第41話 ジョニーは苦戦する

 マントに身を包み、体の動きが見えない男は仮面の奥の表情が見えないまま俺をじっと観察する。

 侵入してきた俺を値踏みしているのか、それとも俺の戦い方を読み取るために観察しているのか。


(……よし)

「に、逃げろ!」


 あらかじめ逃げ出す前に決めていた合図を出すと、子供の一人がそう言って叫ぶ。

 ……そして、俺の立っている後にいた子供たちが飛び出して逃げ出す。


「――」


 仮面の男は、俺の横からいきなり飛び出して逃げていった子供たちに一瞬視線を動かす。

 その瞬間に、俺はアガシオンに魔力を送る。それを受けて、地下に潜る前に家具の一部のように擬態させていたアガシオンが魔力を込めて放った。

 完全なる死角から、魔力のつぶてによる攻撃。その攻撃は散弾のように男に襲いかかり直撃を――


「えっ、嘘!?」

「伏兵か」


 ザントマンの驚きの声。それはそうだろう。なにせ、男は背後から魔力の気配を感じた瞬間に文字通り、空を駆けたのだ。

 ザントマンの放ったつぶてを宙返りで翻すようにして回避する。これが戦闘中でなければ拍手しておひねりでも投げたいほどだ。そして、反撃とばかりにそのまま飛びかかってアガシオンの宝箱に蹴りを放つ。


「ひゃあっ!?」

「……堅い」


 まるで鋼同士を打ち合わせたような轟音と共に弾き飛ばされていく。

 アガシオンの入っていた宝箱には、まるでハンマーで殴ったかのような跡が残っていた……あれを直接食らったら間違いなく死ぬな。アガシオンの宝箱が頑丈で良かったと安心するべきか、あの足が俺に向けられる未来を恐れるべきか。

 それにしても厄介だ。先ほどから、いくら観察していても男の動きが全く読めない。あのマントで体の動きが完全に隠されている。だというのに、それが男の動きを一切邪魔していない。


(……あれは技術って言うよりも、多分魔具だろうな)


 魔具にも、様々な種類がある。道具だけではなく、武器や防具の魔具も存在する

 恐らく、可変で体を包み込み決して使用者の動きを隠すタイプの魔具なのだろう。ダンジョンでの戦いでは有用性の面においては他に良い装備はあるだろうが、1対1のような戦いにおいては自分の動きを隠して相手に間合いや動きを読ませない意味では強力なものだ。


(勝てるか? 油断はしてくれないだろうが……まだ、俺が召喚術士とは分かってないはずだ。それは活かせる)


 魔力量は少々キツいが、それでも戦闘の回数が少なかったことで随分と節約は出来た。

 だからここで全て使い切る覚悟で行くしかない。

 スライムとゴブリンはダウン。戦闘で消滅した場合の再召喚はしばらく出来ないので、残った3人の力を使うしかないだろう。魔力をアガシオンに流す。それで俺の意図に気づいたのか、攻撃に転じる。


「当たらないなら、こうです!」


 魔力による攻撃。先ほどよりも更に薄く威力を犠牲にして広範囲に。

 もしも、攻撃が当たらないのなら? 回避出来ないように当ててしまえば良いという発想だ。そして、男は逃げ道が一切無いほどの魔力のつぶてに襲われ――


「――下手の考え」

「……ひええ!?」


 放たれた攻撃を回避出来ないと判断したマントの男は正面からやってくる弾幕に対して、自分の回避をするためのスペースを空けるのに必要な魔力の弾を無理矢理蹴り飛ばして消し去った。

 ……いや、嘘だろ? 男は足を振っているからダメージはあるようだが、それでも動きに支障がない程度の影響力だ。


(武器を盾にして打ち消すなら分かるけど、蹴りで消し飛ばすってなんだよ!?)


 普通に考えて、飛んでくる弾丸を素手で弾き飛ばすみたいなことをしている。

 冒険者なんて言うのは人間離れしている物だが、流石にこれはちょっと離れすぎじゃないか!? そして、一瞬でアガシオンに距離を詰める。


「キャアッ!?」


 慌てて宝箱に引っ込むアガシオン。蹴りによってハンマーで叩くような音が聞こえてくる。このままだと、アガシオンの宝箱が壊されてしまう。その場合には、アガシオンは体を保持する入れ物がないため消滅して送還されてしまう。

 マズイな、このままだとアガシオンがやられる。そうすると、送還されて俺が召喚術士だとバレてしまう。そうなれば、俺を狙うのが一番早いと判断されてしまう。


(だから、頼んだぞ……ザントマン!)


