第33話 ジョニーは頼まれる

「……この子はこの前のスリをしてきた子供か」


 倒れて気絶している少年は、顔がボコボコに腫れていて明らかに暴力によって痛めつけられたことがわかる有様だった。

 呼吸は大丈夫か確認をして……息は出来ているようだ。ボロボロだが、命に別状はないらしい。それだけは安心する。


(……さて、どうするか。ルイを呼ぶか?)


 悩むが、結局ルイが今いる場所が分からない。それに、このまま放置をするのも気分としてはよろしくない。

 縁が出来ると、どうしても情がでてしまう。それに、折角出来た友達の関係者だ。それを見捨てるほどは人間性を捨てては居ない。とはいえ、呼びに行ってもこの少年が何に巻き込まれているか分からずに放置するのも……


「ぐっ、うう……」

「っ、目が覚めたのか。おい、大丈夫か?」

「か、返せよ……返せ……!」

「おい、落ち着け。俺はお前を殴った奴じゃない」


 まだ錯乱しているのか、俺に掴みかかろうとする少年を落ち着かせる。

 まだ平静を失っているようだが、落ち着かせるために根気強く声をかけ続ける。すると、徐々に目の焦点が合ってきて俺の顔を認識する。


「……あれ? この前の……兄ちゃん? どうして、ここに……?」

「表通りまで物音が響いてきたから気になって見に来たんだよ。それで、どうしたんだ? 怪我は大丈夫か?」

「……大丈夫……ぐっ、うう……俺のことはいいんだ……ただ、ただ……」


 泣き出しそうな顔で俺を見ている。

 ……絶対に面倒事だ。分かっているのだが、これを振り払えない。


「ほら、落ち着け。それで、ちゃんと教えてくれ。何があった?」

「……俺たち、最近ずっと変な奴らに狙われてたんだ。今までは裏を仕切ってる奴らに金を払えば手出しはしないように守ってもらってたんだ。でも、突然金が足りないから守らないって言われ……俺達に払えって言ったんだ……」

「どのくらい、金をせびられたんだ?」

「1000ゴルド……」


 ……思ったよりも高いな。一家を養うのに1万ゴルドが一般的な金額と言われている。

 そこから考えれば、即金で1000ゴルドという金額は簡単に支払えるような金額ではない。特に、貧民窟で稼げる金額を考えるなら表で稼ぐよりも数倍は苦労をするはずだ。それこそ、俺の10万ゴルドと同じくらいに困難だろう。

 しかし、ルイから話を聞いてからあまりにも早すぎる。


「それで、スリで稼いで見つかったのか?」

「ううん、違うよ……普段はルイねーちゃんにお願いをしてたけど……あいつら、とんでもないことを言ってきたんだ」

「とんでもないこと?」


 突然、怒りを見せる子供。

 一体どんな要求か? 金ではないとなると……ふと、思い浮かぶ答えがある。


「……もしかして、ルイ自身か?」

「そうなんだ! あいつら、金が払えないなら……ルイねーちゃんをすぐに呼んで来いって……そして、ルイねーちゃんがしばらく奴らに協力したら今まで通りにしてやるっていったんだよ!」

「……そりゃ無茶な要求だな。裏の組織に一度でも所属したら二度と抜け出せないだろうし、それじゃなくても汚れ仕事はさせられるだろうな」

「だから、俺達は絶対に駄目だって言ったんだ。あいつらは、別にそれでもいいって言って帰ってさ……そうしたら、ちょとして見覚えのない奴らが俺達の隠れ家にいきなり押しかけて追いかけてきたんだ! ……必死に逃げたんだけど、それでも追いつかれて……妹たちが攫われたんだ」


 ……なるほど、すでに誘拐されてしまった後か。

 しかし、そうなると疑問は浮かぶ。子供たちを追いかけたと言っているが、こうしてこの少年だけが殴られて放置されていた理由にならない。人材を求めているのであれば全員を纏めて浚うだろう。


「……なんでお前は浚われなかったのか、理由は分かるか?」

「うん……あいつら、俺を見て年を取り過ぎてるって言ったんだ。他にも逃げた兄妹は居るんだけど、狙われたのは小さい弟とか妹ばっかりで……ちっちゃい子供ばっかり狙ってたんだ。多分、3人か四人は捕まってる」


 ……きな臭い話になってきたな。

 この子供は見たところまだ十二歳くらいか。それで年を取り過ぎてるとなると……まあ、売り先はなんとなく想像は付く。


「にいちゃん……どうしたらいいんだろう……妹たちが、このままじゃ居なくなっちゃうよ……」

「……ルイを頼るのは難しいよな」

「当たり前だよ! ルイねーちゃんは俺達のためにいつも頑張ってくれてるんだ! それに、絶対に無理をしちゃうからさ……ねーちゃんは、冒険者になって友達と楽しそうにしてるんだ……それを、邪魔したくないんだよ!」


