貧民窟探報編

第25話 ジョニーはアルバイトをする

「警戒しなくても、アルバイトの内容は簡単ですよ? ちょっとしたお使いですね。とはいえ、簡単なお使いじゃありません。何せ、届け先は貧民窟ですので。だからこそ、ある程度腕が立って信用の出来る相手出ないとお任せが出来ないんですよね。その点、アレイさんなら安心ですね。現役の冒険者であればなんとかなる範疇ですので。ああ、表みたいに冒険者が危害を加えると捕まるなんてことは無いので遠慮せずに冒険者の商売道具は使ってもいいですよ。殺さない方が面倒がないのでいいですが」

「……あの、貧民窟ってそんなに危ないんですか? 俺は行ったこともないんですけど」

「縁が無いとそういう認識になりますよね。安定しているときと荒れているときがあるんですが、今は荒れているんですよね。犯罪組織の台頭もあるのですが、引退した冒険者崩れが行き着いて幅をきかせているのも問題ですね。貧民窟での実権を握るためにピリピリしているんですよ。だからこそのアルバイトですね。普段使う連絡役でも不安になるので」

「なるほど……」


 冒険者というのは、ダンジョンという高濃度の魔力が漂う空間で戦うことで実力の伸びしろが大きくなるらしい。一部の国や軍では、選ばれた兵士をダンジョンに潜らせることで意図的に戦力の底上げをしているという噂もあるほどだ。

 前世の知識で照らし合わせれば、高山トレーニングのような物だろう。空気の薄い場所でトレーニングをすることで心肺機能を強くするのに近いのかもしれない。モンスターを相手に戦い魔力の使い方に長けた戦闘の専門職。そのせいで下手な街の警備をする人間よりも冒険者は圧倒的に強い。


(だから、街では暴力沙汰や揉め事が起きた場合に冒険者側に不利なんだよな)


 一般人よりは圧倒的に強く、銀等級ともなれば竜とも戦えるような存在だ。だからこそ、その行動や言動には制限がかかる。

 しかし、裏社会のような暴力が物を言う場所においては冒険者だからと咎められることはなく、むしろ有利な称号になるのだ。怪我や問題などを起こしてダンジョンに潜れなくなった元冒険者の行き着く先の一つが裏社会と言われている。そしてこの街でも、そんな冒険者が騒動の中心なようだ。


「……で、お使いっていいますけど犯罪行為じゃないですよね? ヤバイ物を届けるとかなら俺はあんまりしたくないんですけど」

「あはは、当然ながら運ぶ内容としてはクリーンですよ。何せ、知り合いに送る手紙ですからね。少なくとも、犯罪だとしてもバレるような真っ黒なことはしない主義ですので安心してください。他人を介するなら灰色程度の事しか任せませんよ」


 ……ちょっと問い詰められると困るが、別に裁かれるわけではないようなことという訳か。とはいえ、この借金取りの言葉には嘘はないのだろう。これまでのことを考えても、詭弁だったり不都合なことを誤魔化すような言動はしても、嘘をついたことはない。

 別に信頼をするわけではない。しかし、借金取りとしてここまで生き抜いてきたこの男というブランドを信用しても良いのかもしれないと考えた。まあ、これもちょっと毒されたような気分ではあるが。


「分かりました。受けますよ。殆ど受ける前提の話でしょうし」

「いやあ、察しが良くて助かりますよ。それじゃあ、このメモに書いてある場所にこちらの手紙を持っていってください。手紙一つとしても、流石にこれが奪われるような事態も起きますのでね。そうそう、もしも先方から何かを受け取った際に私に会えないときはイチノに渡してください。それで話は通じるはずです」

「分かりました。アルバイトの報酬は……」

「それは仕事が終わってからでいいですかね? 手紙の結果次第でこちらも儲けが変わりますので。得をした分は還元しますよ」


 にっこりと笑顔を浮かべて、そのまま手を振ってから金貨の袋を懐にしまって屋敷を出て行く借金取り。

 ……なんとなく、見送ってから残ったイチノさんに話しかける。


「あの人、忙しいんですか?」

「フェレス様はいつも忙しくされています。むしろ、こうしてわざわざ自分から出向くことが珍しいほどです。ですので、それだけ貴方に期待をされているのかと思います」

「へえ……いや、それって知らない間に俺が借金取りの部下として組み込まれませんよね?」

「……」

「そこはちゃんと返事してくださいよ」

「冗談です」


 真顔でそう言いのけるイチノさん。本気かどうかすら読み取れない。

 とはいえ、なにがイヤだったのかと言えばそうなったらそうなったでアリか……と考えそうになったことだ。それでも、俺の心に芽生えた熱は冒険者として何かを成し遂げたいという思いが未だに燃えさかっている。

 ……楽でもない、苦労をする命がけの道だというのに我ながら度し難い衝動だ。だが、それでも悪い気分はしないのだった。



 さて、面倒な借金取りとの話し合いも終わったので人間性を求めてティータに会いに来た。昨日の間に、お土産の本を買っておいたので準備は万端だ。部屋に入って本を渡すととても喜んでくれたが、それよりも俺の冒険の話を聞きたいと言われた。

 なので今回の銅級ダンジョンを潜った冒険の話をしていた。危険だったことや、危うく死にかけた事はマイルドに誤魔化しながら何が起こったのかを伝えていく。他人に冒険を話すのは楽しいのだとティータと会話をすると思い出させてくれる。


