第22話 ジョニーは困難に挑む

 階下のワームが床をぶち抜いて来る時間はまだ猶予がある。

 しかし、場所を移動する必要はある。もしも、下手な通路で待っていれば逃げ道を塞がれて詰むからだ。ワームが出現する位置がどこでも逃げれる準備をしなければならない。

 時間に追われながらも、手短に俺の考えた作戦を説明する。


「――という作戦なんだが、どう思う?」

「……ええっと、可能だと思います。自分の持っている道具なら、間違いないかと」

「うん、イケると思うよ。さすが召喚術士くん、期待をして良かった」


 笑顔で言うザントマンだが、信用はしてなかったと思う。都合がいいからで声をかけたはずだが……まあそれはいいか。

 だが、ここでアガシオンにちゃんと意志を確認する。巻き込まれたのに無理をさせるわけにも行かない。


「……アガシオンは本当に良いのか? まだ契約もしてないが」

「はい。どちらにしても、ワームを倒さないとこのダンジョンもグチャグチャにされて消えちゃいますから……頑張ります! ……それに、自分のことを必要だって言ってくれましたし……」

「そうか、助かる」


 ダンジョンが消えるという最悪の結末を回避するという目的においてはアガシオンを信じられる。あわよくば、新しい戦力として契約をしたいという気持ちもあるが、それはいったん置いておこう。


「そういえば、ワームを倒したらダンジョンはどうなるんだ?」

「核はもう壊れかけてるから、流石に崩壊するね。結局は消化されている状態だし、ダンジョンの維持をするほどの魔力は残ってないだろうからね。もう取り出したところでめちゃくちゃになるだけなら、壊した方がいいね。そうすれば、数日で自然にダンジョンは崩壊してくれるから」

「そうか……なら、崩壊するダンジョンから逃げ出すことは考えなくて良さそうだな」


 ハイになっているので疲れは今のところ感じていないが、この後に揺り戻しが来るだろう事から、安心する。

 とはいえ、成功までに色々と考える事は多い……あ、忘れてた。


「そういえば、フェアリーも作戦に必要になるな。説明しないとな……」


 すっかり気絶してから呼び出すのを忘れていた。という事で、フェアリーを呼び出す。

 今回の作戦では、フェアリーも重要な役目を背負う要諦なのでなるべく手短に……


「フェアリー、呼び出してすまない。いきなりなんだが――」

「召喚術士さん!! なんで中々呼ばないんですか! またボロボロになってるじゃないですか! こっちはあんな怪物が出てきて心配してたのに、召喚術士さんは――」


 ……手短に済むと良いなぁ。



 ――そして、作戦は開始された。


「大丈夫ですか? 召喚術士さん……」

「絶対に上手くいく」


 こういうのは、マイナスを考えるのは自分の脳内だけでいい。実行をする段階で不安にするような事を言う必要はない。

 そして、地鳴りが響いてくる。


「来るよ!」

「ひゃあああああ!」


 ザントマンの声に走りだす。先ほどまで立っていた場所に、ワームが飛び出してきた。本当に怖い。

 肩に乗っていたフェアリーはすっかり怯えている……が、それでも食いしばって気絶はしていない。偉いぞ。


「さて、まずは……」


 ワームを誘導をしていく。3階ではワームによって気絶してしまったフェアリーだが、2階と1階の構造は覚えているといっていた。その知識は存分に役に立つ事だろう。

 まあ、それはそれとしてだ。


「くおおおお!」


 ワームから逃げる段階に関しては何も作戦はない。俺の全速力で逃げるしかないのだ。


「召喚術士さん! 後ろ来てます! 凄い早いです!」

「分かってる! こっちも全速力なんだよ!」


 ワームがドンドンと迫ってきている事が背後の音から分かる。

 電車に追いかけられている気分だ。電車と違うのは、急ブレーキなんてのはなくアクセルしか無い所だろう。ガリガリとダンジョンの削られる不快な音だが、今だけは俺の命を助けてくれている事実に感謝しかない。