 そう叫ぶ少年を見て、俺の脳裏にはティータの顔が思い浮かんだ。

 ……どうしても、重なってしまう。血の繋がっていないであろう家族を守る気持ちは、自分と関係ないと切り捨てられない。


「……昔から、ルイねーちゃんは俺達のためにずっとお金を作ってくれたんだ。俺達だって知ってるよ。冒険者になる前から男の振りをして働いて、やっと冒険者になって稼いで頑張ってるんだ……! もしも、ねーちゃんを頼っても……今度はねーちゃんが酷い目に遭うなら意味が無いよ!」

(ルイが男っぽい口調だったのは、そういう理由か……)

「でも、妹のシリカは物静かで臆病だから……もしかしたら、怖くて一人になったときに泣いてるかもしれないんだ……俺にも、力があったら……そうしたら、守れたのに……」


 そう言って、涙を流しながら悔しがる少年。

 自分は別に、情に厚い方ではない。関係ない人が悲惨な末路をたどろうがなんだろうが、それはそれと流せる程度の人間だ。だが、近い人間の状況を知ってしまって見捨てれるほどではないのだ。


「なあ、どこまで出来るかは分からない。でも、妹を助ける手伝いくらいはしてやろうか?」

「えっ? な、なんで……にいちゃんに理由はないだろ!?」

「……俺にも妹が居るからな。家族を守りたいって気持ちは分かる。それに、ルイは友達だ。友達が無茶なことをするかもしれないなら、先に事件を解決する方が楽なもんだ」

「……ほ、本当にいいのかな……にいちゃん、俺……頼っても」


 怯えて、そう聞いてくる少年。

 ……きっと頼れる大人はいなかったんだろう。騙されないように警戒をしてばかりだったのだろうが……それでも、俺の言葉にすがりたい程に追い込まれている。そして、そんな子供を俺も見捨てられない。


「ああ、任せろ。それと、俺の名前はアレイだ。お前の名前は?」

「お、俺は……ルーク。ルークって言うんだ……アレイにーちゃん。本当に……本当にシリカを助けてくれるんだよね?」

「ああ、絶対に助けると約束までは出来ないが……できる限りはやってみるさ」


 ふわっとした確証もないような約束。しかし、それでも地獄に垂れ下がってきた蜘蛛の糸を掴んだかのような嬉しそうな希望に溢れた表情を浮かべるのだった。



「……すいません、居ますか?」

「おや、いらっしゃい。それで、今日はどんな用件かな?」


 約束をした俺はルークを帰してから、ルイ以外で貧民窟について詳しい頼れるであろう人間を考えて一人だけ顔が浮かんだ。

 それは、当然ながら魔具屋で主人をしているストスだ。早速魔具に関係ない内容で頼るというのは複雑な気分だが。


「……貧民窟の状況について聞きたくて。どうも、子供達がみかじめ料を払えずに何者かに浚われる事件があったらしいんですけど……何かご存じですか?」

「おや、どこからそれを? フェレスからの情報というわけでもないだろうに」

「……借金取りのことが何か関係あります?」

「君の情報の出所を考えると、そこくらいしか思い浮かばなくてね」


 ストスの言葉だが、何か違和感を感じる……が、脳内ではちゃんとしか形にならなかったので切り捨てる。


「貧民窟の子供と知り合ったんですよ。そこで聞いて、まあ放置しておけなくて」

「アレイくんは物好きだねぇ。見ず知らずの子供なんてどうでもいいだろうに」

「知らなければいいんですけど……友達の関係者を見捨てられないだけですよ。それに、全く見ず知らずというわけじゃないので」

「まあ、そういうことにしておこうか」


 ニコニコとした笑顔で、含みを持ってそう言われる。

 ……まあ、色々と反論したい気分になるが言っても栓のないことだが。


「それで、何か知ってませんか? ストスさんなら、この貧民窟で生きてるから何か知ってると思うんですけど」

「ああ、もちろんそれに関する話は知っているし事情も分かっているよ」

「なら……」

「でも、教える義理はないかな。何もなく教えても、僕にメリットは無い。そうだろう?」


 ……確かにその通りだ。ストスは商売人であり、この貧民窟という界隈に生きている人間だ。情報とは、価値があり扱いは貴重である。

 だからこそ、教えて貰うために何をすれば良いのかは分かる。


「……現金ないんで、魔具を譲渡でどうです?」

「具体的じゃないね」

「それなら、アガシオンの……」

「同士の物を貰うわけには行かないね。それに、今は現金で困ってるわけじゃないから未来の投資でもいいよ」


 ……なるほど。そして考えに考えて、仕方なくストスに頼む。


「……次のダンジョン探索で見つけた魔具は、全部ここに持ってきてここで処分します。それでどうです?」

「契約は成立だね! いやあ、いい約束をしてくれたよ」


 笑顔でストスは教えてくれるのだった。

 ……本当に、このまま裏社会にズブズブになって取り込まれるんじゃないかと不安になってくるのだった。

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