第37話 ジョニーは作戦を始める

 冒険者用の軽鎧。召喚符をしまうためのベルト。魔具をしまうためのポーチ。中には、幾つかの魔具。それらをしまい込んで装備する。


「――よし」


 屋敷の自室で、俺は自分の装備に問題が無い事を確認し終える。

 ダンジョンに潜っていたときは鞄に様々な食料や道具を詰めていたが、そういった物は持たなくても良いのでいつもよりも身軽な状態だ。

 心身共に問題がない。そして、部屋を出ると突然声をかけられる。


「……お兄様? お仕事ですか?」

「ティータ!? えっと、そうだな……まあ、仕事というよりも友達の手伝いかな? それよりも、ティータはどうして俺の部屋の前に? もう寝てるとばかり思ってたけど」

「その、帰ってきた時にお見かけしたら忙しそうにしていたので……お仕事かと思って。お見送りに……お兄様のことをちゃんと見送れる日があまりないので……」


 恥ずかしそうにそう言うティータ。元気そうに見えるが体が弱いティータが、夜だというのにベッドから起きて見送ってくれた事実を噛みしめる。

 ……ああ、なるほど。これが父性という奴なのだろうか。これは確かに、仕事を頑張ろうと父親が思うのは仕方ないだろう。


「ありがとうな、元気が出たよ」

「そ、それならよかったです……アレイお兄様、最近はずっとおうちに居てくれて嬉しいですけど……もしかしたら、私のことを気にしてダンジョンに行かないでいるのかなって思って……」

「そんなことを気にしてたのか……俺はダンジョンに潜るのも好きだけど、ティータと一緒に居たいから俺も居るんだよ。だから、そんな心配はしなくて良いさ」

「……はい!」


 そう言って頭を撫でると、嬉しそうな表情を浮かべて返事をするティータ。

 ……まあ、確かに今まではダンジョンに潜り続けていたのに突然ダンジョンに行かずに屋敷に居てティータと話をしているからな。もしかしたら、自分のことを気にして無理をしているのではないかと不安にさせたのも仕方ない。


「でも、気持ちは嬉しいよ。ありがとうティータ」

「……アレイお兄様。どうか、無事に帰ってきてくださいね」

「ああ、もちろんだ」


 ティータから元気を貰って、俺は出発する。

 ……アルバイトのお金が入ったら、今後もティータのために何か色々としてあげようと決意しながら。



 空は太陽が沈んで暗くなっていき、酒場などが喧噪に包まれ冒険を終えて帰ってきた冒険者たちが成果を楽しく報告しながら飲んでいる街を歩きながら横道に入り、貧民窟へと進んでいく。

 表の喧噪も聞こえないほどの奥まで入り込んでいくと、道も足下が見えないほどに視界が悪くなっている。足下の何か分からないものを蹴飛ばしながら進んでいくと、そこに小さなランタンを持った影が見える。


「ルークか?」

「にいちゃん!」


 こちらに駆け寄ってくるのは、今回の案内を頼んでいたルークだ。手に持ったランタンに照らされた顔を見て、俺は思わず険しい顔になる。

 先日見た時よりも痩せていて、どこか疲れたように見えるのは視界が悪いだけが原因ではないだろう。恐らく、食事も取らずに今回の作戦のために奴らのアジトへ行くための道を何パターンも確認して準備をしてきたのだろう……

 その頑張りを見て失敗は出来ないと心の中で呟く。この小さな子供がこれだけ頑張って期待しているのだ。裏切るなどもってのほかだ。


「何か食べるか?」

「ううん。終わったらちゃんと食べる……それよりも、シリカたちを早く助けたいんだ」

「そうか……でも、お前が倒れたら意味が無いだろ? だから、これでも食べておけ」


 ルークの目はやる気に溢れていた。俺が何かを言う必要は無いが、それでも無理は確実に影響がある。

 もしかしたら必要になるかと思い持ってきていた干し肉を渡すと、頷いて囓る。


「……美味しい」

「そうだろ? それで元気を蓄えて、逃げるときに絶対に全員で逃げるように頑張れ」

「うん! ……それじゃあ、こっちだよ。付いてきて」


 そう言ってルークに先導されながら後を付いていく。

 暗くて見えないはずの道を小さな光源だけでスイスイと歩いて行くルークの足取りは非常に軽い。先日のルイに案内されたときよりもスムーズで、置いて行かれないようにするのが大変だ。


「あ、にいちゃん。そこには荷物あるから気をつけて」

「おっと。ありがとうな」

「もうちょっと先に段差があるから、そこもぶつからないようにね」

「ああ」


 まるで暗視ゴーグルでも付けているかのように俺の行動を先読みして声をかけるルーク。

 ――日中に何があるのかまで頭にたたき込んでいるのか。予想外の暗さに道の不安はあったが、道中のことを考えなくてよくなった。ルークに案内を頼むという英断をした自分を褒めてやりたい。


「……こっちだよ。そろそろ、あいつらのアジトの近くになる」


 ルークが足を止める。そして近寄ると、明かりの付いている想像よりも豪勢な建物が建っていた。

 ……貧民窟にも確かに幾つか建物はある。しかし、殆どは素人が作った粗末な作りだったりする事が多く、ストスの魔具屋のような特殊な例でなければ殆どが掘っ立て小屋に近い家のだが……アジトにされているらしいその建物は、貧民窟には似つかわしくない程にしっかりとしている。大きさとしては、一般的な家よりも少し大きい邸宅といった様相だ。

 正面の扉には見張りらしき男が退屈そうにしている。


「……思ったよりも立派な家だな」

「うん。元々、あそこにはどっかの貴族がお忍びの部屋として作ったらしいんだ。でも、縄張り争いでゴタゴタしちゃって結局、貧民窟に使われないままで放置されて今では勝手に入り込んだ奴らが使い出したんだ。気づいたら根城に使われるようになったんだって。貧民窟でどっかの集まりが使ってる立派な家って大体はそんな感じで作られたんだよ」

「……なるほど」


 その説明を聞いて、なんとなくあの屋敷の内部構造のイメージはついた。

 というのも、俺の通っていた学院では同じような貴族の子息が何人も居たり実際に貴族が視察に来ていた。そのため、こういった貴族同士の交友のために屋敷の事を学ぶ機会もあった。


(貴族としての人生もこういう場面で役に立つのか。経験は無駄にならないな)

「アレイにいちゃん、それで俺は……」

「そうだな……ルークは合図があるまで待っていてくれ」

「合図?」


 さて、このまま隠れて貰うことになるが場合によっては見つかる可能性だってあるだろう。

 ならば、分かりやすい連絡手段が必要になる。


「ああ、屋敷から分かりやすい目印を上げる」

「目印って?」

「説明が難しいな……屋敷を見てたら異変が起きるはずだ。その異変を見たら、ここにもう一回来てくれ。全員で逃げだそう」

「……分かった。信じるよ。それじゃあアレイ兄ちゃん……頑張ってね」


 そういって、足音を立てずにルークは隠れていった。

 救出が終わった後には


(……初の対人か。相手は未知数。元冒険者……ふふふ)


 思わず体が震えてくる……武者震いだ。

 新しい戦術を実践で試すとき……いつだって成功するかどうかの興奮と緊張で武者震いをしてしまう。そして、大抵はこう思うのだ。


(ああ、この緊張感が楽しい!)


 そして、召喚符を触る。

 順序、方法、そして魔力の限界。自分の中で考えた作戦をなぞる。

 ……よし、問題はない。


「それじゃあ、行くか」


 そうして、今回の貧民窟の子供を救出するために考えたメンバーを俺は召喚するのだった。

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