第32話 ジョニーとトラブルの種
さて、改めて街に出てきてぶらぶらと歩く。
街の喧騒は昨日と変わらない。まあ、事件があったわけでもないので当然だろう。
(……こうして歩いて思うけど、平和だなぁ)
心持ちの問題ではあるが、それにしてもこの世界はダンジョンという目に見える資産の山があるせいかあまり国同士の争いは起きていない。
なので、人の行き来も多く種族も多様だ。例えば、先ほどすれ違った中にエルフやドワーフのような人間ではない種族も歩いている。
(こういう種族の人と交流とかもしてみたいところだな)
心の余裕は行動やら気持ちにも現れてくる。
普段ならそこまで交友関係を広げようと思わないのに、そんな風に思うのは前世の知識だけが理由ではないだろう。
(人間に近いけど種族特性とかあるらしいからな。場合によっては、協力関係になったときに組み込めるかもしれない)
「……召喚術士くんさ、もうちょっと平和そうな顔をして街を歩いたら? 街の人が引いちゃうよ?」
「ん? そんな顔をしてたか?」
「うん。今日は気分転換なんでしょ? ならそういう顔をしないとさ」
そう言われて、思考を切り替える。
気分転換というのだから、ダンジョン関係の事は無しにしよう。素直に今の感性でファンタジーであるこの世界を楽しむとしよう。
「それにしても、外ってこういう感じなんだね。面白いなぁ」
「やっぱり、モンスター的には結構不思議か?」
「まあ、基本的に冒険者達が襲撃してくる場所だしモンスター同士って大して交流はないんだよね。アガシオンと知り合ったのだって偶然だし、普通はもっと寂しくダンジョンで生きてるんだよ」
さて、先ほどの忠告をしてくれたように今日はザントマンを召喚して連れて歩いている。
見た目だけで言うなら、年下の子供のように見えるザントマンはあくまでも護衛……というか、ちょっとした実験のために呼んでいる。
それは、召喚獣というのは分かるものなのか? という事と、ザントマンを召喚し続けて魔力量がどのくらい保つのか? という調査でもある……ん? 気分転換なのか? と疑問が浮かんだが俺は楽しいので良いだろう。
(スライムでも出しっぱなしはキツいけど、ザントマンでどのくらいが限度かはちゃんと知っておかないとな)
というのも、ザントマンの能力はとてつもなく有用だ。
地上では幻惑魔法は消費が重すぎて使うことが出来ない……が、固有能力の眠りの砂は使うことが出来るのだ。とはいえ、ダンジョンとは違って使うのに魔力が必要であり乱用は出来ないのだが。
それでも、対策をしていない人間相手であればザントマンがあれば完封できる。理不尽かもしれないが、対策してない方が悪いだろう。それに、目を庇えば無効化できるのを考えれば有情といえる。
「やあ、そこのお兄さん! そこの弟さんのために、ウチの美味しいお菓子なんてどうだい?」
「いや、大丈夫だ」
「そこのお洒落な子に、この帽子なんて似合うんじゃないかな?」
「また考えておくよ」
大通りを歩いていると、露店の引き込みがザントマンを見て声をかけてくる。
見た目だけなら美少年であるザントマンは、目立つようだ。しかし、誰も召喚獣であるとかモンスターなどに気づくことはない。
(やっぱり、普通の町人なら見た目の大きな違いが無いザントマンとかバンシーなら気づかないか?)
つまり、潜入させたり突然の不意打ちに使う……という戦略もありなのか。
問題は、召喚しているコストだ。普通に今も体が重たい。地上での魔力の消費は常にマラソンをしているような状態なので疲労がたまっていくのだ。スライムよりも消費の重たいザントマンならこの辛さは当然というわけか。そして、当然魔力が空っぽになれば強制送還の上で魔力切れによって気絶する事になる
「やっぱりリスクが重いな……」
「召喚術士くん、また悪いことを考えてそうだね」
「んー、召喚術士としての職業病みたいなもんだと思う。楽しんではいるぞ?」
「職業病って言うか、君の業って感じはあるけどね」
楽しげに言うザントマンにそう返答をしながら街を歩き続ける。
前のダンジョンでの宣言から、初めてザントマンを召喚したが特に変化は無い。気持ちこちらに気を許している感じはあるが、目に見えた変化というのはなさそうだ。
(忠誠を誓うってのは、隠された効果なのかね?)
