第43話 ジョニーとリザルトその3

 ――次の日、俺は子供たちのアジトで目を覚ます。

 光は差し込まないが、それでもじんわりとした明るさが朝を伝えてくれる。薄暗い貧民窟にも、変わらず朝日はくるようだ。


「にーちゃん、おはよー!」

「何か食べる?」

「ネズミ捕まえたよー! 食べるー?」

「……いや、大丈夫だ」


 すっかり懐かれた俺は子供たちから熱烈な歓待を受けていた。元々、ルイの友達だという要素も俺に気を許すポイントだったらしい。まあ、嬉しいがネズミの丸焼きを食わせようとしてくるのは辞めて欲しい。

 体中が痛いし、怪我もしているが重篤なダメージは受けていないようで治療費も掛かりそうにない。そういう意味では一安心だ。子供たちのアジトは、幼い頃に作った秘密基地を大規模にしたような場所だ。色々な廃材を組み合わせて住むのに支障がないほどに作り上げられている。


「それで、いいの? 持って帰らなくて」

「ああ。お前達だって金はいるだろ? それに、欲しいものは貰ったからな」


 宝石やら貴金属のような換金が必要そうな物に関しては、全て子供たちの手元に残した。

 確かに換金すればそこそこな価格になりそうだが、その手間やらリスクを考えてもあまり欲しい物ではない。

 その代わり、興味深い物があったのでそちらを貰ったのだ。


「でも、そんな汚い地図で良かったの?」

「ああ……場合によっちゃ、俺にとってはそっちの宝石よりも価値があるかもしれないからな」


 そう言って開いたのは、数枚の地図だ。

 そこに書かれている文字に関しては子供たちには読めないようだが……チェックされた場所には発見した日時。それと、規模を記している。

 ――ダンジョンの場所を記した地図。それも、まだ冒険者ギルドによって発見されていない未発見ダンジョンであろう物だ。


(元冒険者なら、未発見ダンジョンの価値は分かってるだろうからな。それを持っていた時点でここに書かれた情報は間違いない可能性が高い)


 冒険者ギルドが把握していないダンジョンは幾つもある。

 その中でも、未発見であり誰も踏破されていないダンジョンというのはそれだけ魔力をため込み強力な守護者が待ち受けているダンジョンになっている。

 そして、それに見合うだけの貴重な資材や魔具、魔石が手に入る。


(一攫千金……そして何より、冒険者ギルドに報告をすれば最初の攻略優先権が貰える)


 期日はあるが、しばらくの間は発見者パーティーだけがダンジョンを攻略できる。

 ――期待はそれだけではない。未発見と言うことは、未踏破のダンジョンであることが殆どだ。そして、未踏破のダンジョンは魔力が潤沢すぎてエラー個体が多く生まれる。


(新しい契約のチャンスもあるわけだ!)


 ――そこまで考えてから、とんでもないことに気づいた。


「……あ、枠が足りて無くないか?」


 召喚術士が持てる召喚符の数は実は決まっている。

 全部で七枚。これ以上の契約をする場合初期の契約が破棄されてしまう。無尽蔵に契約を出来るわけではないのだ。

 その事も考えないといけないのか……


「むむむ……」

「アレイにーちゃん、難しい顔してるー」

「なにしてるのー?」


 子供たちに好き勝手もてあそばれながら、俺は降って湧いた報酬の取らぬ狸の皮算用に頭を悩ませるのだった。



 ――しばらく考えてから、答えが出ないと考えて俺は貧民窟から屋敷への帰路についた。

 ルーク達からはいつでも歓迎すると言われて、俺もまた顔を出すと約束したところで今までに比べて交友関係が増えたもんだなぁと自分なりに思いにふけりながら屋敷に到着して……


「……イチノさん?」

「どうされましたか? アレイ様」


 屋敷の前で待っていたイチノさんに顔を合わせて……何やら寒気を感じた。

 いや、何がおかしいというわけではない。いつも通りなのだが……なんだろう? 雰囲気が怖い。ピリピリしているというか……ううむ、言葉にしづらい


「いや、なんか……いえ、なんでもないです」

「そうですか。フェレス様がお待ちです」

「わ、分かりました」


 慣れ親しんだはずの道を、まるで初めて歩くかのように俺は緊張して借金取りの待つ部屋まで案内される。

 部屋に通されるとそこには……


「やあやあ、アレイさん。お仕事ご苦労様でした。簡単なアルバイトでしたけど、お待たせして申し訳ありませんね。ちょっとこちらもバタバタとしていたせいでどうにも中々戻ってくることが出来なくて」

