第39話 ジョニーは戦う

 侵入した室内は、簡素な作りながらしっかりとした作りになっている。

 貴族のお忍び……表に出しにくい趣味だのを行うための屋敷だから華美さはなく、実利に特化しているのだろう。足音もあまり響かない。恐らく、外に音が漏れにくいようになっているはずだ。


(とはいえ、貧民窟の人間に使われて見る影もないけどな)


 屋敷の中は荒れており、手入れはされてない。壊れなければ良いという人間が使ってきたので屋敷には傷や破壊された何かしらの後が散らばっている。とはいえ、それでも今使っている冒険者達によるものなのか物は散乱していない。

 恐らくは、ここで戦闘になった際に障害物などが邪魔にならないようにするための措置でもあるのだろう。


(……そろそろ進むか。と、その前に準備をしないとな)


 顔が割れないように、用意していたマスクを被ってゴブリンたちを先導するように歩き始める。冒険者である以上は、俺の顔が割れてしまうのはリスクが高い。出来る限り声も出さないようにしないと。

 裏口に入ってから廊下を進んでいくと、最初の扉。開いて中に入る。


(……ここはキッチンか? もう調理機材もなくなってみる影はないけど)


 使用人用の出入り口は最初にキッチンに繋がっていたようだ。

 構造的には、食事を届ける部屋からそう遠くは離れていないだろう。この先に客間があるはずだ。キッチンを抜けるためにもう一つの扉に手をかけて……突如として、何かが飛来してくる。


「っ!」

「アブナイ!」


 飛んできた何かを俺の後で付いてきていたゴブリンが咄嗟に弾き飛ばしてくれる。弾き飛ばしたのは、一本の矢。

 矢の飛来した方向を見て現れたのは……一人の男だ。闇夜に紛れるために暗色で統一した軽鎧を身につけ、短剣とボウガンを装備している。顔には防護マスクで目潰しや毒などを警戒し防備している。こいつがこの屋敷の一味か。


「侵入者か? 見張りは何をしていた」

「……」

「答えないか。まあいい」


 男は臨戦態勢になり、緊張が高まる。

 確認。装備が普通の冒険者とは違う。いわば、ダンジョンでモンスターを相手に戦うような装備ではない。小回りが効き、不意打ちや致命の一撃を与えるような物ばかり。人間を襲い人間と戦うための装備だ。


(……普通に正面切って戦うなら俺の不利だが……!)

「……む?」


 男は、背後からの攻撃を察知して回避する。流石に不意打ちは失敗か。

 背後から攻撃をさせたのは、地面を這いずらせておいたスライムだ。この屋敷であれば音を大きく立てずにスライムを移動させる事が出来たので使えるかと思ったが……まあ、そりゃスライムだからな。相手が慣れてないならいざ知らず、戦える人間なら不意打ちでも回避は出来てしまうくらいには遅いのだ。


「スライム? ……ゴブリンにスライムとなると……魔物使いか。スライムを使う魔物使いとは珍しいな」

(……大ハズレ)


 魔物使いというのは、地上に存在する魔獣を手懐けて操る職業だったか。

 召喚術士に似ているが、違いとしては地上の動物を自身の手足として使うことにある。ダンジョン探索の冒険者よりも地上の職業に多い。まあ、そちらの方が一般的だからな。何せ、魔物を手懐けるだけなら魔力は必要ないからだ。

 とはいえ、魔物使いと召喚術士では戦いの手法が大きく違う。だからこそ、それは相手の隙となる。


(勘違いしているなら、それは利用させて貰うか)


 そして、ゴブリンとスライムに魔力を送って視線で指示を飛ばす。

 それに頷いて、ゴブリンは男に向かって飛びかかる。 


「イクゾ!」

「……舐められたもんだな」


 飛びかかったゴブリンの攻撃を片手で受け止める。ゴブリンはすぐに追撃をするが、まるで当たらない。そして、挟撃しようと飛びかかったスライムに向けて男はボウガンの矢を放つ。

 スライムは回避出来ずに食らうが、元々耐久力のあるスライムに大したダメージは……


「ジュ、グジュ!?」


 瞬間、スライムが突如として震えながら体をうねらせる。動くどころか、体をその場でくねらせながらもだえている。

 そして、体の色が緑色からドンドンと色々な色に変わっていく……毒か!


(多分、毒が処理能力を超えたから体の制御が効いてないのか……とはいえ、今は送還するわけにはいかない。すまんが耐えてくれスライム)


 明らかに送還した方が良いが、このタイミングはマズイ。

 思考を切って、男に視線を向けるとボウガンの射線が俺に向いていることに気づいた。


「……くっ!?」

「チッ」


 慌てて飛び退くと、矢が飛来して俺の頭があった場所を撃ち抜いた。舌打ちをする男。

 一方のゴブリンは、片手剣一本で必死に食らいついている。しかし、それでも一撃を与えることは出来ずに、男はボウガンの矢を俺に向ける余裕が……

 いや、違和感がある。ゴブリンは確かに俺の戦力の中でも一番近接での戦闘力が高い。しかし、正面切った戦いという面で未だに一撃も加えられていないのに打ち合えているのは不自然だ。


(少なくとも、元冒険者……しかも、つい最近まで現役だったらしい奴らがゴブリンとここまで拮抗するのは普通にありえない)


