第31話 ジョニーは仕事を終える

「……うおわあああああ!?」

「うおっ!? なんだなんだ!?」


 部屋で眠っていた俺は、朝一番に聞こえてきた大声で思わず起き上がって部屋から飛び出す。すると、廊下には昨日の飲んで寝落ちしたときのままの格好をしたルイが目を丸くして挙動不審になっていた。

 そして、オレを見つけて慌てて詰め寄る。


「あ、アレイ! どこだよここ!? 高級な宿屋か!? そんな金ないぞ!? それとも、どっかに忍び込んだのか!?」

「落ち着け! ここは俺の……元家だから!」

「家!? 元家!? どういうことだよ!? お前、もしかしてどっかの王子とかなのか!? 何がどうなったら冒険者なんてやってるんだよ!?」


 それを聞いて落ち着く……わけじゃなくて、むしろ更に混乱が加速したようだ。

 俺もどうやら冷静じゃなかったようだ。実際、放置できないから深夜に戻ってきてから空いている部屋に放り込んだのだが詳しい説明をするためにはまずルイを落ち着かせないとイケない。


「落ち着けって! ちゃんと説明するから! まず、この屋敷は別に宿屋とかじゃなくてだな……」

「お兄様……? もしかして、帰ってきていたんですか?」

「ティータ!? 体は大丈夫なのか!?」

「はい、大丈夫です。今日は調子がいいので……」


 騒ぎを聞きつけてか、ティータが部屋から出てこちらに来ていたようだ。普段は会いに行くことが多いので、思ってもない遭遇に俺も困惑してしまう。

 ……そして、ティータを見たルイは完全にフリーズしてしまった。叫ぶどころか、指先すら動いていない。恐らくだが、落ち着く間もなく意味不明な中で情報量が多すぎて、処理落ちしてしまったのかもしれない。


「そちらの方は?」

「……俺の冒険者の友達だ。夜も遅くなったから寝かせる場所もなかったんで、ここの空き部屋の一室を貸したんだ。騒がしくしてゴメンな?」

「いえ、大丈夫です。初めまして、ティータっていいます。お兄様以外の冒険者さん、初めて見ました」


 キラキラとした表情に、ぎこちない笑みを浮かべて手を振るルイ。

 ……もうちょっとなんか喋ってくれよ。


「あの、お話を聞いても良いですか? お兄様以外の方のお話も聞いてみたいです」

「は、話……!?」

(……いや、これは話をさせると駄目な気がするな。余計なことを言いそうだし、ティータの教育に悪い)


 今のルイだと、何も答えられないならまだマシなのだが俺の現状だの貧民窟の話だのを全部話してしまいそうだ。


「いや、ごめんなティータ? ルイは起きたばっかりだし、この後はすぐに出かけるないといけないから時間がないんだ。だから、ちゃんと話をするのはまた今度でいいか?」

「あ、そうですよね……お兄様も忙しくしてますから……はい、分かりました。それじゃあ、冒険者さん。また遊びに来たときにお話を聞かせてください」

「お、おう……分かった」

「約束ですよ」


 無邪気な笑顔でそう言ってティータは部屋に戻っていく。

 見送ってから、フリーズしてしまって彫像のようになってしまったルイを引っ張って外に連れ出すのだった。



 外に出てから、少し待つとようやく正気を取り戻してきたらしい。

 息を整えて、俺に向かって何かを言い足そうにして言葉に詰まり、そして最終的に言った言葉は……


「……お前、この屋敷に住んでた奴だったのか」

「正確に言うと、元だけどな」


 まあ、色々と聞きたいのだけど何を聞けば良いのか分からないのでとりあえず事実確認をするという精神状態はなんとなく分かる。 情報量が多いと、とりあえず手元の情報の真偽を見たくなるもんな。

 とはいえ、一旦は落ち着いたようだ。混乱していても一周回ると案外冷静になるもんだ。そんなルイにざっくりと今に至る過程を説明する。


「俺は借金のせいで、もう貴族としての立場もないらしい。この屋敷も善意で住ませて貰ってるようなもんだからな。だから普通に間借りしてる冒険者だよ」

「……まあ、アレイの育ちの良さの原因は分かった。それで、さっきの子は? 家族なのか?」

「妹らしい。俺の知らない間に生まれてたっぽいな」


 その言葉に変な顔をするルイ。

 まあ、実際に聞いてそんなことはあるのかと他人の立場なら言いたくなるだろう。俺だって言いたい。


「事情は色々とあるんだろうけど……お前凄いな。色々と。オレが知ってる中でも本当に変わってる方だ」

「そうか? 他の奴だって色々と事情があるんだろうし、このくらいの変わった事情を持ってるのは普通だろ」

「……そうかぁ? 流石にここまでじゃないぞ……?」


 首を捻るルイに、それよりもと話を変える。


「それよりもだな。ルイが大丈夫だって言ったのに、結局酔っ払って眠ったじゃねえか。困ったんだぞこっちは。ルイの泊まってるらしい宿を探しても見つからないから、仕方なくここに連れてきたんだからな」