「――で、最後にワームを倒すためにフェアリーはバンシーに変わったんだ。ほら、見た目はそのままだろ?」

「わぁ……フェアリーちゃん、凄い大きくなったんですね! こんなに大きくなるなんて……でも、前と同じで凄く可愛いままです!」

「えへへ……そうかな? ありがとうね」


 面識のあるフェアリーの変化は教えておいた方が良いだろうと思い、話の最中にバンシーを召喚しておいた。

 最初は驚いていたが、意外と好感触なようだ。ティータは興味津々にバンシーに色々と話を聞いている。やはり、好奇心旺盛なようだ。


「見た目はそこまで変わらないけど、中身は凄い変化をしたんだ」

「はい。ですから、ここからドンドン活躍する予定です。今までと違う私ですよ」

「なんだか、フェアリーちゃん……じゃなくて、今はバンシーちゃんだったね。凄い落ち着いたけど、前向きになった感じがする」

「進化をして別種族になると心構えも変わるみたいです。なんだか、今までとは気持ちが全然違うんです」


 静かな笑みを浮かべるバンシー。日が経つほどに、バンシーは徐々に落ち着いた雰囲気になってきた。最初こそ、フェアリーの時のような快活さが残っていたが徐々に物静かな雰囲気に変化してきた。性格の変化もあるのは面白い。とはいえ、ベースは変わらないようだ。


「召喚術士さんも、最初は不満そうだったんですよ。前と違うって」

「なんか言い方がおかしいだろ。戦い方を変える必要があったから悲鳴をあげたんだよ」


 魔力操作に頼り切りだったからなぁ。あの後も、バンシーの運用について色々と考えていたのだが、切り札枠としての組み立てを考えるのは面白かった。過去は振り返らない。魔力操作の居ない世界でも俺は楽しんでいくのだ。


「それで、お兄様。お話にもありましたけど他にも仲間になった人がいるんですよね? どんな方なんですか?」

「ああ、面白い仲間が増えたよ。そうだな、ついでに紹介しておくか」


 そう言ってもう一体召喚する。

 召喚符から、魔力が形を成していく。すると、そこには箱の中に隠れた影のような姿の召喚獣が現れた。


「……ええっと……ミミックさん?」

「あ、アガシオンです! こんな見た目になるとは自分も思って無くて……」


 アガシオンと契約をした際に、体ではなくて壺の方が変化をしたのだ。いわゆる水瓶のような壺から、豪華な宝箱になった。多分、コレクターとしての性質が反映されたのだろう。しかし……まあ、ミミックにしか見えない。

 その見た目通り、個性はやはり収納だった。魔力によって作った自分の宝箱の中の異空間に道具をしまうことが出来る。その容量は魔力や貯蔵量によって変わり、一度収納するとその分の魔力の消費量が重くなっていく。これは召喚符の状態でも同じだ。とはいえ、抜け道は色々とありそうである。


「そ、その……お近づきの印にこちらを……」

「わぁ……綺麗なブローチ……いいんですか?」

「は、はい……」

「ありがとうございます! ふふ、こんなおしゃれをするの初めてかもしれません」


 渡したのは、アガシオンの収集品として持っていたブローチだ。本人的には持っていたものの、魔具ではないのでそこまで重要ではないらしい。

 しかし、ティータが喜んでいるようで良かった。俺からも、何か装飾品を渡すのもいいかもしれない。


「ありがとうございます、お兄様。お兄様、新しいお友達も見つけれて……本当に凄いです」

「いや、運が良かったんだよ。普通ならもっと苦労するだろうからな」


 普段から運が悪い揺り戻しかもしれない。個人的には差し引きで言うとちょっとプラスだと思っている。

 そんな話をしながら、ふとティータが呟く。


「そういえば、バンシーさんとアガシオンさんに聞きたいんですけど……お二人からみたら、お兄様はどういう人ですか?」


 ……嫌な質問というか居たたまれない質問が来たな。

 このまま残っていると、俺は精神的な苦痛を味わってしまうかもしれない。他人から目の前で批評をされるというのは褒められようが貶されようがダメージがあるに決まっている。


「俺は席を外して――」

「え、えっと……その、良い召喚術士さんだと思いますよ……? じ、自分のことが欲しいって言ってくれましたし」


 あ、待て。なんか嫌な予感が。

 アガシオンの言葉に、反応したのは当然ながら聞いていた二人。バンシーはアガシオンを仲間にする場面では居なかったから、初耳だったのだろう。


「え、お兄様がそんな情熱的な……!?」

「待ってください。それ、私も知らないんですけど」


 バンシーとティータが俺の方を見る。

 なんかティータは興味津々だし、バンシーはちょっと怖い。


「いや、あの時は作戦に必要だったから……」

「でも、最初に自分のことが必要だって勧誘されましたよ……?」


 そこでさらなる追撃のようなアガシオンの言葉に、ティータは興味があると言いたげに目を輝かせ、バンシーは何やらこちらに対して睨むような視線を向ける。


「まさか、召喚術士さん……他にもそんなことを言ってるんですか?」

「お兄様! そのお話も聞かせて欲しいです!」

(……逃げれ、ないな)


 多分このまま外に出てもイチノさんに捕まるだけだろう。

 観念した俺はなんとか二人を満足させつつ変な誤解されないように、どうやって説明をするのかひたすら悩みながら話をするのだった。

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