第10話 ジョニーは準備を終える

 さて、ダンジョンから返ってきた俺はゴブリンから聞いた情報などを纏めてニコニコと笑みを浮かべていた。

 フェアリーもスライムもゴブリンも呼び出している。今のうちに顔を合わせて慣れさせておくのも重要だろうという考えだ。まあ、魔力の消費が酷いので明日は回復に専念しなければならないが。

 ゴブリンの見た目は一般的なゴブリンのようなものから、ドワーフのようなちゃんとした衣装を着た見た目に変わっている。


「アトハ……オレハ、ドウグガツカエルゾ」

「ほほお! 道具が使えるのか!」


 ゴブリンの能力は一般的なゴブリンと同じスペックの他に、道具を使うことが出来るというものだった。ちなみに一般的なゴブリンは仲間を呼ぶ事が出来るが、召喚ではないので召喚獣の場合は意味が無かったりする。

 道具が使える能力は地味ながら大きい。普通のモンスターは道具を使える個体は限られている。その中で、こちらの指示で道具をちゃんと使いこなせるというだけで満点だ。小柄ではあるが、人型に近い形質ということで、冒険者用の道具も使えるので戦闘の幅も広くなる!

 ……むしろ、モンスターは道具を使うのに技能が必要と考えた方がよさそうだな。だから、ゴブリンが武器を奪って使うという事をしてこないのだろう。


「なるほど。それじゃあ、またゴブリンが使う用の道具は用意しておくか。それでだ……」


 そして、ゴブリンに説明をする。ダンジョンの核を取ってきての帰還が当面の目的だと伝える。

 俺の説明を聞いてから、眼を大きく開いて叫んだ。


「ム、ムリダ! ダンジョンノカク、トッテニゲルノ、ヤバイ!」

「……ちゃんと聞いてからいうのは行儀が良いな。でも、大丈夫だ。頼りになる仲間も居る」


 そう言って、フェアリーとスライムに視線を向ける。スライムは何も分かってないような感じで震えていて、フェアリーは視線をそっとそらした。

 ……それを見て、ゴブリンは絶望した表情で天を仰いだ。


「ダマサレタ……」

「判断が早すぎるだろ」

「普通に無理だって思いますよ……ダンジョンの核は、魔力が発生し続けますから隠したりすることは出来ませんし……何よりも核を取り戻すために作られた方々は本当に理性すらなくて、核を取り戻すまで戦い続ける怪物なんでしょう」


 ……元から遊びがないという感じか。このクエストに関して言うなら、精神異常系は効果が無いと考えていいだろう。怪物というのなら、絡め手も難しそうだ。

 なるほど。だから実力のある冒険者が必要なわけだ。下級ダンジョンとはいえ、圧倒できるような実力がないのなら死しかないのだろう。


「その時に核を取り戻すために精製されたモンスターの発生場所はどこになるんだ?」

「えっと、詳しいことは分かりませんけども……部屋になっている開けた場所で魔力が形になるんです。通路は、魔力を通すためのルートなので。だから、生成されるのは部屋です。そして、核の近い場所でドンドンと作られていきます」


 ふむ、つまり通路は血管。モンスターがいるような空間は臓器と考える。そして、臓器でモンスターは精製されるわけだ。

 ……んん? 待てよ?


(スライムの能力。フェアリーの能力。そして、ゴブリンのやり方……このダンジョンくらいでしか使えないだろうけども……いけるか?)


 脳がフル回転する。なんというか、これは……いけるのか? という悩みが生まれてくる。

 試してみてから……とも考えるが、実際にその段階にならないと分からない。

 それと、この戦略は自分の中の美学との勝負にもなる……こう、本当にこれでいいのか……? いや、今は手段を選んでいる段階ではない。クリアできないゲームで美学に拘り続けるのは不格好だろう。それと同じだ。


「多少の準備は必要だが……出来ると思う」

「……えっと」

「……ホントウカ?」

「ジュル」


 何故か、俺を見る目は胡散臭い詐欺師を見る物だった。どうしてだよ、ちゃんと今までも有言実行をしてるっていうのに。

 そんな冷たい反応にちょっとショックを受けながらも、俺はダンジョンの核を奪取するための戦略を伝えるのだった。



 ――次の日は、ダンジョンには行かずに魔力を回復させるための休息日である。

 当初の目的である新しい仲間を手に入れて、ダンジョンの核を手に入れるための作戦も見通しが立っている。心持ちに余裕がある中で、折角だからとティータの私室に来て話をしていた。


「――ってことで、新しい仲間を見つけたんだ。武器が好きらしくて、仲間になったばかりだけど結構馴染んでいるんだよ」

「お兄様、その新しい仲間の方も妖精さんなんですか?」

「妖精か……? うーん……どうだ? フェアリー、どっちだと思う?」


 ゴブリンは妖精か否か。地域によっては妖精判定をするところもあるだろう。

 こっちの世界で生きてきた感性だと、妖精じゃないとは言うがもしかしたら分類上の問題で妖精判定かもしれない。ということで、同じモンスターであるフェアリーに聞いてみる。


「いや、違いますよ。ゴブリンは妖精ではないです」

「妖精じゃないんだ……それで、妖精さん、お仲間さんはいい人なんですか?」

「ええ、とっても器用な方ですよ。今日の準備をしているときには気を遣ってくれて……」


 ――妖精とティータが仲良く話しているのを聞きながら、フェアリーが思ったよりも馴染んでくれたことに助かったと思う。

 ティータとの話のきっかけにもなった事もそうだが、箱入り娘だったティータと冒険者として動き続ける俺で話し続けるのは難しい。そこで、フェアリーがその人当たりの良さで色々と会話をしてくれることで間を持たせてくれるわけだ。


