第24話 ジョニーとリザルトその2

 ――さて、帰ってきた俺は冒険者ギルドの応接室に座っていた。

 というのも、話が込み入っているので最初から聞いて纏めたい……ということらしい。そして、その聞き取りをしてくれるのが……


「召喚術士さん、怪我が好きですねー」

「アレイです。あと、好きで怪我してるわけじゃないです」

「そうなんですか? てっきり、怪我をして私を心配させようとしてるんだって思ってました」

「心配してたんですか?」


 微笑んで何も言わないのは辞めて欲しい。いつもの受付嬢さんが相手だった。

 さて、あの後は無事に契約を済ませて死にそうになりながらも、槍を杖代わりにしてダンジョンを出る事が出来た。そこからが大変で、見張りの人も地鳴りによって警戒をしていたらしくすぐに俺を見て駆けつけてくれた。簡単な事情の説明をして、とりあえず俺の状態を見て簡単に近くの村に連れて行って治療をして貰えたのだ。

 とはいえ、村医者では最低限の応急処置程度。そのまま、街で正式な治療を受けるべきだと馬車に乗せられて丁重に運ばれたのだった。添え木で多少真っ直ぐに固定して貰ったのと、痛み止めを服用させて貰ったのでなんとか痛みはマシになっている。

 そうして、やっと街に帰ってきてからは冒険者ギルドからの出迎えで様々な聞き取りをされて、とにかく伝えれることを答えていきようやく解放されるかと思いきや、そこから更に正式な調書に纏めるために連行されてここに来たのである。冒険者というか怪我人に優しくない。


「――そして、元凶を倒したと。うーん、凄いですねー。なんだか一本お話でも書けそうですね」

「……まあ、嘘だと思われても仕方ないかとは思いますけどね」

「そこは大丈夫ですよ。ダンジョンの消滅も確認しましたし、ワームの死体も証拠としては十分でした。魔力の痕跡と解体で嘘はないと裏付けは取れてますし……ただ、レアケース当たりすぎですねぇ。まあ、面倒な事になっているダンジョンかもなぁとは思ってましたけどここまでとは」


 他人事みたいにそう言われる。

 ……いやまあ、他人事だけど紹介したのはそっちだからもうちょっとなんか欲しいという気持ちは芽生える。


「それと、指輪も問題ありませんでした。槍も一緒にお渡しをしましたが良かったですか?」

「ええ。役に立ってくれましたけど俺には使いこなせないので」

「先方も喜んでくれましたよー。指輪だけでも帰ってくればと思っていたら、まさか槍まで帰ってくれるとは思っていなかったって。召喚術士さんの名前も売れるんじゃないですかねー」


 そんな事を言う受付嬢さん。

 ……さて、あの槍と指輪の持ち主は同じだったらしい。指輪は壊れないような加工をしているが、槍に関してはもはや無いものとして考えていたのだとか。だからこそ、両方が帰ってきた事はまるで故人が戻ってきたようだったと泣いて喜んだと受付嬢さんからは聞いた。

 冒険者というのはいつ死んでもおかしくない職業だ。だからこそ、縁者も覚悟はしている。それでも……やはり、何か戻ってきて欲しいと願うのだろう。ただ、その話を聞いてティータに残る傷を考えてはまた死ぬ訳にいかない理由が増えたと思ってしまうのだった。


「アレイです。それで、名前が売れるってことは……具体的に、何がありますかね?」

「面倒な塩漬け依頼を消化してくれる便利な冒険者さんだって広まって、色々な仕事がやってきて達成して私の評価が上がってお給料が増えますね」

「最後、受付嬢さんの願望じゃないですか」

「とはいえ、そんなにイレギュラーな事を起こすなんて……もしかしてトラブルメーカーですか? お給料が上がってもトラブルが多いと事後処理面倒なんですよねぇ」

「いや、そんな事言われても」


 面倒な依頼という危険に飛び込んでいるのだから、トラブルが付きものになるのも仕方ないだろう。

 だんだん遠慮が無くなってきた……いや、最初から遠慮とかはあんまり無かったな。この受付嬢さん。


「良い拾いも……冒険者さんを見つけたなーって思ったんですけど、なかなか塩梅が難しいですねぇ。全部自分で独占せずに他の子に回して苦労を分かち合うべきですかねー?」

「いや、そう言われましても。あと拾い物っていいませんでした?」

「まあ、冗談は置いておきまして」


 マイペースだなこの人ほんと。あと、多分冗談じゃなくて半分以上本気だろ。


「今回の件では、騒動にはなっていましたがワームがダンジョンから出てきていた場合には近隣の被害などを考えて未然に防げたことは大きな成果です。おかげさまで、冒険者ギルドの評判も上がりますし本当に助かります。今回もお疲れ様でした」


