ダンジョン踏破編

第14話 ジョニーは苦労する

 ズルズルと、巨大な何かが這いずり回り地面を滑る音がダンジョンの中に響いて聞こえてくる。

 まるで金切り声のような叫び声は大きすぎて、音として認識が出来ない。まるで、背後から巨大な衝撃波が襲ってきているようだ。

 借金返済のためにダンジョンの核を奪取するミッションを達成した俺達は今……とんでもなく巨大な怪物に追われていた。


「うおおおおお! 死ぬ! 死ぬ!」

「いやあ、これはもうだめかもねぇ」


 俺の悲鳴を聞いてどこか楽しそうな声を聞きながら、叫び声を直接聞いたせいで意識を失ってしまったフェアリーを送還して走る。

 ダンジョンの入り組んだ構造でなければ逃げ切れなかっただろう。何度も道を曲がりながら、巨大な怪物の追撃をかわしていく。もしも一本道だけならば間違いなく轢かれて死んでいた。


「曲がって……いや、こっちにモンスターがいるか!」


 曲がろうとした先にモンスターを見つけてしまう。このまま一緒に逃げてくれるわけがない。死ぬコストが低い奴らはいいよな!

 目の前の奴らに気づかれたら終わりだ……そんな風に思っていると、ゴブリンが必死な形相で道を指し示す。


「コッチダ! コッチニモ道ガアルゾ!」

「……でかした!」


 このダンジョンの道に関して、サイズはまちまちだ。大きな道と違う、抜け道のようなサイズの細い道。

 そこに慌てて駆け込んでいく。背後では、俺達に気づいたモンスターがその後に飛び込んできた怪物に挽き潰されている地獄のような光景が広がっていた。


(間に合うか……? いや、間に合う!)


 マイナスに考えて足を止めれば本当に終わりだと、全力で滑り込んで細い通路の中に飛び込む。その背後で激突音がした。

 ガチンガチンと鳴らす歯や、血のような臭いの混じる生臭い吐息が命の危険を感じさせる。だが、壁を破壊することは出来ないはずだと、距離を離して走っていき怪物の動向に耳を澄ませる。


「……」


 無理矢理通ろうとしている音は聞こえてくるが、ダンジョンの壁を破壊することは出来ない。しばらくしてから、届かないと判断したのか怪物はズルズルという這いずる音と共に遠のいていく。

 ……そして、足を止めて音が聞こえなくなってからようやく息を吐いた。


「あぁ……死ぬかと思った」

「マサカ、アンナ化ケ物ニ追イカケラレルトハ思ワナカッタ」

「本当になぁ」


 言葉に慣れて流暢になってきたゴブリンに同意する。ダンジョンでは冒険者を餌に育ったモンスターがボスよりも強くなる。そんな事例があるらしい。

 しかし、あんなサイズまで育つのは初めて見た。一体どういうモンスターなのだろうか。


「というわけで、あれがこのダンジョンに住んでいる異常事態の原因だね」

「ああ、あんなのがいるダンジョンに潜った事を後悔してるよ」

「それは良かった。案内した甲斐があったよ」


 さて、この軽口を叩いて笑っている奴は……新たに仲間になってくれたモンスターだ。

 軽口を叩きながら、命の危機にさらされるような状況でも飄々としている……つまり、癖のある奴だ。そういう意味では、運用が面白そうで楽しみではある。


「それで、どうするんだい? 危険だからこのまま帰るっていうなら止めないけど」

「進むさ。帰れるなら帰りたいもんだけどな。こっちもそうは行かないんだよ」


 そう、俺には引けない事情があった。

 なぜ、こんなところで凶悪なモンスターに襲われながらもダンジョンの最奥を目指しているのか。それにはちゃんと理由があった……



「……ぐぬう。足りない」


 さて、無事にダンジョンの核を手に入れて報酬を貰ったのだが……それはそれとして、残りの2万ゴルドを集めきれずにいた。


(いやまあ、そりゃ当然なんだけどさ)


 普通に考えて、死ぬほど苦労をした依頼の報酬で8万ゴルド。その4分の1の金額を適当なダンジョンを潜れば集められる……なんてことは当然ない。

 それ相応にリスクを取った上で、魔石やダンジョンの副産物などを集めて売った上で利益の出る金額なのだ。ううむ、難しい。


(……それに、当然だけど銅級からはダンジョンに潜る準備がいるんだよなぁ)