「――で、召喚術士さんが本当にむちゃくちゃなんですよ。この前も私たちに無理を頼んで――」

「……おい、なに言ってるんだフェアリー。俺はちゃんと出来る事しかしてないぞ」

「いや、それは嘘ですよね!? 思いつきとか、絶対に考えてないことを言ってますよ!」

「俺は考えてるぞ。実際に結果は出てるだろ!」

「召喚術士さん、そう言いますけど顔に出てますからね!?」


 失敗しないようにちゃんと準備はしてるぞ! 準備と作戦は完璧。後は実践での運がモノを言うのは仕方がないだろ!

 そんな風に子供じみた言い合いをしていると、笑い声が聞こえる。ティータが俺達を見て笑っていた。


「……ふふ、おにいさまと妖精さん、とっても仲良しですね」

「そうか?」

「どこかですか!?」

「あはは、そういう息がぴったりなところです」


 ……否定しても仕方が無いので、お互いに不満そうな顔で納得をしておく。

 とはいえ、ティータとは悪くない関係を築き上げられている。俺の家族というか、妹と思えないくらいに良い子だ。体が弱いらしいが、それでも腐ることなく外に出れる日を楽しみに療養をしているらしい。

 話をしながらも、ニコニコとするティータは最初に見た警戒した表情は一切見られない。


「――わたし、お兄様たちが来てくれて、最近はお話が待ち遠しくて楽しいんです」


 笑顔でそんな風に言われれば、俺も残った家族として色々としてやりたいという気持ちが芽生えるものだ。

 せめて、ティータには親のことも知らずに幸せに過ごして欲しい。こんな苦労をするのは俺だけで良いのだ。


「そうだな……折角だから、次の大きい仕事が終わったら、何か買ってきてあげるよ。何が良い?」


 ちょっとくらい余裕は生まれるはずだ。なくても捻り出す。そのくらいやってあげるのが兄というものだと俺の知識は語っている。漫画とかの知識だが。


(……召喚術士さん、ちゃんと人らしい気持ちが残ってたんだ)

(どういう意味だよ)


 こっそりと失礼なことを言うフェアリーに憤慨していると、ティータは戸惑ったような表情をこちらに向ける。


「えっと……いいんですか?」

「ああ。気にしなくて良い。俺だって冒険者だからな。それに、俺も妹のためになにかしてやりたいんだ」


 そんな風に聞きながら遠慮がちな視線を向けるティータに笑みを向ける。せっかくの家族なのだ。何か贈り物くらいはしてやりたいだろう。

 それに、人間というのは心の余裕が大切だ。家に籠もって動けないというのもストレスが貯まるはずだ。なら、何かをしてやりたい。


「なら、その……新しい本を買っていただけれたら……」

「ああ、分かった。面白そうな本を買ってくるよ」

「っ! はい、楽しみにしてます!」


 笑顔を見せるティータに、俺も笑顔で返してから約束をして妹の部屋を出る。

 と、部屋の横にメイド服を着た女性がこちらを見ていた。黒髪で綺麗な顔立ちをしているが、感情が見えず立ち回りに圧を感じる。


「えっと、どなたで……?」

「――フェレス様に雇われている者です」


 ……フェレス様? 誰だという疑問符を浮かべているとジトっとした目で見られる。


「……借金をしている相手の名前を覚えておいた方が良いかと」

「――ああ、つまりティータの世話をしてくれてる人か! すいません、いつもありがとうございます!」


 驚いた。全く見たことがなかったせいでちょっと実在するのか不安になってたのだ。実際に大声で呼ぶ事も無かったし。

 しかし、突然現れてどうしたのだろうか?


「感謝は必要ありません。職務ですので……忠告ではありますが、借金の返済が優先な事をお忘れなく」

「それはもう。ちゃんと返す当ては考えてますんで」

「実績が無い方は信用致しません。なので、安請け合いや約束などは控えてください。本も高級品ですので」


 そう言ってスッと屋敷の奥へと消えていく世話役さん。

 ……というか、聞かれてたのか。いや、当然なんだろうけど。部屋の中にも気配無かったのに聞いていたのはちょっと怖い。


「……な、なんだか怖いですね……あの人」

「借金取りの部下だろうし、ティータを任されるなら実力もあるだろうからなぁ。まあ、返す当てがないときの安請け合いに釘を刺すのは当然だろうなぁ」


 そんなことを言いながら、脳裏に浮かぶのはもしも戦うことになったときの想定だ。戦闘力高いユニットだとして、倒すとしたら絡め手だろうなぁ。

 正面切った戦闘では、勝ち目はないだろう。それに、あの気配が感じられなかった動きから隠し球はあるはず。先手を取られる前にこちらか戦闘を……。


「召喚術士さん、もしかして戦うこと考えてませんか?」

「……考えてないよ? さあ、明日のダンジョンのことを考えないとな」

「それはもう考え終わってましたよね!? まず、無理をしない事が――」


 フェアリーからの小言を聞き流しながら、もしも強敵に出会ったらどう戦うか。

 そんなことをイメージしながら自室へと戻っていくのだった。

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