第23話 ジョニーは攻略した
「召喚術士さん、大丈夫ですか?」
「……いや、大丈夫だ……嫌な記憶が蘇っただけでな」
ワームを前に落ち込む俺を慰めるフェアリー……いや、今はバンシーか。見た目自体は殆ど変化はないがサイズが人間と同じくらいになっている。どうやら、モンスターの進化というのはその形にも大きく影響を与えるようだ。
落ち込んでいる俺と、心配しているバンシーの元へとザントマンとアガシオンがやってくる。
「お疲れ様。いやー、それよりも初めて見たよ。魔力をため込んで、上位のモンスターに変わる進化を実際に見られると思ってなかったからビックリだね」
「ほ、本当に凄いですね……進化すれば、こんなに強くなれるんだ……」
二人の素直な賞賛の言葉だが、俺の気持ちは晴れることはない。
……何故かと言えば、それは進化したことで失った物があるからだ。
(固有能力まで変化するとか聞いてねえぞ……)
ああ、ゲーマーならば覚えがあるのではないだろうか? 己の使っていた便利なユニットが「バランスを崩す」という文言と共に調整され、もしくは数値を減らされたことで元の性能を発揮出来なくなった経験を。場合によっては禁止措置などで己の作り上げた戦略が練り直しになったことも。今回の進化はそのトラウマを彷彿とさせて俺の気持ちを大いにかき乱した。
元より、上位種になるということは魔力のコストが重くなるということ。強くなるのはいいが、コストの重さはそれだけで運用計画は大きく変わる。だが、これだけならまだ良かった。問題なのは、固有で持っていた能力が変わったらしい事を聞いて俺は絶望した。
(フェアリーの魔力操作、本当に便利だったんだよ……)
スライムの分裂もだが、魔力の操作自体は俺が分け与える魔力のサポートから魔道具の遠隔起動みたいな事まで出来た。仲間が増えて、さらに汎用性の高い運用を考えていたのに……。
フェアリーの……というよりも、モンスターの個体によって固有能力が違う以上、同じ能力に出会う事は難しいだろう。一期一会の能力が失われた事実と、今後も同じような展開があると考えて天を仰ぐ。
(――くう……魔力操作……)
もっとお前の運用をしてみたかった。
思わずこぼれそうになる涙を抑えて、天を仰いで使い切れなかった魔力操作に追悼を示した。
「ねえ、召喚術士くん」
「……ん? ザントマン、どうしたんだ?」
「痛くないの?」
そう言って足を指し示す。
まるで飴細工のようにボキボキになって変な方向に曲がっている。座り込んでいる俺は立てないが、痛みに関してはなんというか……
「めっちゃ痛いけど、ちょっと慣れた。というか、麻痺してきたみたいだ」
「それなら、ワームをさっさと殺さない? 魔力で無理矢理眠らせてるけど、この先でどうなるかはわからないし」
「ああ、それもそうだな……ただ、立てないんだよ」
「あ、私が肩を貸しますね」
そういって、バンシーが肩を貸してくれる。
……不思議な気分だな。今まで肩に乗せていたくらいのサイズだったフェアリーが、俺に肩を貸して歩くなんて。そのまま介助されつつ、ゆっくりとワームの前に来て呟く。
「……で、どこから手を付ければ良いんだ?」
ワームの巨体を前にして、そう呟く。それこそ、サイズだけで言うなら新幹線などのようなサイズだ。
倒れて眠っているが、ワームの核がどこにあるかも分からない。懐からナイフを取り出して、皮膚をつついてみる。ブニブニとしていて、弾力がある。どうやら、堅い肉体ではないので解体しようと思えば不可能ではなさそうだと思い刃を刺そうとして……弾力が凄すぎて刺さらない。
……これは難しいな
「どうするかな……ゴブリンでも、これを切るのは難しいだろうし……あんまり派手にやったら起きる可能性もあるからな」
「それなら、私がやりましょうか?」
バンシーがそんな提案をする。
思っても居ない提案に思わず聞き返す。
「出来るのか?」
「ええ、フェアリーの時と違いますから! 任せてください!」
グッと拳を握ってアピールするバンシー。
なんか好戦的になってないか? とも思ったがそれでもやってくれるなら助かる。
「それじゃあ、任せた」
「はい。それじゃあ……」
ワームの眠っている口の前に立つバンシー。そのまま、息を吸って……口内へと叫んだ。一体何をしているのかと思えば、音が伝わっていくワームの体が波打っている。
……もしや、ソナーか? ワームが起きないか少しだけ心配しながらしばらく待っていると、バンシーが寄ってくる。
「核の場所が分かりました!」
「やっぱりソナーか……音で分かるって凄いな」
超音波によるソナーが使えるというのは面白い。
しかし、拡張性はどうだろうか?
