第42話 ジョニーは逃げ果せた

 貧民窟の外。暗い路地の中で待っていたルークは突如としてとんでもない音を聞いて思わず集合地点まで駆けつける。

 まるで悲鳴のような音に、万が一すらも考えてやってきた敵の隠れ家を見て……それに、呆気にとられる。


「……屋敷が、壊れてる……?」


 隠れ家として作られていた屋敷は天井が打ち破られ、崩れかけていた。

 崩壊こそはしていないが、それでももはや見る影もない。そして、ルークは周囲を見渡して気づく。


「――お前達! 無事か!?」

「ルーク?」

「ルークだ!」

「みんな、ルークが来てくれたよ!」


 そこには、捕まって行方知れずになっていた貧民窟の子供の仲間達が屋敷の方角を見守っていた。

 ルークに気づいて一気に集まる。隠れ家に居た奴らに見つかるのではないか……と思ったが、あの惨状であればこちらに構ってる余裕はないだろう。


「でっかい合図って、これのことだったのか……? アレイのにーちゃんは!?」

「えっと、助けに来てくれた人?」

「まだ中に居ると思う……」


 その言葉に、屋敷を見る。今まさに、崩壊した天井から何かが飛び出したように見えるがアレイの姿は見えてこない。

 助けに行くべきか。それとも、このまま逃げた方が良いのか。普段であればルークはすぐに逃げ出していた。でも、あのお人好しでどこか頼りないのになんとかしてくれそうな青年を見ていると見捨てられなかった。


「……行かないと!」

「おにい……」


 そう言って裾を掴むのは、妹分であるシリカだ。

 ルークはその掴んだ手を見て冷静になる。ここで、助けに言っても自分一人ではなんともならない。だから、ちゃんと全員を逃がしてからの方がいい。

 後から助けに行く。そんな誓いを心の中でしながら全員を連れて撤退をしようとして……突如として扉が開く音が聞こえた。


「もしかして、奴らが出てきたのか!?」

「あ、あの人……!」


 玄関が開いて歩いてきたのは……ボロボロになったマスクを付けた一人の青年だった。怪我をしているのか、見覚えのない少女に肩を貸されている。

 ルークはその姿を見て一目散に駆け寄る。その姿に間違いなかった――


「アレイにーちゃん!」

「……ああ、ルークか。すまん、待たせたな」


 すっかりとボロボロになった、アレイを見て涙をにじませながらルークは一緒に逃げ出すためにアレイの体を支えるのだった。



 ――バンシーに肩を貸して貰いながら出てきた俺に、ルークと他の子供も体を支えて歩く助けをしてくれる。

 まるでどこかの王様にでもなった気分だ。王様がこんなに怪我だらけになるかどうかは別として。


「召喚術士さん、本当に無茶ばかりをして……! 毎回怪我をして、こっちも凄い心配をするんですからね! 聞いてますか!? いつも自分から危険な方に……」

(あー、子供たちは無事だし元気そうだな……まあ、それなら怪我をした意味はあった)


 バンシーの小言を聞き流しながら、あの後に何が起きたのかを思い返す。

 召喚したバンシーによる声の一撃は天井をぶち破った。そして、破壊された屋根や天井の廃材が落下してきたのだ。その影に隠れて逃げようとしたのだが、運悪く俺はわりかし大きい破片が落ちてきて躱せずに直撃してしまった。

 このまま追撃されれば絶体絶命……と思いきや、何故かあのマントに身を包んだ怪人はこちらを一瞥するとそのまま破壊された天井から逃げ出していった。


(アジトが破壊された上で、子供も逃げたから形勢が悪いと感じたのか……それとも別の理由か……)


 それは俺にうかがい知れる事ではない。

 ただ、なんとなくだが……あの男が本気を出していないような気がした。


(……本気で狙われていたらヤバかった)


