダンジョンというわけだ。モンスターは冒険者達を圧倒するほどに強く、最奥に辿り着く道中は冒険者達を決して進ませないという罠で作られ、守護者はもはや人知を超えた怪物が跋扈するダンジョン。

 一説には育ちきったダンジョンがさらなる進化を求めた姿とも言われ、その攻略や情報に対して高額の報奨が賭けられている物もある。まあそれはいいとして。


「いや、それが珍しい理由なんだよ。なにせ、生還率がとんでもなく高い。入ってきた冒険者の殆どが生還してるんだ」

「……どういうことだ? 未到達ダンジョンなんだろ?」


 未到達ダンジョンの生還率というのは基本的に三割程度だ。銀等級以上の冒険者しか挑めないという制限を設けた上でその生還率だからどれだけ危険なのかが分かるだろう。それでも、冒険者達にとっては誰も到達出来なかった未到達ダンジョンを攻略したという栄誉は挑むだけの価値があるものなのだ。

 だというのに、殆どが生還しているとなると尚更、未到達ダンジョンである理由が分からない。


「なんでも、最下層に挑んだ人間の殆どがこう言ってるんだってさ。気がついたら、いつの間にか最下層に居たはずなのに一層目の入り口に戻されていたってな」

「……ふむ?」

「それで、再度最下層の攻略に時間も食料も足りないから帰還するってなるらしくてな。だから帰還率も高い。それが一人や二人じゃなくて、帰ってきた殆どの冒険者がそういうせいでダンジョンにはこんな名前が付けられたんだ」


 誰も攻略できていない、謎のダンジョン。それだけですでに俺の気持ちは傾いているのにルイはニヤリと笑い、そのダンジョンの名前を告げる。


「誰も攻略の出来ない【不可侵迷宮】だってな」


 ――なんともゲーマーの心を揺さぶる魅力的な誘いをするのだった。



 さて、その魅力的な提案だったが……いったん答えを保留して、俺は屋敷に戻ってきた。

 返事は明日までにすると答えていたので、明日いっぱいまでは待ってくれているだろう。そして、屋敷に帰ってきて声をかける。


「ただいま」

「お帰りなさいませ、アレイ様」

「イチノさん? もしかして、何か用事ですか?」


 珍しいことに、イチノさんが屋敷の出入り口で出迎えてくれた。

 基本的に屋敷の中でティータの面倒を見てくれていることが殆どだ。だから、用事が無いときに呼ばれない限りはわざわざ出迎えなんてしないのだが……


「いえ、私に用事はありません」

「それなら、なんで……」

「お兄様、お帰りなさい!」


 すると、イチノさんの背後からティータが走ってくる。

 驚いている俺の体に抱きついて、笑顔を見せるティータ。突然のことに思わず驚いてしまう。


「ティータ!? 体の方は良いのか?」

「今日は調子がいいんです。だから、お出迎えをしようって思って!」

「……そうか、ありがとうな。もっと元気になったら外でピクニックでもしよう」


 そういって頭を撫でる。

 ここ最近は、常に屋敷の中で過ごしていたからティータとの時間も多く取れていた。そのおかげか、最近はティータも随分と心を開いてくれた気がする。

 まだまだ外に出て動けるほどではないようだが、それでも徐々に体調は落ち着いているらしい。とはいえ、咳き込むことも多ければ立ち上がれないような日もある。詳しい病状は分からないが、


「お兄様、今日はどこへ行ってきたのですか?」

「前に屋敷に来た友達と話をしてたんだ」

「あ、覚えています! あのカッコイイ冒険者さんですよね!」


 嬉しそうなティータに、ルイから聞いた冒険の話をする。

 こうして、俺から話をすることが殆どだが最近では自分からティータも会話をしてくれるようになった。


「――迷宮! 凄そうですね……」

「ああ、楽しそうだよな。それで友達から、一緒に行かないかって誘われたんだが……」


 そう言ってから俺はティータの表情を見る……少しだけ寂しそうだ。

 それはそうだろう。確かに、お世話をしてくれるイチノさんはいるがあくまでもお手伝いとしての仕事でだ。普段は一人きりで家に籠もり、頼れる家族もいない。ここ最近の交流で、ティータには随分と寂しい思いをさせてしまっていたと反省をしていた所だ。確かに、ダンジョンに行く必要はある。だが、今回のダンジョンはどうしても遠出になってしまい帰ってくるまでに期間が開く。だから、ティータ次第では断ろうかと考えていたのだ。


「まあ、今までと違ってかなり遠いダンジョンになるからな。帰ってくるのに半月以上は掛かるだろうから、今回は……」

「――お兄様、私のことを気にしているのなら……私は大丈夫ですよ」


 突如として、そんなことを言うティータ。

 驚く俺に、分かっていると言わんばかりに笑みを浮かべている。


「やっぱり……お兄様は優しいですから、私のことを気遣ってくれたんですよね? 確かに、しばらく会えないのは寂しいですけど……それでも、冒険に行って楽しそうに帰ってくるお兄様を見るのは凄く嬉しいですから。私のせいで我慢をしないで欲しいです」

「ティータ……」


 ……なんとも兄思いな妹を持ったものだと感動する。

 それに、ダンジョン探索自体は計画していたのだ。何せ、貰った地図のダンジョンは冒険者ギルドに渡して報告をして調査が進んでいるからだ。これで、未確認のダンジョンだと確認が取れれば俺が優先的にダンジョン探索を出来る事になるのだが……その難易度は未知数。拍子抜けするような簡単なダンジョンの可能性もあれば、それこそ銀等級や金等級が目指すようなダンジョンの可能性もある。

 ここ最近、騒動にこそ巻き込まれてはいたがダンジョンに潜っていないから冒険者としての感覚はどうしても鈍ってきてしまう。


(だから、今回の提案は本当にちょうど良い機会なんだよな)


 そろそろダンジョンに潜って勘を取り戻しておきたいが、あまりに難易度が低いと意味が無い。近隣のダンジョンは攻略が活発なのでどうしてもモンスターも弱くなる。

 そういう意味では危険度は高すぎないが敵はほどほどに強いであろうダンジョンだ。だから、ティータに後押しをされた事で俺の気持ちは完全に固まった。


「ありがとうな。それなら、ダンジョンに行ってくる。帰ってきた時のお土産、期待しててくれな」

「はい。頑張ってきてくださいね、お兄様」

「ああ。良い土産話をしてやるからな!」


 そして、俺はティータを部屋に連れて行ってから自室に準備をしに戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る