第40話 ジョニーは見つけ出す
屋敷の探索はスムーズに進んでいる。
キッチンを抜けてから、廊下に出る。廊下には幾つもの小部屋に繋がっている扉が待ち構えている。このまま、真っ直ぐ抜けていけば大広間に繋がるのだろう。
お忍びで使う屋敷らしい構造だ。そこで、ザントマンが首をかしげる。
「……なにか変じゃないかな? 僕はあんまり人間の世界には詳しくないけど、こういうものなの?」
「いや、確かに変だ」
扉を開けてから、その違和感の原因は分かっていた。
確かに内部は荒れているが別に壊れている場所もなく、普通の室内。だから、違和感というのはこの屋敷自体にあるわけではない。
「いくら何でも、警戒されてなさすぎる。本来なら、あの男以外にももっと見張りがいるはずだ」
「だよね。最初のあの男から全然誰も見つからないから変だなって思ったんだよね。ダンジョンと違って、人間の家って警戒しない物かと思ってたよ」
あの男の実力を考えて監視を一人で任せて家の中で酒盛りをしているなどの可能性も考えられる……が、それは無いだろう。
先ほどの男のような手練れがメンバーの集まりだ。襲撃の警戒は常にしている。そんな連中が、一人だけに監視を任せるなどはありえない。
それに、今はまだ商品であるはずの子供も抱えている状態。取引前にそんな油断をするとは思えない。
(考えられるのは幾つかあるが……一番可能性があるのは、俺の侵入以外のトラブルが起きている事だ)
つまり、見張りを最低限にした上でそちらの対処に走るしかない何かが起きているのだろう。
……こいつらにとっては不運だろうが、俺にとっては幸運だ。
「これが偶然なら、その貴重な時間を大切にしないとな」
地下に行く道は、恐らく普通に見える場所にはない。つまり、この幾つもある部屋のどこかに隠されているはずだ。
それを探すために、俺は最初の扉を開けるのだった。
カビの臭いが立ちこめる地下で、子供たちはまるで家畜を運ぶ車中のように詰め込まれていた。
捕まってから決して逃げないように押し込まれて最低限の食事だけで憔悴していた。生存に問題こそ無いが、立ち上がる気力はすでに失われている。
小さなランタンの光だけが自分たちを照らし、一体どれだけの時間が経過したかも分からない中では貧民窟育ちといえども限界は来てしまう。
「……ねえ、どうなるんだろ」
「どこかに売られちゃうのかな……」
「大丈夫、逃げ出すチャンスはあるよ」
子供たちは、不安に押しつぶされないようにお互いに励まし合う。
貧民窟の子供が捕まれば基本的には売られていくことが殆どだ。そして、売られる先の扱いは殆どが悲惨な末路を迎えることになる。
「せめて、この扉がなんとかなれば……」
「……っ! 来たよ! 静かにしないと……!」
何度も浚ってきた男達の暴力によって沈黙を強要されてきた子供たちは、息を殺して待つ。
食事だろうか? ついに売られるのだろうか? それとも……嫌な想像が巡ってきてしまい子供たちの中に絶望が漂う。
そして、扉が開かれる。
「……やっと見つけた。ここか」
「うん、そうだね。子供たちが一杯だ」
そこに現れたのは、謎のマスクを被った男。それだけなら子供たちは誘拐してきた男の仲間だと判断しただろう。
しかし、その横に連れている少年を見て困惑してしまう。何せ、この貧民窟には不似合いなどこか浮世離れした美少年が危機感もなくやってきたのだ。
(……もしかして、新しい子供?)
(表から浚ってきたのかな?)
