第36話 ジョニーは前準備を終える

 冒険者ギルド近くの宿屋に入ると、そこには席に座って一人で飯を食べているルイを見つけた。

 そして、俺を見つけてか驚いた表情を浮かべている。


「――アレイ!? お前、なんでここに……!?」

「やっと見つけた……」


 近くの宿屋と聞いて探していたのだが……十件近い宿屋の中でルイの泊まっている場所を見つけるのは非常に大変だった。

 色々と聞いて回っていたのだが、当然ながら守秘義務ではないが、恨みを持つ人間の可能性もあるからと簡単に教えてくれる宿屋はなかった。防犯意識の高さを今だけは恨みながら足を使って探したのだ。


「どうしたんだよ。そんなに息を切らせて……何かトラブルか?」

「いや……ちょっと、頼みがあってな。ルイが一番良いと思ってさ」

「頼み?」


 そして、ルイに話したのは俺が事情があって依頼を受けられないから代わりに三日間のギルド依頼を受けてくれないかという話をする。

 突然の話で、これだけ条件がいいと裏を勘ぐられるだろうが、れっきとした冒険者ギルドからの依頼だ。そういう意味では疑う余地はない。もしも疑われるならルイの勘の良さの賜だろう。


「なんで、わざわざオレに?」

「ルイは金が足りないって言ってたろ? 受付嬢さんも、俺が断った後に仕事を任せる相手で悩んでたみたいだから、俺の中で優秀な冒険者で任せられそうな奴を考えたらルイしか思い浮かばなくてな」

「優秀……ふふふ、まあそうだよな」


 嬉しそうにしながら一応は納得しているように見えるが……目は笑っていない。俺をじっと観察している。

 本当に警戒をしているのか、それとも俺の気にしすぎなのか……いや駄目だな。生きてきた環境が違いすぎる。俺には判断が付かない。


「でも、金に困ってんのはアレイもだろ? なのに、なんでそんな依頼を受けれないんだ?」

「俺が先に別のアルバイトを進めてる最中でな。街を離れられないのが一番大きい」


 これは嘘では無い。借金取りからの連絡が来る前に街を離れるわけにはいかない。

 町中に居る上で連絡を受け取るのが遅れたのならいいだろうが、街の外に出かけて帰って来れない状況なのは間違いなく向こうの心証が悪いだろう。


「ふむ、なるほどな……でも、本当にいいのか? 事情次第ではちょっと待ってもらうことだって出来るはずだぞ? ギルドの受付からなら交渉できるだろうし」

「えっ、そうなのか? ……いや、でも無理そうだったからな。依頼主を待たせるっていうのも、あんまり良くないだろ? それに、この依頼なら期間自体は短いからルイの他の仲間にも迷惑は掛かりにくそうだからさ」

「……まあ、確かに。それに、鎧の新調は時間がかかるから、しばらくはダンジョンにも挑めないからな」


 そう言って立ち上がり、俺を見るルイ。

 ……やっぱり目は笑っていない。


「でも、他に何かありそうだな? オレに言ってない理由が」

「いや、それは……」

「お前、動揺すると右手の指を動かすよな?」


 そう言われて思わず反応しそうになり……なんとか自制する。本当か嘘かは分からないが、オレの反応を引き出しているのだ。

 やっぱり勘が良い。しかし、本当の理由を言うわけには行かない。考えて、捻り出した誤魔化せるような答えは……


「……確かに、他にも理由はある」

「なんだ? 隠さずに言えよ?」

「その……なんだ……俺がルイに奢ってもらうのにどんな店を紹介してくれるのか楽しみだからって、仕事を紹介したのは言いづらいだろ……」


 あんまりにもあんまりな言い訳だった。言ってて恥ずかしい。どんな理由だよ。

 思わず視線を背けてしまう。もっと俺が口が上手く回ればこんな言い訳以外が思い浮かぶのに。そして、沈黙していたルイは……


「……く、くく……ふふふ! あははははは!!」


 大笑いをしていた。

 周囲が、ルイが大笑いをしていることで注目されている。とんでもなく恥ずかしい。


「そっかそっか! オレに奢って欲しくてか! いやー、期待してたんだな!」

「……やめろ。叩くな」


 とんでもなく面白い者を見つけたと言いたげに、俺の背中を叩いて笑っている。

 ……どうやら、信じて貰えたようだ。何やら俺の評価が変なことになりそうな犠牲は払ったが。


「んじゃ、行くか! いやー、良い店をちゃんと教えてやらないとなぁ!」

「ああ……」


 ……これ、ずっとイジられることになるんじゃないか?