どうしても具体的な能力や数値で見たくなる。ふわっとした内容で効果が分からないのは不安になるのはゲーマーの性だろう。ちゃんと何が起こるかわかりやすくなっていて欲しいし、欲を言えばデータで見たい。
「ねえ、召喚術士くん? 周りから変に思われてるよ?」
「ん? あ、すまん」
周囲から怪訝な視線を向けられていた。
つい、考え込んで足を止めて上を向いていたのだ。そりゃ変な目で見られる。変人だと思われたらここから先で噂にされそうなので行儀は良くしておきたい。
「それで、どこに行くんだい?」
「特に決めてなかったんだが……まあ、本屋かな。ティータのために新しい本を買いたいし」
あれからもちょくちょくとお土産と称してティータには本を買っていっている。
普段はちゃんと遊んだり話をしてあげられていないからこそ、贈り物をしている面はある。
(ちゃんとティータとも交流しておきたいな)
体が弱く、屋敷の外に殆ど出ることがないティータをこの喧噪の中に連れてくる事は出来ないが、静かな場所でピクニックのような行楽をするくらいは許されるだろう。
そんなことを考えながら歩いて……ふと、目の前で珍しい人を見つける。
「あれ?」
「おや、召喚術士さん」
「アレイです」
受付嬢さんだ。何やら買い物袋を持って買い物をした後らしい。
こちらを見ていつも通りのにこやかな顔で……というか、普通に受付嬢衣装なんだ。
「仕事中ですか?」
「そうですねー。自主的な休憩時間ってところです。新作のお菓子を買いたかったので」
それはサボりでは? と思ったが口を紡ぐ。
余計なことを言うと、今後が怖い。受付嬢さんみたいな人には良い関係で居た方が平和に生きられるのだ。
「召喚術士さんは、お仕事は大丈夫ですかー?」
「ちょっとした休暇中です。終わったらまたダンジョンに行きますよ」
「分かりましたー。また面倒くさい依頼見つけておきますねー」
「いや、面倒くさいのじゃなくてもいいです」
この人、俺のことを何だと思っているのだ。
とはいえ、報酬面が良いのなら受けるが。金欠というのは選択肢がなくなる。貧乏だの借金だのは本当に敵だ。
「でも、そういう依頼は報酬もいいですし心象も良いですよー?」
「……誰の心象ですか?」
「私のですねー」
笑顔でそう言いのける。
……やっぱりいい性格してるなぁ。この人。
「それじゃあ、そろそろ私は仕事に戻りますねー」
「あ、はい。お疲れ様です」
「では、召喚術士さんもそちらの召喚獣さんはあんまり出しっぱなしは良くないですから気をつけてくださいねー? 場所によっては、普通に罰せられますから」
そう言い残して、笑顔で去って行く受付嬢さん。
俺はというと、ザントマンの正体が分かっていたことに驚いてフリーズしていた。
「……やっぱりただ者じゃないな、あの人」
「なんだか凄い女の人だったね、召喚術士くん。それで、忠告はどうする?」
「すまんが送還しておくよ。忠告されたのに無視するのも悪いしな」
「うん、了解。次に必要なときにはすぐに呼んでね」
そう言って送還されていくザントマン。
まあ、受付嬢さんのような人には分かるが普通の一般人には分からないというのが判明しただけでも収穫だろう。魔力消費の感覚も掴めてきた。
(よし、後は本でも買って……ん?)
ふと、何か物音が聞こえる。
喧噪とは違う大きな物音。周囲の人間も一瞬気にしたが、すぐに日常に戻っていく。
その理由は簡単だ。聞こえてきたのが、路地の奥から聞こえたこと。つまりは、貧民窟でのトラブルだからだろう。
(……んー)
普段なら、俺も気にせずにスルーしていただろう……だが、ルイとの事もあって気になって思わず見に行く。
物音は収まっていたが、誰かの呼吸音が聞こえてくる。
「……ん? こいつは……」
路地奥のゴミが積み重なっている場所。
そこに、どこか見覚えのあるボロボロになった子供が倒れているのだった。
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