「それで攻撃とかも出来るのか?」
「流石に魔力が無いと、ワームにダメージは入らないかも……でも、私よりもちょっと大きいくらいなら召喚術士さんの魔力がなくても攻撃手段に使えますよ」
「おお、それは便利だな」
「ふふ、これが新しい能力です。声に魔力を乗せることで色々と使い分ける事は、普通のバンシーなら出来ませんからね!」
……ふむ。魔力操作自体は新しい固有能力に同じような系統で引き継がれているようだ。
全く違う能力になるわけじゃないらしい。少しだけ救いが……いや、でも運用全然変わるなぁ。召喚しているときの魔力の消費量も中々に大きい。現状の切り札枠になりそうだ。
「あの、召喚術士さん? 大丈夫ですか? また考え事をしてましたけど」
「ああ、悪い。それで、ワームの核の場所はどこだ?」
「この当たりですね。ここの中心にダンジョンの核みたいなものがあります」
そう言って、ワームの胴体の真ん中を指し示す。
……ふうむ、ナイフで切り開くのは難しい。どうするべきか。
「このまま核を貫くような良い手段はないか……」
「あ。それなら、これを使いますか?」
そう言ってアガシオンが壺の中から出したのは……一本の豪華な槍。どこに入ってたんだそれ。
使い込まれている形跡から、ここに挑んで散った冒険者の物なのだろう。魔力によって出来た影のような腕から槍を受け取る……結構重いな。
「この槍なら、多分貫けると思うんですけど……ど、どうですかね?」
「ああ、助かる」
持った感覚でも感じる、よく使い込まれた槍だ。
……このワームに殺されたのかは分からない。しかし、このまま朽ちるはずだった槍をこのダンジョンそのものへ敵討ちをさせるというのも悪くないだろう。
「それじゃあ、行くぞ……あ、すまん。手伝ってくれ」
「分かってますよ。無理しちゃ駄目ですからね」
足のことを忘れてた。バンシーに手伝って貰いながら槍を持ち上げ……そして、それをワームの体へと突き立てる。
パキンという、軽い音。 何か堅いものを砕いた感触。そして、ワームは叫びながら体をよじらせる。
「ギアアアアアアア!」
「うわっ!?」
「こっちです!」
バンシーが俺を抱えてくれながら、ワームから遠のく。
ジタバタと蠢くが、その動きは思った以上に小さい。まるで、着ぐるみの中で何かがもがいているかのようだ。
「ダンジョンの核と一緒に、ワームの核を潰したんだろうね。無理矢理作った体の制御すらできなくなって、中にある本体がもがきながら死んでいってるのさ」
「なるほど」
ザントマンの説明に関心しながら、ワームの体が徐々に溶け始めていく。
それと共に、ワームの体だった場所から色々な物がこぼれ落ちていく。それは鎧であったり、武器であったり、何か分からない塊であったり、指輪を嵌めた白骨であったり……ん?
「すまない! 誰かあの骨が付けてる指輪を回収してくれ!」
「は、はい! 自分が行きます!」
俺の命令にとっさにアガシオンが動いて拾ってくる。
ワームの溶けた体によってベトベトしてそうだが、それでも嫌がる素振りは見せない……もしかしてだが、アガシオンというモンスターは使い魔の性質を持っているので命令されること自体が種族として好ましいのかもしれないな。
「ど、どうぞ。これで間違いないですか?」
「ああ、よくやった。特徴的にも間違いなさそうだな……はぁ、やっぱり食われてたのか」
最悪の想定はしていたが、やはり持ち主は食われていたらしい。それが残っていたのは救いだろうか。
色々と依頼主に関しては想像が出来る。指輪を送った相手が本当に死んでいるのかどうかを知りたかったのかもしれないし……。
「まあ、邪推か」
「何がですか?」
「ああ、いや。なんでもない。あの骨は持って帰れそうか?」
「い、いえ。もうボロボロで……形を保っているのが限界だったみたいでさっき崩れてしまいました」
その言葉に、もしかしたらこの指輪を持って帰って欲しかったのかもしれないと思ってしまう。
思いを馳せている間に、ワームの体は崩壊しきっており、最後に残ったのは1メートル程度になった瀕死のワーム一匹だけだ。
……これが、あのサイズまで肥大化していたのか。そして、ピクピクと痙攣をした後に完全に沈黙して息絶える……ん?