 運が良かったと安心するしかない。

 そして、子供たちを見て声をかける。


「ルーク、これで全員か?」

「うん、アレイにいちゃん。それにしても、アジトをぶっ壊すなんて驚いたよ!」

「まあ、俺も予定外だったんだよ……本来の予定なら、抜け出してから陽動のために上空に爆発をする予定だったんだけどな……」


 アガシオンの魔具を利用して花火を上空に打ち上げ、それを目印にするつもりだった。

 しかし、それも余裕がなくなって天井をぶち抜くような方法になってしまった。


「いや……あれで良かったよ。俺達をいじめてた奴らの場所が、ぶっ壊されたの……なんだろ。スカッとした」

「うんうん! 凄かった!」

「全部壊して良いよ!」

「無茶言うな。あれでもう俺は限界だよ。他の奴らがどうなったのかは分からねえからさ」


 口々に好き勝手言う子供たちに苦笑しながら、背後を気にする。子供の救出が目的だったから良かったが、他の冒険者達がやってくる可能性はある。警戒をしなければ。

 バンシーが俺の懸念に気づいてか小声で耳打ちする。


「大丈夫ですよ。後ろに生きてる人間の音は聞こえてきません」

「そうか……そこまで分かるのか?」

「流石にそこまで離れた場所まで分かるわけじゃないんですけど……あの家から、人間の呼吸する音一つないですから。少なくとも、こちらを追いかける距離には居ませんよ」


 なるほど……それなら良かった。


「んじゃ、戻るか……俺はどうするかな……このまま返ると心配させそうだし……」

「じゃあ、アレイ兄ちゃん。俺達のアジトに来なよ。怪我もちょっとくらいなら手当出来ると思うし、ちゃんと兄ちゃんにお礼をしたいからさ」

「お礼って言っても金ないだろ? 捕まってたんだから、そこまで別に気にしなくても……」


 と、そこまで言って子供たちがニヤニヤと俺を見て笑っているのに気づく。

 全員、自分の懐に手を入れて何かを取り出す準備をしている。もしや……


「……まさか」

「よし、みんな! 見せて見ろ!」

「「「はーい!」」」


 そう言って出したのは……書類だったり、金品だったり、それぞれが貴重そうだと感じたのであろうあのアジトに隠してあった物だった。


「……お前ら」

「へへ、逃げれるならちゃんと何か持ってこないとね!」

「貧民窟の流儀だよ!」

「それに、いい人からじゃなくて悪い奴から盗んだから、ルイねーちゃんだって許してくれるよね!」


 楽しそうにいう子供たち……というか、あれだけ弱っておきながら逃げ出せると分かってから俺の指示で逃げるときについでにそんな行動を取るとは……


「……本当に貧民窟の子供ってのは強いな」

「でも、兄ちゃんの欲しいもの全部上げるよ。それだけやってくれた恩人だからさ!」


 ルークの言葉に、なんと言えばいいか分からず曖昧な笑みを浮かべる。

 ……まあ、良さそうなものだけ貰っておこう。そうして、俺は子供たちのアジトまで一緒に行くのだった。



 ――アレイ達が子供たちの隠れ家に行っている中、貧民窟に存在する魔具店で動きがあった。

 店主であるストスが魔具を手入れしていると、突如として扉が開く。


「おや、いらっしゃい。どなたで……ああ、貴方ですか」


 そして入ってきたのは……仮面にマントを身につけた怪人。

 それは、アレイと大立ち回りを繰り広げ、逃げ出していった男だった。しかし、そんな男に対してストスは顔見知りなのか警戒せずに会話をする。返事のない男に違和感を感じたのか、そちらに視線を向ける。


「それで、どうされました?」

「――」

「魔具の使い方は教えたとおりですが……少なくとも、手入れをしていますし性能不良などは無いと思いますよ?」


 ストスの言葉に返事を返さずに、そのまま目の前まで歩いて行った男は……ストスの首を掴み、宙づりにする。

 首を絞められ、折られそうなほどに力を込めて握りしめられ苦悶の表情を浮かべるストス。


「がはっ!? ぐっ、な……なに、を……?」

「説明をして貰うぞ」


 そうして仮面を外した男の声は、突如としてしわがれた声から全く違う若い女性の声へと変貌する。

 仮面を外した顔はアレイもよく見た顔……借金取りであるフェレスの部下であり、ティータの面倒を見てくれているイチノだった。


「な、なにを……かな?」

「何故、あそこにアレイがいた。お前なら事情を知っているだろう?」

「さ、さあ……ぼく、には……さっぱり……」

「私たちが始末を付ける日時を知っていたのはお前だけだ。お前以外があのタイミングで奴らのアジトへ手引きを出来る日を指定出来るわけがない。それに、アレイが知るとして情報源はお前以外に居ない。知らぬ存ぜぬを繰り返すならお前も処理をする」


 その言葉に観念したように、顔を青くしながら頷くストス。

 すると、首を掴んでいた手を解放される。咳き込みながら、なんとか態勢を立て直すストス。


「……げほっ……いやはや……まあ、教えたのは僕だけど……おかしいな、君たちが奴らに対して処理をするのは明日のはずだろう? 彼らが君たち……いや、フェレスかな? 都合の悪い何かを持っている。だからそれを取り返すついでに潰すって話だったと思うんだけども……」

「本当の日時をお前に伝えるわけがないだろう」

「なるほど……それなら不幸な行き違いだ。君たちと彼を鉢合わせる気はなかったんだ。僕に伝えられた日時よりも一日早いとはね」


 それだけは本心だという視線で伝えるストス。

 内容に興味はないのか、マントを外すイチノ。外したマントはまるで自立した生物のように一人でに離れて丸くなる。


「まあ、その様子だと奴らは全滅か。まあ、不幸だね。本来なら君たちみたいな暗殺者集団に狙われる予定なんてなかっただろうからね。ああ、それでどうだったかな? その魔具は。僕のコレクションでも有数でね。声を変えるマスク程度はいくらでもあるが、その生きたマントは魔具としては貴重な物なんだ。マント自体によって体格の大きさまで変化するのは本当に凄い能力だと思わないかな? まあ、それだけ使いこなすのは難しいけども――ぎあっ!?」

「騒がしい」


 その次の言葉を言う前に、突如として右目に激痛が走ってストスは踞る。

 そんなストスを、イチノは冷たい目で見下ろしていた。


「フェレス様から貴様は殺すなと言われている。だが、こちらの邪魔をした以上は報復は受けてもらう」

「ぐっ、うう……」


 呻くストスの右目は完全に潰されて光を失っていた。


「アレイを使って、フェレス様を出し抜こうとした罰だ」

「……はは、高い……勉強代に……なったね……」

「次はない」


 そう言って、魔具店を出て行くイチノ。

 そして、一人になったストスは目から血を流し痛みに悶えながらも笑みを浮かべる。


「――ああ、失敗だったけど……まあいいか……これで、義眼の……魔具を試せる……まさか、自分の体で試せるなんて……ふふふ。自傷する……趣味はないけど、ぐっ、ふぅ……不可抗力なら……仕方ない……ははは」


 ――そんな、彼以外の誰が聞いても狂っているとしか思えない言葉を吐きながら血を流し店に置いてある魔具を取りに行くのだった。

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