「うおらぁあああ!!」


 背後で激突音。なんとか階段を駆け上がった。

 来る時よりも帰りの方が楽だ。ダンジョンのモンスターは殆ど見えないのも大きい。ワームの暴走はダンジョンのモンスターにとっても逃げ出すような暴挙だと言うことだろう。

 もしかしたら、まだ残っているダンジョンの核の最後の抵抗なのかもしれない。己を食ったワームにせめてもの一矢を報いると考えるのは、少しロマンチックすぎるだろうか?。


「――ああくそ! 思考が飛んだ! そろそろ、目的の場所だよな!」

「あ、こ、こっちです!」


 俺の叫びにアガシオンが声を出して誘導するべき位置を教えてくれた。滑り込んで各自は自分の役割を遂行する。

 ワームが地面を掘り進む時間。そして、大まかではあるが出現する位置もフェアリーによる魔力操作によって偽装を擦ることが出来るはずだ。

 俺が辿り着いた目的の場所とは――


「雑魚しかいないおまけに、記憶にすら残らないくらい楽勝だった2階なんだよなぁ!」

「召喚術士さん、もう来ちゃいます!」

「マジか!? 早すぎるだろ!」


 ワームは予想よりも速い速度で地面から飛び出してきた。

 しかし、誘導は上手くいった。食えたはずの獲物が居ないことに気づいて、こちらを向く。改めて食らおうと突き進んでくるワームだが、その行動は予想通り。


「アガシオン、頼んだぞ!」

「わ、分かりました!」


 アガシオンは俺の言葉で、横道からワームに向けてとある道具を魔術によって射出する。

 それは、一つの魔道具である【遠見】だ。形状としては、小型の望遠鏡のようなその道具は、正面から突撃するワームの額に突き刺さる。第一段階は完了だが、ここからが難易度が高い。


「フェアリー、起動はどうだ!?」

「ぐぬぬ……もう、ちょっと……距離が近ければ出来そうな……」

「分かった!」


 当然ながら、魔力によって動く道具を起動するには魔力が必要だ。その起動のための魔力は、こちらで調整しなくてはならない。その役目を任せたのがフェアリーだ。

 しかし、その起動に魔道具を視界に入れながら魔力を込める必要がある。そして、起動のできる距離は誰にも分からない。まず、試したこともないぶっつけ本番の作戦だからだ。このくらいなら予想内。俺はフェアリーに魔力を注ぎながらワームの正面で待つ。


「……うお、こえぇ……」


 ワームの動きは遅くなるわけでもなく、ものすごい速度でこちらに迫ってくる。

 ここには周囲に減速させるような壁のない開けた空間だ。もしもタイミングを見誤ればワームの口の中で挽肉になる未来が待っている。


「フェアリー、どうだ!?」

「も、もうちょっと……くっ、うう……」


 迫り来るワーム。もはやこれ以上は待てない。ワームの迫る速度は予想以上だ。

 だが、それでも……限界ギリギリを見極めなければならない。


「まだ……まだだ……」

「――召喚術士さん!」

「ちっ、限界か!」


 もうこれ以上は無理だと判断して、そのままワームを回避するように必死に横っ飛びを――


「ぐ、ぎぃ!?」

「召喚術士さん!?」

「い、って……え……」


 視界がモノクロになる。脳が処理を超えた。何も考えられない程の激痛が走る。

 俺は一瞬足を見て……いや、見なかった事にする。しっかりと状況を把握したら虚勢すら張れない。なら、今考えるべきは目の前の事だけだ。


「フェ、アリー……魔道具は、どうだ……?」

「き、起動しました!」

「よく……やった!」


 必死に声を張る。何か別のことで誤魔化さないと本当に意識が持って行かれる。

 【遠見】が起動した事でワームは元から目が合ったかのように、こちらを遠見を起点にして目視している。魔術的に作られた目は「元からそうだった」と誤認させて違和感を感じさせないからこそ、ワームは新しい感覚器官である目によって俺達をしっかりと逃がさないように見ていた。

 魔力によって感知していた感覚を、目にすり替えられたワーム。だからこそ、この作戦は有効なのだ。


「ザントマン!」

「うわー、酷い事になってるね召喚術士くん。まあ、任せてよ」


 軽口を叩きながら、魔力によって手の中に生成していく。

 ただ、そういう怪我を意識させるようなことを言わないで欲しい。本当に。


「さてと……これだけあれば足りるかな?」


 ワームがこちらに向かって再度突撃しようとしてくる。そこに、ザントマンはありったけの魔力によって作った砂を思いっきりばら撒いた。 

 当然ながら、ワームは回避出来るはずもなく、それどころか目を閉じるということすら出来ない。


「なにせ、目に何か入るなんて経験がないもんな!」


 【遠見】によって作られた擬似的な視覚にザントマンの砂が干渉をする。その瞬間に、ワームの突撃が突然止まる。

 ワームは困惑するように、上体を起こしながら無理矢理こちらでズルズルと歩みを進めようとするが、おぼつかない。眠気をこらえて歩いているような状態だ。走る事は不可能で、人間で言うなら今にも膝から崩れ落ちそうな状態なのだろう。