(……安心した。こっちはいつも通りだ)


 まさかどっちもピリピリしてたら緊張で胃が痛くなっていた所だ。


「いえ、気にしないでください。俺も休暇だと思ってゆっくりしていましたし」

「それは良かった。ストスは使える男ですし、魔具に関しては彼を頼るのがいいでしょうね。あれは鑑定眼が優れていますので。魔具の鑑定結果に関しては嘘をつきません。表なら強制的に買い取りになるような魔具を自分の魔具として所有することも出来ますので」

「……ああ、なるほど」


 そういう意図だったのか。

 てっきり売る一辺倒で考えていたが、ダンジョンで見つけた魔具の鑑定をしてそれが禁制品だったとしても自分で使うことが出来るからというわけか。意外と俺の冒険者としてのことを考えてくれていたようだ。


「分かりました。ありがとうございます」

「いえいえ。持ちつ持たれつですからね。それで、報酬ですが……まずは借金返済の猶予を伸ばしましょう再来月でいいですよ。あまり締め付けても返って損をしますからね」


 それは助かる。

 やはり、借金にしばらく終われないだけでも随分楽になる。


「それと、報酬として……これでどうですかね?」


 そうして渡された1万ゴルド……1万!?


「こんなに!?」

「ええ。わざわざ貧民窟なんていう場所に現役の冒険者を踏み込ませたので、それだけの金額は必要になりますからね。適正な値段だと思いますよ」

「……な、なるほど」


 そう言いつつも、借金の返済も考えて想像以上に貰った事で驚きを隠せない。

 ……これ、借金取りの部下になれば借金返済は……いやいや。


(それはマズイだろ。変な方向に考えるな俺)


 そう自制して、借金取りに他に何か無いかを尋ねてみる。


「ありがとうございます。それで、他に何かありますかね? 俺がやることって」

「ふうむ……まあ、手伝いはしばらくはないですかね。まあ、これも突然のことだったので」

「そうですか……じゃあ、俺はティータの所に行くんで失礼します」

「ええ。それでは次回の返済を楽しみにしていますよ」


 そう言って笑顔で見送られながら、部屋を出る。


(……なんだか激動だったな)


 貧民窟に出向き、戦ったり友達が出来たり……苦労はしたが充実した時間を過ごせた。

 さて、まだやることは多い。


「地図のダンジョンをギルドに報告して、ルイが返ってくるだろうから迎えに行って……ああ、貧民窟にも顔を出して、ティータにまた話もしてやらないとな……アガシオンの宝箱の修理に、他にもなんかあるよな……」


 なんだかアルバイトが終わったというのに、やることが増えたような……

 そんなことを思いながら、まずはどれから手を付けるか考えながら自室に戻るのだった。



「――イチノ」

「はい」


 アレイが去ってからしばらくして、フェレスとイチノは人の気配がなくなったことを確認して会話を始める。


「報告を」

「はい。貧民窟で冒険者達の殲滅せんめつを完了しました。また、書類も回収致しました」

「確認しよう」


 受け取った書類の内容を見ながら頷く。

 そして、少しだけ表情を柔らかくする。


「――それで、現場でアレイくんに出会ったそうだね」

「はい」

「どうだった?」


 その質問に、少しだけ悩みながら答えるイチノ。


「冒険者としては優秀でしょう。ですが、弱点も多い。少なくとも、あの屋敷での状況で何度かトドメは刺せました」

「なら、手加減をしたのかい?」

「……いえ。確実に捕縛をするために本気で挑みました。魔獣使いと見誤ったことを考えても、正体に気づくまで掴みきれなかったのは彼の実力です。潜伏させていた部下を一人無力化したのも、実力によるものです」


 その言葉に満足そうな表情を浮かべるフェレス。


「ならよかった。これから大変になるだろうからね」

「はい」


 そういって、フェレスは自分の持っていた書類に火をつけて燃やす。


「アレイくんには、自分の力で守れるようになって貰わないとね。それまで、頼むよ?」

「お任せください」


 書類に書かれているリストには、誘拐して売買した商品リストが羅列されていた。魔物、魔具、人……様々な名前が並んでいる中に、書かれている名前。

 それは、ティータの名前だった。

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