(もしかして、今が逃げるチャンスなんじゃ……)
ざわつく子供たちに、マスクの男は何かを探している。
そして、あまり声が響かないような声量で質問をする。
「お前達の中に、シリカって子供はいるか?」
その質問に全員が沈黙する。
当然だ。名前を答えてしまえばどうなるか分からない。確かに自分たちが危険な状態ではあるが、それでも仲間を売ることはしない。それほどまでに貧民窟での子供同士の結束は強いのだ。
マスクの男は困ったように頭を掻いて、少しだけ声を張って質問をする。
「ルークから頼まれて助けに来た。これが証拠の指輪だ」
そう言って掲げた指輪は、貧民窟で作られた子供同士の仲間の証。
そして、それを見て反応した少女が一人。隅っこで縮こまり必死に恐怖をこらえていた少女だ。
「……それ、ルークの……?」
「君がシリカかな? 確認してくれ。ルークから受け取って見せれば分かるっていわれたんだ」
その言葉に、差し出された指輪を見て確認し安心したのかシリカは涙を流す。
「……ルークのだ……本当に、助けてくれるの?」
「ああ。ルークに頼まれたからな。よく頑張ったな」
決して泣かないように頑張っていたシリカは、その言葉にワンワンと泣いてしまうのだった。
(参ったな……泣いてる子供は苦手なんだよ)
「ほらほら、君たち。立ち上がれるかな?」
ザントマンが声をかけて子供たちを立ち上がらせている。
……なんとか地下室を見つけられて良かった。構造的に地下室のあるであろう場所は分かった。しかし、同じような部屋が幾つもあり子供が居る部屋がどれなのか分からなかったのが問題だった。
よく分からない雑貨の詰め込まれた部屋。明らかに違法な魔具の置いてある部屋。人間ではなくで魔獣を入れた檻が置いてある部屋など嫌なバリエーションに富んでいた中で探して、大広間に一番近い部屋でようやく見つけたのだった。
(……欠損とかはなさそうだな。元気はあんまりないが……動けないほどじゃないと)
子供たちの状態を確認する。売るためにそれなりには管理には気を遣ったのだろう。顔色は悪いが、それでも動けるなら逃げ出すのには問題なさそうだ。
シリカという、ルークの妹であるらしい少女は泣きながら俺の服の裾を掴んでいる。なんだか迷子を保護した気分だ。
そして、近くの一番年長らしい子供に話しかける。
「全員逃げられるか? 何か忘れてないよな?」
「う、うん……大丈夫。お兄さんは……?」
「俺のことは気にするな。お前達はちゃんと逃げてもう一回捕まらないように準備しておけ。もしも逃げ出すのが見つかったら俺が相手をする。お前達は気にせず逃げろ」
「わ、分かった」
他の子供たちも表情を見て逃げられることに安堵しているようだ。これで問題は無いだろう。そのまま、地下室から上に上がっていく
……そして、歩きながら未だに俺の裾を掴んでいるシリカに話しかける。
「服の裾、離してくれるか? これから敵が来たら俺が戦うからな」
「……グスッ……でも……うぇぇ……」
「ほら、泣くなって……君を助けるっていうのはルークとの約束だからな。だから、頑張って逃げてルークに元気な顔を見せてやれ。ルークが言ってたけど、シリカは強い子なんだろう?」
「……うん、だって今まで泣かなかったから……頑張るね」
そう言って手を離してくれる。グスグスと涙ぐんでいるシリカだが、それだけ不安だったのだろう。
これで約束は守れたか。そして、大広間に繋がる扉を開けて……そして、俺は警戒を強める。
(……流石に、時間をかけすぎたか!)
扉の正面の大広間。そこにはフードを仮面を付け、体を隠すような長いローブに身を包んだ2メートル近い高さの怪人が立っていた。まるで影が擬人化をしたような姿だ。
そして、その怪人はしわがれた声で俺に質問をする。
「――何者だ」
「……」
「答える気はないか。なら、捕まえて聞かせて貰う」
声からして男だろうが……どうやら、全てが上手くいくわけはないようだ。
そして、俺は召喚符に手をかけながら次なる戦いに備えるのだった。
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