第13話 ジョニーとリザルト

「……生きてるな、俺」


 目が覚めた。つまり生きてる。

 その事実はちょっとだけ心に安心を与えてくれた。ああ、生きてるって最高だ。


「で、ここはどこだ……?」


 周囲を見渡す……が、見覚えはない。清潔なベッドに整った部屋。どこかの宿屋という感じだ。

 生きているとは言え、自分の現状を把握しないと……と考えて動こうとしたタイミングで、ちょうど扉が開く。


「あ、召喚術士さん。お目覚めですか?」

「アレイです」


 聞き覚えのある声。そこにはいつものような笑顔を浮かべている受付嬢さんがタオルを持って入ってきた所だった。

 つまり、ギルドに関連する場所というわけか。さらなる苦難へと巻き込まれたわけじゃないことに一安心する。


「……俺、どうやって街に帰ったんですか?」

「恐らくですけど、召喚していたモンスターさんが担いでくれたみたいですね。街の近くで死にかけているところを発見されたんですよ? いやー、ビックリしましたねー。もう血と泥と何か分からないのでドロドロでしたから」


 その言葉に、ゴブリンとフェアリーに感謝をするかと心に決める。

 やはり、普段からの関わりは大切だ。システマチックに使い捨てるのは楽だが、やはり人格があるならそういう部分もちゃんとケアをしないとな。

 しかし、よく魔力が保ったなぁ……


「流石に、一週間も眠っていたので起きなかったらどうしようかなーと思ってましたが」

「一週間!?」


 その言葉に、驚きが隠せない。封鎖が終わるまで寝ていたというのなら、間違いなく連れてきて貰っていなかったら死んでいた。


「とはいえ、ちゃんとダンジョンの核は受け取りましたよ。大切に保ってくれていたおかげで紛失も欠損もありませんでした! いやー、本当にお疲れ様でした! 成功して良かったです」

「えっと、ありがとうございます……それで、ここってどこですか?」

「ここはギルドの治療施設ですね。運が良いことに、腕の良い治療師の方が居たんですよ。良かったですねー、居なかったら今頃死んでましたよー。ゴブリンの爪で脇腹をざっくりやられちゃったんで、傷口から毒も入ってました下手したら内臓が無くなってたらしいですよー」


 ケラケラと明るく言う受付嬢さん。なんだろう、もっと重い話じゃない? 俺がそこまでヤバかったのかと我ながら引いてしまう。

 まあいい。生きているので結論としては問題なしだ……と、そこで嫌なことに思い当たる。


「これ、治療費はどうなるんですかね……?」

「ふっふっふ、安心してもらって大丈夫ですよー。ダンジョンの核を手に入れてくれたという実績から、今回の治療費はギルド持ちで問題ないと言うことになりました! なにせ、その治療費を含めても予算は大助かりなんですよねー!」


 その言葉に、どうやら報酬面では問題なさそうだと判断する。まあ、実際に銀等級冒険者……いうなら、最前線で活躍する冒険者に頼むなら、その間に冒険者達が他の仕事が出来なくなる事とリスクがあるという面で高く付くのだろう。

 その分の報酬をくれと言いたいが、信用が報酬になっている以上は、駆け出し以下の冒険者にはない。世知辛いもんだ。

 とはいえ、これで八割を達成したことになる。残りは二万……ううむ、この金額をどこから捻り出すかが問題だ……。


「あと、こちらもどうぞ。これが召喚術士さんの銅級冒険者の認定証です。アクセサリー型の魔具になっていますので、紛失したりしないように気をつけてくださいね?」

「ああ、どうも。あとアレイです……これで、俺もちゃんとした冒険者になったのか」

「はい、冒険者の入り口に立てましたよ。おめでとうございます。注意事項として、これから初心者ダンジョンの利用は出来なくなります。また、ギルドによって管轄されている銅級に解放されたダンジョンに挑む事が許可されました。ギルドにそちらの認定証を見せれば等級に合わせたサポートを受けることが出来ます」


 そうして、ついでとばかりに受付嬢さんから正式な冒険者になった説明を受ける。

 無数にあるダンジョンから、銅級へ解放されたダンジョンで行くことが許される。銀等級になればさらに危険なダンジョンへ。そこには魔石以外にも、ダンジョンのモンスターによって作られた道具が手に入る。それは希少な価値を持ち、高値で売られるらしい。

 また、認定証を見せれば街の施設でも冒険者用に開放されているものへ参加が出来るとか。そして……


「さらに、初心者向けに張り出している物とは違う依頼も受けれるようになります! これを達成すると報酬ももちろんのこと、評価も上がりますよ!」

「へえ……ん? どっちの評価ですか?」

「もちろん、私のです!」


 どや顔でそう言ってのける受付嬢さん。いい性格してるな。

 ……しかし、新マップを見るとき。新しい武器を手に入れたとき。新しいユニットの解放をしたとき。新しいパックが発売されて情報を見るとき。そんな新しい世界が開けたときは本当にうれしい物だ。