「……あれ? そういえば魔石にならないのか? もしかして、こういうタイプのモンスターって魔石にならないのか!?」
「そうだね。【渡り】って外を動くための擬似的な肉体を作ってるから魔石に該当する核がないんだよね。実質的に、こういう存在はもう外に生きている生物と似たような状態なんだ。外に居る生物は魔力を使えるけど、魔石にならないでしょ?」
嘘だろ!? こんなに苦労したのに!?
面白い事実を聞いたが、それが耳に残らない程に衝撃を受けている。今回の事件の証拠すらないのだとすればこの苦労はなんだったんだ。
「はぁ……最悪だ」
「まあまあ、ワームを持っていけば? 珍しいから証拠になるんじゃない? 他にもそこらに転がっている何かを持って帰っても良いし」
「そうだな……アガシオン、回収できるか?」
「わ、分かりました。指示を貰えれば!」
やる気のありそうなアガシオンに頼んで、証拠になりそうな物をいくつか回収して貰う。
ワームの肉体に関しては流石に嫌がったので俺が持つことにした。背中にくくりつけて持って帰るが、距離をおかれないか不安である。
「このまま、ダンジョンは消えていくんだよな?」
「そうだね……三日くらいかな? そうしたら、このダンジョンだった場所は何も残らずに消え去るよ。ちょっと寂しいけどね」
「それも報告しとかないとなぁ……」
そんな風に相談しながら、特に何も言わずバンシーを送還する。
「えっ!? なんでですか!?」
「すまんが、魔力の限界だから気絶したくない」
「ちゃんと説明をして――」
めっちゃ不満そうな顔をしながらバンシーが消えていった。ただ、本当に限界なので仕方ないだろう。
杖代わりの槍もあるので、これでなんとかダンジョンの外に出れば助けてくれる人もいるだろう。それを頼るしかない。
「……居ないタイミングだと最悪だな。そこは祈るしか――」
「あ、そうだ。召喚術士くん」
そんな風に思いついたとでも言いたげなザントマンの声にそちらを見る。
だが、俺が見たその表情は今までに無いほど真剣で真摯な表情だった。
「――本当に感謝している。この契約を達成出来た君に、僕は忠誠を誓うよ。例え、僕の核が砕けても君に仕え続けると約束する」
「――そうか。なら、後悔するくらいに使い倒してやるから覚悟してろ」
「あはは、怖いなぁ。本当に、本当にありがとう。召喚術士くん……じゃあ、後でね」
そう言って召喚符に帰っていく……魔力を気遣って自分から戻ってくれたのか。
――先ほどの言葉は、召喚符に魔力を込めてザントマン自身で追加で契約をしたのだ。絶対服従の誓い……そこまで言われれば、騙し討ちだったことも許すことにしよう。
さて、このダンジョン探索も色々とあったが頼れる仲間も増えた。良いとは言えないが、悪い冒険ではなかった。
「それに、コレで借金も返済できるからな」
指輪を見る。コレが見つからない最悪のパターンは無くて良かった。
まあ、帰るまでには魔力は持つだろうとアガシオンを見る。アガシオンはこちらを見て首を捻る。
「ど、どうしました?」
「アガシオンも送還してくれるか? 召喚符の状態なら消費する魔力も殆ど無いからさ」
「えっ?」
「えっ?」
お互いに顔を見合わせる。
アガシオンは意味が分からないという表情で。俺は、何ガ疑問か分からないという表情で。
そして、ゆっくりとアガシオンが口を開く。
「……えっと、自分は召喚術士さんと契約してませんよ? むしろ、ダンジョンが崩壊するから契約してくれるのかな……ってちょっと待ってたんですけど……」
「あっ」
……そういえば、契約せずに協力してたんだった。
そんな締まらない中で、契約で魔力が持たずに倒れたら笑い話にもならないな……と考えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます