第34話 ジョニーは事情を知る

 俺との交渉は無事成立して、俺が持ち込んでくるであろう魔具のことを考えて笑顔のストスだった。

 しかし、すぐに笑顔を真面目な表情に切り替えて俺に説明をする。


「さて……今回の件に関しては、実は貧民窟全体で困っている問題ではあるんだよ。というのも、ここを仕切っていた組織の勢力に対抗する奴らが現れたことが原因なんだ。元々、貧民窟を仕切っている連中なんていうのは暴力と金、そしてメンツで成り立っているようなものだ。だから、力を持っていて金が動かせる奴らがいれば、その力は絶対じゃない。そしてここ最近、相当な金を持ってこっちに進出してきた新参がいるんだ」

「ちょっとだけ、ルイから聞きました。それで、そいつらが原因で元からの組織が機能不全に陥ってるって感じですか?」

「そうだね。トラブルになると犠牲が出るし組織の戦力も削れてしまう。ただの木っ端ならいいけど、今回新しく対抗して出てきた新参者は金も持っているけど、何よりも戦力もある。そのせいで組織がぶつかるメリットが無くなったんだ。小銭程度でも払った子供を守るというメンツを捨ててまで抗争になるのを嫌うほどにね」


 ……つまり、今はまさに裏社会の戦争が始まる予兆の真っ只中というわけか。

 しかし、気になる事がある。


「メンツを捨ててまで切り捨てる理由はなんですか? 嘗められてしまったら、こういう場所で生きている奴らは終わりでしょ」

「ああ、本来ならこんな真似をしたらすぐに手駒を使って叩き潰すだろうね。ただ、複数人の元冒険者によって徒党を組んだとなったら話は別だろう? 場合によっては、差し違えて半壊してもおかしくないからね」

「……元冒険者が徒党を組んで?」


 冒険者崩れが裏に流れるという話は確かにある。

 しかし、徒党を組むという内容だと話は別だ。冒険者が、そこまでするメリットがない。


「わざわざなんでそんなことを? 元冒険者達のチームなら、もっと良い仕事があるでしょう。冒険者ギルドを除名されたとしても」

「そこの事情は僕には窺い知れないね。でも、冒険者達だったという事実は間違いないよ。それも、つい最近まで現役で冒険者として活動をしていたお墨付きのね。そんな連中を敵に回すにはリスクが高すぎるんだよ。人数で押しつぶそうとした所で、魔具という危険な切り札を隠し持っているだろう。それに、追い詰められて後がなくなった少数っていうのは怖いからね。破れかぶれになって死を厭わなければ組織だって半壊する。そうすると、今の組織の立場を狙っている奴らが跡目を狙って争い始める。そうなれば貧民窟は戦乱時代に突入するだろうねぇ」


 ……とんでもないこと言ってるなこの人。

 つまりは、このままいくと貧民窟は子供たちが誘拐されるような場所になるどころではなく死体が転がる危険地帯になると。


「……そこまでの騒動になったら、貴族が黙っちゃ居ないような気がしますけど」

「そうだね。もしそれが王の耳にでも入れば、貴族としての監督責任を問われれば領地没収もありえる。そうなる前に、貧民窟をいっそ焼き払うんじゃないかな? 本気で戦力を差し向けられたら貧民窟なんて人っ子一人居なく出来るだろうからね」


 ……想像するだけでも嫌な顔になってしまう。

 そんな騒動になれば、領地に貧民達が逃げ出してくるだろう。そうしたら、領地が荒れる。だからこそ、逃がさないように……これ以上の嫌な想像は辞めておこう。


「というか、ストスさんは大丈夫なんですか? そんなことになったら」

「まあ、僕ならなんとかするさ。その時にはその時にあった生き方をするだけだよ。たまたま、ここで商売をしている方が都合が良いから店を構えているだけだからね」


 自由な発言に、やっぱりこんな場所で店を構えるだけ合ってどうかしているなぁと言う感想に至ってしまう。

 まあ、それはいい。本題に戻るとしよう。


「それで、そいつらに浚われた子供を助けてあげたいんですけど……助けるための手段として、何か教えてもらうことは出来ますか?」

「……おや、それだけでいいのかい? 今助けたとしても、その後にまた同じ事は起きるはずだよ。根元を叩かないのなら、結局は同じ結末を迎える。場当たり的な対処でなんとかなるのかい?」

「今はそれだけで良いですよ。俺がわざわざその抗争に手を出すのは出過ぎた真似ですから。だから、友達とその関係者を助けて終わりです」


 結局言ってしまえば、関わること自体が俺の自己満足なのだ。

 自己満足だからこそ、節度を持って決めなければならない。何もかも手を出そうと思えばキリが無い。そうすると、本来の目的を見失ってしまう。目標が小さいことは別に悪いことではない