 そう、初心者ダンジョンは1階層のみだった。しかし、銅級からは最低でも2階層。多くて5階層まであるような長いダンジョンが増えるのだ。

 行きと帰り。さらに荷物も考えて持ち込む量は増える。ダンジョン内で一夜を明かすような事も少なくは無い3階層からは一泊は当然で、場合によっては二泊以上することになることも増える。

 つまり、ダンジョンに挑むための前準備も多く必要になるのだ。


(つまり、初期投資を考えた上でプラスになるように考えて……うーむ、頭痛くなってきたな)


 食料、寝袋。それ以外にもダンジョンを探索するための道具……

 なるほど。複数人で潜るわけだ。それぞれが分担して荷物を持ち、魔石や道具も分けて保つ。一人旅というのは気楽かもしれないが、それ以上に大変なのかもしれない。

 と、そんな風に悩んでいると暇なのか受付嬢さんがやってきた。


「召喚術士さん、不景気な顔をしてどうしました?」

「アレイです。いや、ちょっとお金の問題がありまして……参考までにお聞きしたいんですけど、銅級ダンジョン一回の探索で二万ゴルドって稼げますかね? 諸経費抜いて」

「あはは、面白いジョークですね。拾ってきたもの次第ですからねー。安定したいならどこかのギルドに技能職員として雇われた方が早いですよ?」

「……デスヨネ」


 冒険者の儲けは当然ながらモンスターの魔石を確保するか、ダンジョンでモンスターが加工した道具を拾ってくることだ。

 そして、これが売れるかどうかは……実は運次第なのだ。売れる金額は物の価値以外にも、冒険者の実績や稀少さも加味される。つまるところ、拾ってきた骨董品を鑑定して貰って高く売れるかどうかみたいな話なのだ。


「参ったなぁ……」

「ああ、お金が必要でしたら依頼がありますよ?

 銅級冒険者用に解放された依頼ですけど」


 そう言うと、冒険者ギルドの依頼が貼ってあるボードではなくて受付嬢さんが座ってる机の引き出しから取り出してきた。

 これが、


「……とある銅級ダンジョンで、物品の捜索依頼?」

「ええ、ダンジョンを指定されていることに加えて目的の物が現存するかも不明です。しかし、報酬はこの通りですよ」


 金額を見て……というか、5万ゴルド!?

 思った数倍の報酬にまず危険を感じる。いや、だってこんなに絶対に裏があるでしょ。しかし、報酬はでかい……なんなら、この元手があれば色々と買いそろえたり出来るんじゃないか?


「どうしますか? 受けますか?」

「……というか、なんでこれは貼り出してないんですか?」

「それはですね。この依頼目的で潜った人たちが10チーム以上帰ってこない未帰還ダンジョンだからですね」


 ……笑顔でとんでもないことを言ったな。この受付嬢。

 未帰還ダンジョン。ダンジョンに潜ってから一定期日を過ぎて帰ってこない場合死んだと見なされる。そして、その死亡数が多いダンジョンは曰く付きという意味で未帰還ダンジョンと呼ばれるようになる。


「ただ、別に帰ってこないわけじゃないんですよね。他に潜った冒険者さん達は普通に帰還しているので、どうにも「遭遇すると危険な何かがある」としか判断できなくて」

「なるほど……じゃあ、それに出会わなければ普通のダンジョンなんですね」

「はい! ただ、依頼の期日も近いので取り下げようと思ったんですよね。危険だと分かっているダンジョンですし、無理をする冒険者が増えて犠牲者が増えるのは避けたいので」

「……それを、ちょうど良いから俺に任せようという感じですか?」


 その言葉に、受付嬢さんから笑顔だけが返ってくる。

 ……本当にいい性格してるな、この人。とはいえ、今の俺に拒否をするような選択肢は残されていない。


「分かりました。受けます」

「それでは、依頼書とダンジョンの場所と階層がこちらになります! 頑張ってくださいねー!」


 そして、何やらきな臭い依頼を受けて冒険者ギルドを後にするのだった。

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