第12話 ジョニーは脱出する
走る。走る。走る。走る。
追いつかれれば、間違いなく跡形も残らない。ここで冒険が終わるようでは、借金返済も出来なければ、ティータに良いところを見せるのも夢のまた夢だ。
「うおおおお! どっちだ!?」
「コッチダ!」
「そっちはダメです! 発生しました!」
その言葉に、ゴブリンは行き先をすぐさま変更。なにも言わずにゴブリンへついて行く。
魔力量こそ使うが、ゴブリンは本当に万能で動いてくれる。進路先に出てきたモンスターを先に処理してくれているのだ。しかし、今この瞬間にも取り返すために生まれるモンスターたちはドンドンと数を増やしていく。
「――出口までは!?」
「残り半分です!」
魔力によって発生を探知して、誘導をしてくれているのはフェアリーだ。そのおかげで、前と後を囲まれるという最悪の状況は回避出来ている。
スライムは……こういう時には役に立たないので送還した。適材適所だ。とんでもなく悲しそうな音をさせながら消えたので魔石でも今度あげよう。
「っと、次は!?」
「次は……っ!?」
しかし、そこで言葉が止まる。正面からはゴブリンの軍勢。そして、背後からも通路を埋め尽くしそうなほどのゴブリンたちが走ってくる。
つまり、挟まれた。
「ここは……あの場所です」
「グギャアアアアア!」
その言葉を聞きながら、正面の大群を見つめる。下がっていき、壁に背中をぶつけた。
もはや理性も知性もない、叫びを上げながらゴブリン達が全力で襲いかかり……
「――よし!」
タイミングを見て、背後の壁を強く叩く。すると……壁が突然崩れて、いきなり道が開けた。
「グギャッ!?」
そのまま俺は新しくできた道に逃げ込む。
全力で飛びかかろうとしていたゴブリン達は速度をコントロール出来ずに正面から激突する。狭い道で、その勢いでぶつかってしまえば当然ながら無事ではすまない。それに、数の多さが小回りの効かなさに通じる。
先ほどの道はゴブリンによって埋まり、お互いの体がジャマをして通れなくなっている。理性がないからこそ、引っかかっている状態だ。
「大成功だな! あえて道を隠す作戦は!」
「スゴイゾ、ショウカンシ!」
「……まさか本当に成功するなんて」
驚くフェアリー。さて、最奥に進むまでゴブリンとフェアリーに協力をして貰って一緒に壁を偽造していたのだ。
ダンジョンのモンスターはダンジョンの壁などを破壊することはない。巡回をする性質を考えて、モンスター達はダンジョンの構造を完璧に把握している訳ではないことも分かっている。
だから、あえてルートを一つ隠してしまうという作戦を考えたのだ。ゴブリンによって壁を作り、フェアリーによってダンジョンの壁と同じように魔力によって偽装をした。ダンジョンの変動が起きれば意味が無い仕掛けだが、今日だけなら役に立つわけだ。
(……まあ、そのせいで魔力も心許ないけど。もし、ミノタウロスにスライムの身代わり作戦が失敗してたら普通に死んでたかもなぁ)
魔力切れになると、召喚獣は体を維持できず消えてしまう。残るのは、魔力を使い果たしてヘロヘロな貧弱な人間だけだ。
……うーん、一歩間違えた時に立て直す性能が低すぎる。そりゃ召喚術士の人口が増えないわけだ。死ぬときがあっさりすぎる。
(昨日、ちゃんと休憩をした上で来たから……魔力はまだあるな)
「また発生が始まりました! 前は無理です!」
「グッ、トオマワリニナルゾ」
逃げていくが、発生がランダムなのが最悪だ。上手くいったというのに、逃げ道を潰す様に発生していく。
ああ、やはり乱数は敵だ。美しいコンボに乱数で全てをぶち壊すのだ。運は敵だとあらゆるゲーマーは分かっている。
(……と、マズイな。本気で限界が近そうだ。思考が余計な方向にずれてきた)
現状の限界を誤魔化すために、脳みそが逃避し始めている。
走りながら魔力で補強しつつ追われるストレス。疲れから集中しきれないのも大きいだろう。それでも、ゴールは見えてきているはずだ。
「あと、どれくらいだ……?」
「ダンジョンの入り口まであと少しです……! この部屋を超えれば……」
フェアリーの言葉に希望を持って走り抜ける。背後からのゴブリンの鳴き声がとんでもない音量になったのを聞きながら通路を走っていく。
最初に入ってきたダンジョンの入り口の部屋。ここまでくれば――
「はぁ!?」
目の前で、突如として空間が捻れたようになってゴブリンが3匹出現する。
……嘘だろ!? 目の前でポップしたのか!? この、最悪のタイミングで!?
「嘘だろ!? そんなのアリか!?」
発生したゴブリンは現状を把握するよりも早くこちらへ視線を向ける。
敵対の意志。無視は……ムリだ。形振り構わずに飛びつかれて怪我をすれば背後のモンスターの波に飲まれる。逃げ切る前に死んでしまう。
どうする? どうすればいい?
「召喚術士さん!」
「ショウカンジュツシ!」
声が聞こえる。ゴブリンとフェアリーの声。約束だってまだ達成していない。
………………よし。
決めた。
「最速で、ぶっ倒す!」
最悪な乱数も、何もかも知らない。ああもうやけだ! こうなったら、運命を呪いながら殴りつける以外に、俺達に出来ることはないのだ。
神のみぞ知るというのなら、殺されるとしても神をぶん殴って黙らせる!
「っ!?」
「シジヲタノム!」
ナイフを取り出し、脳裏で戦術を考える。
「ゴブリン! そのまま右の奴を頼む! 俺はこのまま目の前のゴブリンを倒す!」
「ワカッタ!」
その指示通りに飛びかかる。ゴブリン同士だが、やはり武器を使えるか否かの違いは大きい。
発生したばかりで徒手空拳の相手なら、ゴブリンの持っている剣で倒せるだろう。
「ゲギャギャギャ!!」
「クソ!」
俺は俺で、目の前の理性の無いゴブリンの爪による攻撃を体格差を活かして蹴り飛ばしてなんとかしようとする。
蹴りが直撃して、そのまま吹き飛ぶ……ように見えて、爪をズボンに引っかけて脚を掴んでいた。そのまま、俺の足に噛みつこうとしている。
「何してんだテメエ!」
ゴブリンの口の中へナイフを突き刺す。そのまま、のけぞるゴブリンだが刺した俺の手を噛み砕こうとする。
慌てて手を引き抜いたガチンという歯を噛みならす音が聞こえ、そのままゴブリンは息絶えた。さあ、このまま――
「召喚術士さんっ!!」
突然聞こえる、フェアリーの叫ぶような悲鳴。
そして、脇腹にとんでもない痛みが走る。脳みそがぐちゃぐちゃになる。
「ギャギャギャ!」
残りの一匹が俺の脇腹に爪を突き刺していた。
――だが、織り込み済みだ! クソいてえのは予想外だけどな!
「すらあああああいむ!」
「ジュル!」
残った魔力で呼び出したスライム。この状況では遅くて本来なら役に立たないだろう。
だが、爪でこちらを突き刺したゴブリンは引き抜くなんて考えもないだろう。ゆえに、頭から降りかかるスライムを回避をすることが出来ない。そして、スライムにありったけの魔力を込めてゴブリンの頭を潰させる。
「ぎっ! いっ、でえ……」
解放された。でも痛い。痛すぎる。痛みで、考えが白紙になっていく。
頭の中で考えていた作戦なんてものも破り捨てられていく。ゲームとは違うリアルな痛み。その影響は計り知れない。
まともに思考が出来ない。
「オワッタゾ!」
「い、くぞ!!」
それでも、俺の中にあるのは生きるという気持ちだ。
前世などたいして覚えてない。それでも、こう思うのだ。俺が思い出したのは……全部忘れなかったのは後悔しているからだ。
死ぬ前に後悔があったのだろう。やりきれなかったのだろう。何かを手にしたかったのだろう。だから、最悪なタイミングでも思い出すことが出来たのだ。
「俺、は……! やって、やる……!! おれは、やって、やるからな!」
それは、多分今の俺と前世の俺と……後は色々に対する宣言だ。
走る。走る。気絶しそうだ。ゴブリンに追いつかれるかと思ったが、火事場の馬鹿力のおかげかなんとか追いつかれない。ああ、もう二度と直接戦闘とかもうやりたくない。そんな風に思いながら、それでも……。
(おわったら、おれは、ぜったいに……なりあがってやる!)
そんな、熱病にも似たような気持ちが俺を奮い立たせる。
たった数百秒。普段ならすぐの時間を永遠のように感じながら、見つける。
「ひ、かり……だ……」
ダンジョンの薄暗さから、刺すような輝きを感じる。
ああ、出ることが出来たのか。
「召喚術士さん! まだ、終わってないです!」
その言葉に、意識が途絶えかけながらも真っ直ぐに進んでいく。
この短い時間……いや、短くも無いな。そんな付き合いなのだ。だから、その言葉を信じて走る。
(あっ、ムリだ)
脚が突然無くなったような感覚。そして、俺は倒れた。
(……血が足りねえのかな)
魔力は普段よりも敏感に感じる。死ぬ間際は魔力を身近に感じるとは聞いたから、納得だ。
背後のゴブリンらしい魔力の塊が崩壊していく。どうやら、ダンジョンの外でモンスターの動ける範囲外まで逃げ切れたようだ。
やり遂げたのに、体は寒くなって眠気が襲ってくる。一週間は誰も来ないという言葉を思い出す。ああ、不味いな。
「……術士さん!」
「キズグチガ! オレガオサエル!」
フェアリーとゴブリンの声が聞こえる。契約上の関係なのに、本当に良くやってくれるものだ。痛みがすでに感じない。ただ、ふわふわとして眠たい。
……よし、次はなんか面白い運用が出来るように頑張ってやろう。ああ、楽しみだな……
「……ね、る……」
「寝ないでください!?」
――まあ、限界だったので眠ることにした。
目が覚めると良いなと考えながら。
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