 そう言って丁寧に頭を下げる受付嬢さん。

 ううむ、仕事ちゃんとしてるんだよなぁ。なんか軽口が凄く多い気もするし、マイペースだがちゃんとこの人もギルドの看板なのだと感心する。


「さて、報酬にも本来よりも成果がありましたので追加報酬があります」

「おお!」

「さて、報酬をお伝えする前に……以前に治療をして頂いた治療師の方を手配して欲しいということだったので……その際の治療費の概算がこちらですね」


 足がバキバキに折れてしまったのを治すために、治療師に頼めば良いかと考えてお願いしていたのだがその概算を渡される。

 色々と細かいことを書かれた紙の最後の金額を見……は? 嘘だろ。マジで言ってるのか? 稼ぎが全部吹き飛ぶぞ。


「まあ、怪我の度合いで価格って高くなるんですよねぇ。後遺症もないように治療する必要がありますし。やっぱり忙しいですからねぇ」

「……念のために、これ自然治癒だとどのくらいになるんですかね?」


 俺の足に目線を向けて聞いてみる。

 受付嬢さんに聞いても分からないだろうと思ったが、もはや俺もとんでもない値段に混乱しているのだ。


「そういうと思って聞いてますよー。治療術士さんに状態を伝えましたが、治癒まで少なくとも半年はかかるそうですよ。あくまでも、自然治癒をした上ですね。リハビリもありますし、その間に骨が歪まないようにケアをする必要もありますねー。失敗すると、普通に歩く事も難しい状態になるらしいです」

「……じゃあ、治療術士に頼んだらどのくらい早く治るんですか?」

「基本的には一週間で元通りですねー。後遺症もありませんし、リハビリ込みの期間です。まあ、だからこそ治療術士が高額なんですけどね」


 ……比べものにならない。というか、問題は半年動けなくなるだけで借金の返済も何もなくなって身売りしかなくなることだった。


「ただ、幸運なことに追加報酬で支払えちゃうんですよねー。良かったですねー」

「……本当に良かったです」


 ああ、追加報酬を先に聞かなくて良かった。もしも聞いていたら、悲しみは増していたのだろう。幸いから不幸ではなくて、不幸からの幸いになれば多少は気分はマシだ。

 借金を返した上で当面の悠々自適な生活が出来ると考えていた俺は、涙を飲んで受付嬢さんに治療術士の紹介をお願いするのだった。



 さて、今日は借金返済の約束をしていた期日だ。

 リハビリも終わって、歩けるようになった俺は屋敷の応接室で借金取りと対面していた。


「やあやあ、お久しぶりです」

「……どうも」


 相変わらず胡散臭い笑みを浮かべている借金取り。とはいえ、どこか機嫌がよさそうである。

 その傍らには、イチノさんがメイド服姿で控えていた。ボディーガードを付けている以上は、他社の介入を許さない厳正な取引を行う現場というわけだ。

 そして、俺は静かに待つ借金取りの前に金貨の袋を差し出した。


「指示された手付金の10万ゴルド。耳を揃えて返済します」


 俺の人生で見たことのない金貨。それを差し出した。

 その中身を改めて、金貨を数える借金取り。金額に不足がないと確認したのか頷く。


「ええ、借金返済の手付金として10万ゴルド。しっかりと受け取りましたよ。これであれば、返済能力は十分だと判断して冒険者の活動をしての返済を認めましょう」

「……はぁ、良かった」


 息を吐いてゆっくりと椅子に体を沈める。

 まず、第一関門はクリアだ。第一関門がこんなに長くなるとは思わなかった。


「いやー、感動ものですねぇ。こうやって実際に返済達成したのはアレイさんが初めてですよ」

「そうなんですか」

「それは当然ですねぇ。実際に冒険者になるって言い出した人間こそ何人も居ましたけど、借金をした屑なんて命を惜しんで逃亡しようとするか、結局自分を売る選択をするような人ばかりでしたからね。まあ、実際に売られた先で死ぬ事はあるかもしれませんが、冒険者よりはよっぽど生存率が高いですからね。いやー、やっぱりどこかのネジが外れたような人間じゃないと達成できないもんですね。私の所に借金をして首が回らないような愚か者とは違いますよ」


 褒めてるのか異常だと言われてるのか、反応に困る評価を貰った。

 とはいえ、認められたのなら良かった。いや、借金取りに認められても困るが。


「とはいえ、怪我も多いようですね。この前も治療術士に全治8ヶ月の足の複雑骨折を治療して貰ったそうですね。それも、結構な大金を支払って」

「……なんで知ってるんですか?」

「情報は命ですからね。ツテを使っただけですよ」


 お茶を飲みながらそういう借金取り。怖すぎる。症状と怪我の内容まで知ってるのかよ。

 「逃亡しようとした」という奴らの末路を考えて、思考を打ち切る。碌なもんじゃないのは分かりきっているからなぁ。


「さて、見事に手付金を返したアレイさんに、実はちょっとお誘いがあるんですよ」

「……お誘いってなんですか?」


 借金取りからの言葉は正直不安になる。

 なにせ、相手は闇の社会を根城にしている住民だ。まず、頼まれる時点で真っ当な頼まれ事の可能性は低い。


「聞けば嬉しいと思いますよ? アレイさんにとってもいい話ですから」

「……えっと、話だけ聞きます」


 駄目なパターンの誘い方に、俺も駄目なパターンの返事をしてしまう。

 このまま何か新しい借金でも作らされるんじゃないかと不安になっていると和やかに借金取りは答える。


「――お誘いというのは、私のお手伝い……いわゆる、アルバイトをしませんか? ちゃんと報酬は支払いますし、借金に関しても融通しますよ? すぐに冒険に出るわけじゃないでしょう?」


 ――断りたいけど、断りづらい提案をしてくるのだった。

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