 だから、今の俺は死にかけた事を置いて気持ちは楽しさに溢れている。辛くて死にかけたことを許せるくらいに。いや、冷静になるとやっぱり許せないな……。


「それでは、今回のダンジョンの核を奪取する依頼の報酬なのですが、受け取りに関してはちゃんとこの後に契約をした上でお渡ししますね」

「分かりました……ああ、そうだ。すいません。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「質問ですか? なんでしょうかー?」


 さて、一つ忘れてはならないミッションがあった。

 キョトンとしている受付嬢さんに、俺は聞いてみる。


「オススメの、面白い本とかありますか?」



「ティータ、プレゼントだけどこれで良かったかな?」

「……」


 あれから報酬を受け取ってから、受付嬢さんオススメの本を買ってきた。軽く内容をチェックしたが、冒険譚でありティータが読んでも問題はなさそうな内容だった。

 受け取ったティータは、本を見たまま動きが止まっている……反応が無いとちょっと怖いな。


「……あー、あんまり嬉しくなかったか?」

「ち、違うんです……すごく、うれしくて……なにかいいたいのに、なにも思い浮かばなくて……」


 そう言って泣き出しそうな……えっ、まってくれ! 泣かれたら困る!

 どうしたら良いか分からない! ……そうだ、こういう時に役に立つ奴がいた。


「フェアリー! すまん、この状況を……ん?」


 話をつないでくれるはずだと思って呼び出したフェアリーは、何故かとんでもなく怒っていた。

 これはあれだ。ゴブリンを仲間にするときに置いていった時の比じゃないくらいに。


「えっと、フェアリー?」

「怒ってます」

「……えっと、一応聞くけど……なんでだ?」


 そう聞くと、ほっぺたを摘ままれて思いっきり引っ張られた。


「い、いひゃいぞ」

「なんで、起きたら一番に呼んでくれないんですか! 心配したんですよ! 倒れてから、食べてた魔石の魔力で繋いでゴブリンさんと一緒に運んだのに――」

「えっ、おにいさま……そんなに、危ないことをしたんですか?」


 ティータは俺を見ている。その目はなんだろう……怒っているならよかった。心配と罪悪感を感じているような目だ。

 まさか、ティータとフェアリーからの両方から詰められるなんて聞いてないぞ。


「召喚術士さん! こっちを見る」

「おにいさま……もしかして、わたしのせいで……」

「……すまん、話はまた後で!」


 これはもう俺の手に負えない。そう判断して、部屋を飛び出して逃げていく。

 古来より三十六計逃げるにしかずという。ならば、逃げるのは何よりも大切だ。リソースを守るために勇気の撤退を出来るのがいいプレイヤーだろう。怒りだって時間をおけば静まるはずだ。

 ――だが、目の前で誰かが出てきたせいで思わず足を止める。


「わわっ……って、借金取りのところの……」

「イチノと申します。アレイ様」


 ……おや? 名前を呼ばれたぞ?

 以前はなんか結構冷たい反応をされたような気がしたんだが、今はどちらかと言えば敬意を持ったような声色だった。


「イチノさん……っっていうのか。俺に名前を教えてもいいんですか?」

「ええ。借金の返済のために大金を手に入れたようで、認識を改めました。アレイ様はいずれ何かしらの形で仕事に関わる可能性もありますのでゴミから取引先になったわけです」

「なるほど……というか、その俺が大金を手に入れた話って噂になってるの?」

「はい。耳聡い人間であれば知っている程度には」


 ……うーむ、予想外のイベント。高難易度ミッションには副産物が付きものだけど意外なところから来るもんだなぁ。

 しかし、気になることが。


「……それで、通して貰って良いですか?」

「私はティータ様の保護とお世話の仕事を貰っています」

「ああ、うん。感謝してます」

「そして、不可能ではない範囲であれば要求を聞くことも仕事の内容になっているわけです」

「……つまり?」

「ティータ様とのお話が終わってないので、脱走者を捕獲して連れ出すのも仕事です」


 そう言われると、首根っこを捕まれて引きずられる。必死に逃げだそうと抵抗をするが、当然のように力負けして引きずられていく。

 うーん、凄いな。自分の実力を勘違いすることすらできない。俺は無力だなぁ。


「それと、フィレス様からの伝言です」

「……伝言?」

「『返済日を楽しみにしていますよ』とのことです」


 ……つまり、俺が金を手に入れた事もちょっと足りないことも分かっているわけか。

 とはいえ、どうやら心証は良いらしい。


(……死にかけたときに、感じたあの衝動)


 俺は成り上がってやる。そんな、形にもなっていない熱病にも似たような衝動。

 ……この異世界で、何を成し遂げられるか分からない。借金を返済出来るかも怪しい。だが……


(やってやるしかないな)


 始まりよりも、熱くてどこか前向きな気持ちになるのだった。

 それは、まだ見ぬ冒険であり、ダンジョンであり、召喚獣であり……その全てが楽しみだ。


(さて、それじゃあまずは……)


 引きずられながら、怒っている顔のフェアリーと、泣きそうなティータ。そして、召喚してないゴブリンにも何か言われるだろう。どうやって全員を納得させて穏便に終わらせられるのか。

 そんな、ある意味ダンジョンの核を奪ってくるよりも高難易度なミッションに俺は頭を悩ませるのだった。

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