 その予想は恐らく当たっているだろう。

 次の手を考えながら、俺は次の一手の準備をする。


「グウ、セメテ一撃ヲ……!」

「……援軍は無しか。なら、これ以上は無駄だな」

「ナッ!?」


 そして、男は先ほどまで打ち合っていたゴブリンの攻撃をあっさりいなして首を掻き切る。

 やはり、手を抜いていたのか。


「グッ、ガ!?」

「これで、お前の手は潰したぞ魔物使い」


 やはり、こいつは俺が単独だと考えずに何が起きるのかを観察していたのか。

 だから、ゴブリンとあえて打ち合い俺を泳がせながら異変を確認していた。しかし、追加の援軍や俺が新しい魔物を伏せて居ることがないのを確認し、後は詰めるだけだと判断したのだろう。

 そして、急所を狙った一撃が俺の首へと振り下ろされ――


「――アガシオン!」


 手に持った召喚符に魔力を込めてアガシオンを召喚する。それは……俺の目の前だ

 召喚先は実は指定できる。だが、当然ながら重力の影響を受けるために地面に呼び出すことが多い。だが、今回は俺の目の前に召喚した。その理由は簡単だ。


「なんだ!?」


 突如として目の前に現れた宝箱。当然、完全に予想をしていなかった存在に手を止めることは出来ずにそのまま宝箱に短刀が当たり弾かれる。

 態勢が崩れたことで、反撃を警戒して無理矢理姿勢を立て直そうとする男だが……


「えっ、召喚術士さん……キャアッ!?」

「――ぎ、がっ、あっ!?」


 ――当然ながら、アガシオンの宝箱の重量は本物の宝箱と同じ程度には重たい。

 それを魔力によって支えて浮きながら動いているのだが……召喚されたばかりでアガシオンも支えるような準備はしていない。

 子供くらいの重量がある宝箱が、突如として自由落下した場合にどこに落ちるのか? それは当然ながら、踏み込んだ足先。


(……しかし、他人事ながら痛そうだな。宝箱の縁がめり込んでるし)


 痛みによって男の動きは止まる。これも、男が俺と召喚術士と魔獣使いを勘違いしたことが男の敗因だ。

 ようやくゴブリンとスライムを送還する。これを見られていれば、魔獣使いでないことに気づかれていただろう。そして、痛みで思考の止まっている男のゴーグルを無理矢理剥ぎ取って、あいつを召喚する。


「ザントマン!」

「はいはいっと」


 召喚したザントマンは、状況を見てすぐに理解し、男の露出した目に向かって生成した砂を投げつける。


「ぶっ、貴さ……ま……」


 それを食らった男は一瞬だけ、抵抗をしようとしたが抗いきれない眠気に意識が落ちてそのまま膝から崩れ落ちる。

 ……そして、初戦闘はなんとか怪我をせずに終わるのだった。


「流石にザントマンの砂は強いな。目を介するタイプの状態異常耐性なんて、地上では普通に準備しないからな……」

「……あの、召喚術士さん……自分の部屋が……」


 男の足下で、悲しそうな顔をしながらこちらを見るアガシオン。見ると、宝箱にはナイフで傷を付けられた跡が付いていた。

 それと、宝箱の角も微妙に削れている。


「すまん、咄嗟の判断だったからな……ちゃんと今回の事が終わってお金が入ったら修理するよ。それでいいか?」

「わ、分かりました……その、出来れば新しい魔具も……」

「それはダンジョンに行ってからだ」


 どさくさに紛れてとんでもない要求をしようとしてくるアガシオンを躱していると、ザントマンが声をかけてくる。


「それにしても、召喚術士くん無茶をしたねぇ。わざわざ自分の急所を晒す必要はあったのかな?」

「ああ。座標と距離の問題で相手の攻撃方法を限定する必要があったからな。だから、リスクを取るしかなかったんだよ」


 咄嗟に召喚した位置が俺が召喚する範囲の限界。そして座標を設定するのにも時間がかかる。

 いわば、あの男が俺の首を狙ってくるという予想をした上で召喚したのだ。狙われる位置がズレていたら危なかったが……ゴブリンを倒す時の手口を見ると首を狙ってくることは分かっていた。

 その前のボウガンの矢を躱せていて良かった。場合によっては、そこで終わっていたからな。


「よし、無力化をしたからさっさと子供達を助けに行くとしよう」

「召喚術士くん、コイツをこのままにしていいの?」


 ザントマンが男に指を向けてそういう。

 それに答える。


「いや、必要ない。ザントマンの砂で眠っているから起きることはない。それに、死んでるよりは生きていた方が相手の意識を割ける」

「そう? ならいいんだけど。でも、仏心を出しても良いこと無いと思うよ?」


 ……まあ、半分はザントマンに言ったとおりだが仏心とは違う理由がある。同じ問答をしないように伝えておくとしよう。


「……まあ、必要ないなら殺したくないってのはある」

「それはなんで? 召喚術士くん、そういうタイプじゃないでしょ?」

「なんだ、俺が誰かに自分の冒険を話すときに気分よく話したいんだよ。人を殺しただの、そんな話はティータとかに聞かせたくない」


 それだけの理由だ。もし必要なら手を出すかもしれないが……そうでないなら、俺は俺のために殺さない。

 その言葉に愉快そうなザントマン。


「……へえ、いいんじゃないかな? うん、良いと思う」

「そうか? 冗談言うなっていわれると思ったんだが」

「いやいや、そのくらいがいいよ。とんでもなく強欲で、傲慢な素晴らしい理由だもの。それでこそ、僕たちを扱う主人らしい」


 ニコニコと笑顔のザントマンにそんな褒められているのか、貶されているのか分からない言葉を貰うのだった。

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