 そんな見えている未来に、思わず過去にまき戻るような何かを求めてしまいそうになるのだった。



「ん、内容的には問題ない……というかアレイ、本当に良いのか? もう一回言うけど、こんなに良い依頼はそうそうないぞ?」

「そうですねー。本当に珍しい依頼ですから貴重ですよー?」


 冒険者ギルドにやってきて手続きを進めている最中に、二人からそんな風に言われる。

 気になって俺も依頼書を見る……むう、確かに。さる身分の人間がこの町から王都に戻る道中の安全を確保するために三日間の道中護衛なのだが、その縛りが思ったよりも緩い。


(というか、護衛なのに道中の宿は手配されていて面倒な義務もなし。更に道中で襲撃を受けた場合に倒せば追加報酬。その上で相場よりも高い……待遇良すぎて怖いな)


 ……罠ではないかと疑いたくなるが、冒険者ギルドによってしっかりと裏取りをされた上で冒険者たちに流された依頼だ。もしも、これで何かしらのトラブルが起きた場合は冒険者ギルドは威信に賭けて依頼主に制裁を加えるだろう

 もしも俺がアルバイト中でなければ……いや、というか救出をするという約束をしてなかったら迷いなく飛びつくだろう。


「ああ。どっちにしても俺は受けれないからな。いい話はちゃんと分かち合わないとな」

「そういうことなら、有り難く貰っておくよ。依頼が終わって報酬が出たら何か土産でも買ってくる」

「ああ、期待しておく」


 そして、受付嬢さんから依頼の詳しい説明が入る。

 それを真剣に聞いているルイを見てから、俺は立ち上がって冒険者ギルドを出て行く。


「じゃあ、俺は戻るから。何度も言うけど、ありがとうな」

「それはこっちの台詞だよ。じゃあ、またな」


 さて、ルイはこれで三日後……いや、それ以降まで貧民窟に来ることは出来なくなった。

 残るは、俺が貧民窟で実際に戦うときの準備だろう。頭の中で情報を纏めながら俺はこの先を楽しみにするのだった。



「――それでは、明日の早朝に出発ですのでこちらの証明書を馬車に見せてください。それで乗れます」

「ああ、ありがとう……ところで、アンタはアレイの担当受付嬢なんだよな?」

「そうですよー」


 にこやかに答える受付嬢に、ルイは聞くべきか悩んだような表情を見せた後に質問をする。


「アレイ、オレにわざわざ依頼を委託したけど……あいつの用事って何か知ってるか?」

「おや、というと?」

「どうも、アレイがオレになんかの事情を隠してるみたいでな。わざわざ隠そうとしてるから、聞かなかったけどさ。それでも、もしアンタが知っている事があるなら教えて欲しいんだ。面倒な事情に巻き込まれてるなら――」


 少し小首をかしげて考えてから、いつもの営業スマイルを浮かべる受付嬢。


「事情は知りませんけど、大丈夫じゃないですかねー? 召喚術士さんなら」

「……そうなのか?」

「あの召喚術士さんってトラブル体質ですから、多分その一環でしょう。それに、下手に手を出さなくても多分何とかしちゃいますよ。なにせ、その実績がありますからねー」


 その言葉に、自分よりも付き合いの長さを感じたルイは納得する。


「そうか……ありがとう、答えてくれて」

「いえいえー、優秀な冒険者さんと良い関係を結べるのは受付としては大切ですからねー。それで、良ければお願いがあるんですけどいいですかー?」

「なんだ?」

「召喚術士さんの借金について聞きましたよね? あれ、伏せて貰ってて良いですか? 他の冒険者さんとか受付に教えないで」


 その言葉に怪訝な表情を浮かべるルイ。


「別に良いけど……なんでだ? わざわざ、事情を広めたくない理由があるのか?」

「それがあるんですよ。実はですねー」


 その言葉を聞いて空気が真剣なものになる。そして、受付嬢の解答は……


「受付同士で賭けをしていて、私が負けると奢る羽目になるんです」

「……は?」

「真面目な大問題ですよ。なにせ、召喚術士さんって優秀で人柄も良いので他の受付から羨ましがられてるんですよね。だから、私から毟り取れるとなったら飢えたハウンドのようにしばらくサボって買い食いが出来ないくらいに奢らされる未来が見えるんですよね。だから、可能な限り引き延ばしたいんですよねー」


 すでにあんまりな解答にがっくりとしているルイを無視して、買い食いの重要性を説く受付嬢。

 そんな彼女の話を聞き流しながら、変わった人間の周囲には、同じような人間があつまるのだなとルイは納得をするのだった。

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