「はぁ……魔力空っぽだ。まあ、これも騙し討ちみたいな契約のお詫びって事で良いかな?」

「ああ、今回だけは許してやる! アガシオンも助かった! お前がちゃんと魔道具を当てなけりゃこの作戦は終わってたからな! それに、フェアリーも良い仕事だったぞ!」

「……召喚術士さん、なんかテンションがおかしくないですか?」

「何か叫んでないとヤバイんだよ!」


 黙った瞬間に痛みで気絶しそうなのだ。脳内物質を無理矢理分泌させるように気を張っているこちらの身になって欲しい。

 そんな風に叫びながら、ワームを視界に入れ……まだ、こちらに上体を起こしてふらふらとしながら近寄ってきている。とんでもない執念だ。


「おい、ザントマン! ワームはいつになったら寝るんだ!?」

「そろそろ寝るはずだよ……多分、空腹だからこそ食欲でなんとか睡魔に抵抗してるみたいだね。状態異常とはいえ、生物の本能に干渉する能力だから入眠まで個体差があるんだよ」

「なるほどな……って、ここに居たらマズくないか!?」


 ワームのサイズを考え……今の場所だと、間違いなく下敷きになる。逃げようと考えて立ち上がろうとして……まあ、歩けない。

 そりゃそうだ。ゲームのように、ダメージを受けても死ぬまで元気に動けるわけがない。声を張って気を張って誤魔化せても、動かせないという現実は誤魔化せない。


「召喚術士さん、逃げれないんですか!?」

「悪い、無理だ」


 足を見れば、それはもうまるで溶けた飴細工のようなグチャグチャ具合だ。ちゃんと治って歩けるのか不安になってしまう。

 ついに、ザントマンの能力が効ききったのか、眠って倒れてくるワーム。当然、俺を下敷きにするコースだ。


「ゴブリンさんを召喚しましょう! そうすれば――」

「魔力も、完全にガス欠だ」


 フェアリーに操作して貰った魔力、ザントマンにも俺から魔力を送った。ボスを倒してから休みなしでひたすら逃げながら、ここまでの消費した魔力を加味しても絞り出せる力はない。


(……だからといって、死ぬつもりはないけどさ)


 ザントマンもアガシオンに助けを求めるには遠すぎる。

 ――こうなれば、残ったのは運を頼るだけだ。確率を高めれば最悪は逃れられるはず。


「そんな――私が」

「フェアリーはよくやったさ」


 頭を抱えて、体を亀の形にする。最悪、重要な体の部分にダメージがないように。

 ワームの体は魔力によって出来た常識と違う構造物だ。場合によっては、質量が軽い可能性だってある。大怪我はするだろうが生き残る事は出来るはずだ。そうしたら、ザントマンとアガシオンに運んで貰えば良い。

 

「そんな……召喚術士さん!」

「お疲れ、フェアリー。良い仕事だった。あと、悪いな」


 折角なので、フェアリーに労いと謝罪をしておく。

 ここで送還するのを忘れていたのは良くなかった。痛みというのはやはり思考が纏まらない。無駄にダメージを受けさせてしまうのは申し訳ないな。

 空気が揺れ動く。巨大な物が倒れてくる気配。ワームが倒れてくるのだろう。


「――私が……弱いから……私だって、守れるように……!」


 ――覚悟を決めた瞬間に、フェアリーの呟きが耳に入って……突如として、謎の光に包まれた。

 それは、温かな光。魔力によって体が変化していく。それを見て、ザントマンが驚いた声を上げる。


「……まさか、進化!?」


 そして、光が消えてワームが俺の上に落ちてくる。

 俺を押しつぶそうとしているワーム……だが。


「――これが、私の新しい力!」


 フェアリーだった彼女は、ワームに向かって叫ぶ。

 すると、その声は魔力によって巨大な衝撃波へと変換され――


「おおっ!? 凄い……ワームを吹き飛ばしちゃったよ」


 ワームは弾き飛ばされ、別の方向へと倒れ伏した。

 ――体のサイズも、すっかり人間と同じほどに大きくなったフェアリーはこちらを見て笑みを浮かべる。


「召喚術士さん……良かった、無事で」


 呆気にとられる俺を見て、安心したような顔をする。


「見てください……私、バンシーになったんです。フェアリーだったときみたいに、魔力を扱ったりするんじゃなくて……私だって、戦えるようになったんです!」

「……もしかして、違う力になったのか……?」


 恐る恐る聞いてみると、笑顔で答えるバンシー。


「はい! フェアリーの時と違う……新しい力になりました! もう、今までの私じゃありません! 私も、召喚術士さんと一緒に戦えます!」


 その言葉に俺は叫んだ。


「――ナーフされた!」


 ナーフ……これは、ゲーマーを絶望に落とす悪魔の言葉。泣かされた人間に笑顔を、使っていた人間に涙を。

 それを食らった俺は助かったのに悲痛な叫びを上げるのだった。

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