 子供たちに紛れて逃げていたザントマンに合図として魔力を送る。そして、そのタイミングで突如として俺達が意識していなかった部屋の扉が大きな音を立てて開く。

 男は突如として開かれた扉の音で、アガシオンから飛び退いて警戒をする。


「ッ!?」

「おっと、お邪魔だったかな?」


 軽口を叩きながらザントマンは、手に生成した砂をマントの男に向けて投げつける。

 目に入って眠ってしまえば自分の力で目覚めるのは不可能であろう、状態異常攻撃の中でも厄介な部類であるそれを投げつけられた男は――


「――」

「えっ、そんなのアリ!?」


 マントを翻して飛んできた砂を全て弾き飛ばした。

 ……いやいや、普通に考えれば咄嗟の行動でそれは出来ない。突然、砂埃が飛んできたとしてそれを手元にある布で全て弾き飛ばせるかという話だ。

 あらゆるこちらの不意打ちや戦略を、全て筋力で解決されている。ああ、これぞ能力値の暴力という奴だ。


(……こりゃ、もう覚悟を決めるしかないか)


 俺は懐から一本の瓶を出す。

 すでに魔力はすり減っていて、これ以上魔力を無駄に使うことが出来ない状態だった。実を言えば、ザントマンとアガシオンの不意打ちに紛れて俺は逃げ出す算段を考える段階に入っていたのだ。しかし、あの男から逃げるのは不可能だろう。

 つまり……死ぬほどマズイといわれている、この魔力ポーションを飲むしかないのだ。


(南無三!)


 一息に飲み干――


「グホッ!」


 息が詰まる。体が拒絶して無理矢理吐こうとして膝をついてしまう。しかし、ポーションは不思議な事に吐き出されず吸収されているらしい。そのため、何もないのに無理矢理吐き出そうとする不快感が酷い。

 あちらでは、アガシオンは宝箱を破壊されてしまっている。そしてザントマンはまだ男から必死に逃げている。それまでに立て直さないと駄目だが……


(……死ぬ! マズすぎて、死ぬ!)


 言葉が出てこない。というか、息が出来ない。

 マズイにも程があるだろ! 緊急時に飲むものだぞ! 理不尽な味に怒りすら覚えながらなんとか立ち上がれるように気合いを入れる。ああ、クソ。まだ口の中に味が残っている。


「ヤバッ!」

「寝ていろ」


 なんとか逃げようとしていたザントマンだが一瞬で距離を詰められて、そのまま顎を打ち抜かれて膝から崩れ落ちる。魔力で作られたとはいえ、生物と同じ構造だから気絶してしまうのだ。このままザントマンも送還するしかないだろう。後は俺だけだと視界をこちらへ向ける。

 ……だが、死ぬほどマズかったとは言え魔力は回復した。効果だけは本物だ。


「なっ!?」


 ザントマンとアガシオンが魔力に変換されて召喚符に戻る。

 そこで、気づいただろう。俺が魔獣を使っているのではなく召喚術士なのだということが。

 驚愕している男は、こちらを見る。だが、もう遅い。


「バンシー! 頼んだ!」

「分かりました!」


 最初に召喚したとき、俺は二回目を召喚する前提で頼み事をしていた。

 まさか、ここでやることになるとは思わなかったが……しかし、それでも問題は無い。


「ぶっ飛ばせ!」

「はい!」


 魔力を込める。アガシオンとザントマンが減った負担も回復した分も全てバンシーに渡しきる。

 そして、今まで使う機会のなかったバンシーの能力をお披露目だ。


(音を操る能力、バンシー特有の音による攻撃。それを組み合わせ、魔力でブースト。そして、この屋敷は――)


 音が漏れにくいということは、音が逃げにくい!

 そして、バンシーの攻撃ならぬ口撃は――


「天井を!?」


 男の驚愕。

 屋敷の天井を破壊して、バンシーの一撃を空へと響き渡らせるのだった。

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