「ああー……それは本当にすまん! オレも、こんな風に酔っ払って寝たのは初めての経験なんだ! だから、自分でもビックリしてるんだよ……普段、ああいう感じに飲むことがないからか? いや、でも普段と同じペースだったと思うんだよな」


 本人も不思議そうな顔をしている。どうやら本当に酔い潰れたのは予想外だったようだ。

 ……もしかしたら、ストスの言っていたとおりにルイは気を抜いて飲んだ事もないのかもしれない。俺が余程人畜無害なので気を抜きすぎた結果だというのなら、まあ良いことなのだろう。


「悪いな。本当に迷惑かけてさ。飲み過ぎたし食いすぎたから、その分くらいは返すよ。そんで、幾らだった?」

「ああ、金のことは別に良いさ。今は金にそんなに余裕はないんだろう? なら、今度代わりに奢ってもらうってのはどうだ? 俺も冒険者仲間と飲む機会はないからな。そっちの二人も連れて、4人でもいいぞ」

「……ああ、分かった。そんときはとびっきり美味い店を紹介してやるよ」


 少し逡巡していたが、その後に笑顔を浮かべてそういうルイ。

 まあ、貸しだの借りだのを積み重ねすぎると対等な関係というのは難しい。貸し借りなんていうのは借金取りとのやり取りだけで十分なのだ。だから、せめて友達といえるような相手とは対等な関係でいたい。例え、俺の財布がとても痛くてもだ。


「それじゃあ、またな」

「ああ、次に飲みに誘うときは期待しててくれな!」


 そういってルイは帰って行く。色々とあったが、中々良い交流を出来たんじゃないかと自負をする。

 ……さて、そろそろ本来の目的であるお使いの目的を達成するか。



 というわけで、屋敷に戻ってから声をかけてみる。


「イチノさん、居ますか」

「はい」


 その言葉と共に、スッと横に立たれる。

 流石に気配もなく立たれると驚いて飛び退きそうになるが、なんとかこらえる。


「……すいません、イチノさん。これ、手紙です」

「承りました」


 受け取ってから、手紙を検分している。とはいえ、中身を見るのではなく危険が無いかを確認しているだけのようだ。

 ……しかし、昨日は声をかけても出てこなかったのは何故だろうか。


「イチノさん、もしかして昨日はお休みだったんですか?」

「いえ、ちゃんと屋敷に居ましたが。ティータ様のお世話をしていました」

「えっ? でも、俺が呼んでも出てこなかったような……すぐに出てくれるとは聞いてたのに」

「申し訳ありませんでした。ですが、アレイ様のお連れの方が勘の良い方だったようでしたので、少々お帰りになるまで待たせて頂きました」


 ルイのことか?

 酔っ払ってグデグデになり、部屋に放り込んだんだが……


「……昨日のあの姿を見て?」

「ええ。あの状態でも、警戒をしていました。あまり私のような者が顔を出すと酔いを覚ましてしまうと思いましたので。それに、私としても面識を持ちたくない相手は居ます。特に、仕事柄出会う可能性のある相手で目端の利くような方とは」


 ……詳しく聞きたい気もするが、イチノさんは答えるつもりはないという態度だ。

 それに、イチノさんとも関係を悪くしたいとは思っていない。だから、この話はここで終わりにする。


「それでは、こちらの手紙はフィレス様にお渡しします。またフィレス様から直接お礼があると思いますので、その際には私からお声かけを致します」

「あ、はい。分かりました。よろしくお願いします」

「では、ティータ様のお世話がありますのでこれで失礼します」


 そして、イチノさんはティータの部屋へと戻っていく。

 さて、苦労をする依頼も終わった。このままゆっくり休むとしよう。


(……そういや、ちょっとくらいは酒を飲めるようにしておくか?)


 もし、ルイと次に一緒に飲むときには酒を共にしてやるのも良いかもな。そんな風に思いながら自室へと戻っていくのだった。

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