第38話 ジョニーは突入した

 アジトの見張りをしている男は、暇を持て余していた。

 この屋敷の中には浚ってきた子供たちを受け渡すまで元冒険者たちが厳重に監視している。見張りの男の役目は外で異変があったときに速やかに連絡をする役割だ。

 屋敷の入り口は二つあり、正面の入り口以外は屋敷の構造を把握してないと使えないような裏口だ。そのため、ここを見張るだけで良いのだが……当然、何も起きない。


「ああ、クソ……暇だ。このまま娼館にでも行きてえなぁ」


 しかし、今まさに躍進している彼らには向かうような人間は貧民窟には居ない。

 では、警戒する必要が無いかと言われればそうではない。もしも、警戒をせずにサボって異変を見逃していた場合には明日には物言わぬ屍になっている事は明白だ。


(……あんな風にはなりたくねえしな)


 貧民窟の人間なんて行儀が悪い物だ。まともな仕事をするわけがない。

 男の同僚だった人間も、そんな貧民窟の住人の一人だった。頼まれた仕事だろうが、面倒だと思えばのらりくらりとサボって、平謝りをしてやり過ごそうとしていた。だが、男はそれでも生きていけるような処世術を身につけた男だった

 しかし、その男が仕事をしていない結果だけを見た新参共によって同僚は二度と仕事を任せられることはなかった。何せ無能には必要が無いだろうと四肢を……


「……うぷ、思い出すだけで吐きそうだ」


 思い出すだけで、あのまともな形をしていない死体が瞼の裏に浮かんでしまう。

 今の貧民窟を仕切っている人間たちは、秩序を持っている。ルールに則れば余計な干渉も手出しもしない。だが、逆を言えば成り上がるという事が難しいと言える。

 苛烈で、人を殺すような制裁をすることに何の躊躇いもない新参。しかし、まだ人は少ない彼らの元で真面目に成果を出せさせすれば、それだけ成り上がれるチャンスがある。


(俺が吐き溜めから這い上がれるチャンスはこれだけだ……)


 冒険者になれる実力もなく、貧民窟で組織に媚を売れる要領もない。

 そんな男の最大のチャンスだった。


「……ん?」


 ふと、物音が聞こえた。

 気になりそちらに視線を向ける。しかし、何も物音はしない。


(気のせいか?)


 しかし、これで何かのトラブルに発展してしまえば自分の身が危ない。

 渋々、背後を警戒しながら暗がりへ手に持っていたランタンを向ける。路地が照らされるが奥まで光が届いても、何も変化のない路地しかない。


(……何もないか。ネズミか何かが動いた音だったのか?)


 そして、視線を切って違和感を感じる。

 照らしたのは正面だけだったが、よく考えれば照らしたにしてはやけに奥まで光が届いていた。何よりも、上が暗すぎたような……


「……いや、そんなまさか」


 自分の想像を馬鹿な考えだと思いながら、上を照らしてみる。そこには、広がった緑色の天井が出来上がっていた。


「なんだ……!?」


 理解が出来ず、思わず声が出る。

 そして、今まさに自分に向かって飛びかかってきた小柄な何かに気づいた。


「てき……!」


 叫んで抵抗しようとするが何かに殴られ、衝撃が頭部に走る。

 そして、そのまま一瞬で男は意識を失うのだった。



「……よし、第一段階完了と……はぁ……」

「召喚術士さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ……必要なときに呼ぶ、ありがとうな」


 路地の横に隠れていた俺は気絶したのを確認して出て行きながら、心配をしてくれるバンシーを送還する。

 最初に召喚したのはゴブリンとスライム、そしてバンシーだ。


(スライムを天上に張り付かせて足場にして、ゴブリンを跳ね上げて上空からの強襲。そして悲鳴はバンシーの能力で掻き消す)


 スライムはそこまで耐久力こそないが、ゴブリン程度なら支えることは出来る。そして、ゴブリンも軽い武器であればスライムを足場にしてトランポリンのような要領で飛び上がって強襲できる。

 しかし、バンシーの音を操作できる能力というのは便利だ。隠密という面では恐らく下手な魔具よりも優秀だろう。

 欠点といえば……


(召喚したときの負担が……大きすぎる……)


 スライムとゴブリンを召喚した負担が背中に子供を2~3人乗せた程度だとすると、地上でバンシーを召喚するのは大人が数人乗っているくらいに辛い。

 送還すれば楽にはなったが、多用は出来ない。というか、とっさに召喚したら動けなくなるだろう。


「さてと……流石に正面から入るのは無理だな」


 見張りを排除できたとは言え、正面の扉から入れば警戒している冒険者たちが一瞬で俺を取り押さえに来るだろう。自慢じゃないが、俺はそんなことを出来るような実力者ではない。

 さて、どうするかと言えば……これだけちゃんとした作りの家であれば裏口は用意されている。貴族のお忍びの屋敷でも入り口は複数作るはずだ。


(大抵は、使用人だのが使うための扉が……こっちだな)


 屋敷の外を足音を殺しながら歩いて行くと、裏口用の扉を見つける。

 恐らく、調理場などに繋がっているだろう。そして、扉を見つけた俺にゴブリンが話しかける。


「召喚術士、コノ先ハドウスル? 索敵役ガイナイゾ。コノママ場所ガ分カラナイママ入ッテイイノカ?」

「ジュル」

「ああ、問題は無い。こういった屋敷の構造ならどこに子供たちが監禁されているかは予想できる。貴族の屋敷の場合、地下に人を大勢収容できるための部屋を用意している事が多い。秘匿したいなら余計にな」


 その言葉に、意外そうな顔を見せるゴブリン……なんで意外そうな顔をしてるんだ。


「……召喚術士、詳シイナ」

「これでも一応は貴族だしな」

「デモ、ナンデ地下ナンダ?」

「まず、逃げるためのルートが限定されること。そして、いざとなったときに壊して埋めれるからだよ。埋め立てるための魔具やら仕掛けは用意が簡単だからな。お忍びの屋敷なら尚更だ。埋められた地面から証拠を原形を残して掘り返すのなんて魔具でも無理だからな」


 魔具や魔法というのは意外と便利かと思いきや細かい融通は利かないものだ。

 地下に埋めると聞いた当たりで、ゴブリンの表情は引いた物になる。


「……ナンダ、エゲツナイナ」

「効率的といえば効率的だけどな。まあ、こんな人目につきにくい場所にお忍びの屋敷を建てるような貴族は最低な部類だろうけど」


 使い道を考えても非合法な目的だろう。

 その答えに納得したのかゴブリンは頷く。


「トリアエズ理解シタ。ソレデ、侵入シタラ地下ヲ目指セバイイノカ?」

「ああ。裏口とはいえ、警戒はされてるだろうな」


 裏口に来るためには正面玄関からやってくる必要がある。

 だから見張りは最低限の一人だったのだろう。数を増やさないのは、恐らく今日ではなく他の日に数を増やすためか。


(さて、鬼が出るか蛇が出るか)


 裏口の扉の前に立ち、更に召喚符に魔力を込める。

 現状の戦力であるゴブリンとスライムだけでは勝てるとは思っていない。


(室内での戦闘なら、こいつらがいるだろうからな)


 状況に応じて使い分けられる強さ。

 改めて、応用力に優れた召喚術士という職業の面白さを体感するのだった。

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