 それに、助けた後に俺に助け続けて貰わないと駄目な程弱くはないだろう。ルークたち子供も、ルイも。


「へえ……面白いね。というよりも、不思議だね。君はまだ若いのに、随分と割り切った価値観をしているね。冒険者になるような……それで実績を重ねた人間だから、てっきり新参者を潰してくるなんて言うと思ったよ」

「まあ、不可能じゃないとは思いますけど……俺としては、頼られた分だけ動くつもりなんで」

「潰せる自信があるのかい?」

「まあ、やろうと思えば出来るんじゃないかと」


 脳裏に浮かぶのは色々と考えていた召喚獣を使った作戦。

 召喚術士というのは、コストさえなんとか出来るなら対人には絶大な効果を発揮するであろう手段を幾つも用意出来るのが強みだろう。正直に言えば、お行儀の良い戦い方などに拘らなければやりようはいくらでもある。

 とはいえ、誇大妄想と思われるか? とストスの反応を待つ。


「……ふふ、ふふふ。ふふふふふ」

(笑いを噛み殺してる……)


 ……めちゃくちゃ怖い笑い方をされて、ちょっとだけ引いてしまう。


「――いや、失礼。君からの答えが予想していなくてね……いいじゃないか。そういう答えは非常に好ましいよ。冒険者なんていうのはどこか歪な方が大成する。そういう意味では、君は期待が出来るね」

「えーっと……ありがとうございます?」


 何故か褒められ……褒められているのか?

 どちらかといえば、面白い奴を見つけたというニュアンスだ。とはいえ、気に入られたのならマイナスではないだろう。


「浚われた子供に関しては教えてあげよう……少なくとも、明後日を目安に動くべきだね」

「……明後日?」

「ああ。新参者は人身売買が主な収入源だ。その取引は決まった日付で行われている。最近は奴隷売買もコネがないと難しいから需要はあるようだからね。特に子供なんていうのは引取先がいれば良い商売になる。それが、明後日というわけだ。それまでは商品価値を下げないようにそこまで酷い事はされないだろうね」


 人身売買と聞いて、脳裏に浮かんだのは借金取りの顔だ。

 何か関係しているのではないかと思い……やっぱりないと判断する。あの借金取りがこんなリスクがあるようなことをするとは思えない。やるならもっと金になるグレーな事だろう。そういう方面の信頼が出来ている。


「なるほど……その現場を強襲する感じですか?」

「いや、取引の最中は警戒されているから難しい。だから、明後日は取引の前日なんだよ。商品を揃えて後は取引の日に行動に移すだけ……というタイミングだからね。普段よりも手薄になっているはずだよ。まあ、手薄といっても元冒険者の誰かがちゃんと見張っているだろうけどね」

「……やけに詳しいですね」

「これでも、魔具屋としてツテはあるからね。万が一奴隷売買の罪で摘発されてしまえば捜査されて、こちらまで被害が及ぶ可能性があるだろう? だから、ちゃんと情報を抑えているんだよ」


 そう言われて納得はする。

 とはいえ、それだけ知っているなら何かしらの行動を起こしているような気もするが……まあ、ストスとは知り合ってすぐだ。そこまで踏み込んだことを聞く関係でもない。


「さて、それじゃあ場所は地図にしたためておくことにしよう。そうだね。それとこれも渡しておくよ」


 そう言って手渡しされたのは……一本の瓶。


「これは?」

「世間的にポーションといわれているものだね。特にこれは、魔力を補給する。死ぬほどマズイらしいけど、それでも君には必要だろう?」

「……それ、下手な魔具より高価だし入手が難しいですよね? いいんですか?」

「魔具によってはこれを使わないと利用できないから用意をしているだけだからね。魔具よりも僕の中では価値は低いよ。まだ在庫はあるし、これも投資さ」


 色々と思いながらも、貰える物は貰っておくべきだろうと受け取る。

 魔力の回復手段があれば、イメージしているよりもスムーズな戦闘が行えそうだ。


(……初の対人戦か。それなら、誰を動かすか……)


 散々考えてきた対人の戦術を使えることに、思わず気分が高揚してくる。ゴブリンやアガシオンも使い方次第で……いや、待てよ? 他にも――

 と、突然ストスが笑う。


「ははは、笑っているなんて君も相当だねぇ」


 そんなこと言われて、俺は何のことか分からず首を捻るのだった。

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